勃起と精霊
「しかし49とは……縁起の悪い数字だな」
「ははっ、全くだ」
大穴はクラウベリー平原から少し上った場所にあった。
振り返ると平野の奥のほうで、兵士達も夜営地から出てきており、隊列を組んでいる。
その向かう先にはここから見てもわかる程の大きな穴が山脈中腹に開いていた。
「あれが、アルカホール」
横幅は数キロあるかもしれない。
高さはまちまちだが、一番高いところで200mはあるだろうか。
裂けたその穴の上部から鍾乳石が垂れていて、まるでこの大地そのものの大口なのではないかと錯覚させるほどだ。
きっとあの奥には魔物の大群が待ち構えているのだろう。
「この規模じゃ、あの兵士の数で足りるかどうか」
「そんなのお前が心配することじゃねぇさ」
アドルフに鼻で笑われた。
「魔物は固有能力やパワーはあるが、頭がねぇ。こっちはそれに加えてチームワークだってある。負けはしねぇよ」
本当にそうだろうか?
人間側もここに最大戦力を持って当たらないといけない。
つまり、ここ以外の場所はかなりの手薄だということ。
俺達が倒したダンジョンのモンスターも、スタンピートを画策していたらしいが、それは守りの薄い場所を狙う、まさに俺達のような遊撃隊だったのではないかと思えてしまう。
運良くその企みの2地点は潰したが、他にもあるかもしれない。
「モンスターは頭が悪いって、ひとくくりにすると痛い目をみるんじゃないか?」
俺は考察をアドルフにぶつけたところ、流石に少し考えを改めたようだが。
「だとしても、俺達がここで成果をあげれば、広っぱにいる兵隊さんも楽になるってことには変わんねぇよ」
そう言って、俺の肩を叩く。
話は終わりだって合図だろう。
俺は俺で戦闘力がないままここに来てしまっている。
不安で仕方ないが、やれることはまだあるはずだと勇気を振り絞るのだった。
俺達が到着して暫くすると、どこかから角笛の音が聞こえてきた。
その音が聞こえたと思ったら、俺達のすぐ近くの山から同じような角笛の音。
そしてその次の山からも遅れて聞こえる。
「さぁ、始まったぜ!」
アドルフの気合いの入った声に、俺はアルカホールを見る。
そこには大小様々な魔物が現れ、その大口から溢れてきていた。
「男共、遅れるな!」
それをプリンが叱り飛ばす。
俺達は気だるそうにそちらを向くと、49番ダンジョンへと足を進めるのだった。
中は暗いが、明かりをつけるわけにはいかない。
先制攻撃ができるかどうかは、そのまま命に直結するからだ。
「ローラ、エコーロケーションを」
「はい」
プリンに命令されるがまま、ゆっくりと丁寧に魔法を使用するローラレイ。
すると暗闇の中に黄緑色の点が見えるようになった。
暗闇に光るマナの粒が、まるで蛍の光のように淡く、それでいて明滅せずに点り続けている。
エコーロケーションは岩や苔等の中のマナを発光させて見るための魔法みたいだ。
これなら暗闇のままでも進んでいけるだろう。
そもそも苔や岩に比べて俺達人間は、パンパンにマナを溜め込んでいるだけあって、身体の形だけでなく、髪の一本一本までがしっかり光って見える。
って言うか、服はマナを持たないので、素っ裸のシルエットがハッキリ見えるわけで!
うおおお!
ローラレイちゃん凄い!!!
何がとは言わないけどおっきい!
何がとは言わないが。
それに引き換え、人間をやめたプリンはその脂肪が筋肉に置き換わっていなくても、小さいんだな。
何がとは言わないが。
と、そんなことを考えていると、前を行く三人が殆ど同時に振り向いた。
変なこと考えてたのバレた!?
あっ、ていうか、男性としての性的な反応が!
この身体の形がしっかり出てしまう魔法は色々とまずいのではないだろうか!
「お荷物……」
震える声でプリンが俺の呼称を呟く。
ヤバイ。殺される。
一撃で殺られる!
「フミアキ?」
「ふ、フミアキさん!?」
アドルフとローラレイも俺を凝視している。
まさに下腹部の辺りに視線が集まる。
終わった……いやまだだ!
諦めたらそこで試合終了だ!
「いや、あの、違うんだ。ほら、待ち時間にうたた寝してて、寝起きって言うかそういうヤツだ!」
我ながら苦しい言い訳をするが、女性は二人とも何も言葉を発さない。
「フミアキ、お前それはどういうことだ」
アドルフが焦るように問いかけるので、俺は観念して自分のアレに視線を落とした。
「アレ?」
そこには虚無があった。
変わりに、お腹の辺りにひときわ輝く大きな玉が。
状況把握にお時間を頂きます。
ああっ! そうか!
この玉は手帳だ。
経験値を吸い込みきれずに、
そして俺の身体には一切経験値が入っていないから、この魔法を使うと体が全然見えないんだ!
良かった。
生理現象がバレなくて本当に良かった。
ほっとしたのもつかの間、今度は何故こんな異様なことになっているのかと、質問責めにされるのだ。
結局最終的に、この一言。
「あなた、そもそも人間なわけ?」
プリンがそう言うと、二人もそうだそうだと頭を縦に振る。
どうしよう。
俺は質問責めの間ここをどう切り抜けるかを思案していたが、頭の中に名案が浮かんだ。
俺は手帳をポケットから取り出すと、みんなの前ですいすいと振ってみた。
視線がその明るい玉に注がれ、右へ左へ。
「今まで黙っておったのじゃが、ワシは精霊なんじゃ」
「精霊?」
「そうじゃ、お主達を正しき道へと誘う役目を、世界の創造主より
彼らにとって信じられない展開に、アドルフも口調に突っ込んでくることはなかった。
「確かに精霊は戦う能力はないじゃろう……それにダメージを受ける事で変化の術が消えるのも避けとった。じゃが、その代わりに予言の能力があるのじゃ」
何となく
ここまでの俺の行動が普通の人間離れしていて、変わっていれば変わっているほど信じて貰えるという逆転パターンだ。
「精霊さんだったんですね」
久々のローラレイの明るい声、そして本来のすぐ人を信じる所。俺は好きだぜ!
ローラレイが肯定してしまったことで、雪崩式にアドルフ。そしてプリンまでもが信じるしかない雰囲気に。
そりゃそうか。
マナを見る魔法で、その人間のそのままの形が浮き上がる状態で、ただの丸い球体が浮いてりゃビビるわな。
しかもその経験値たるや、自分達と同じレベルの高密度の球体なんだからさ。
「し、、失礼致しました!」
急にプリンが片ひざをつく。
えっ何々!?
「道中数々のご無礼、なんとお詫び申し上げたら良いか」
あ、俺が人間だと思ってクソミソに扱ってたのを、精霊だと知ってヤベって思ったのね。
「えーっと。許さん」
マナの状態だけでも、顔をあげたプリンの表情が絶望に歪むのを感じる。
「人間だからとバカにし、精霊だと解れば頭を下げる。そういうところがワシは好かん!」
本心だ。このプリンは嫌いだ。
とはいえこれから大事を成し遂げる仲間でもある。
「相手が自分より劣っていようとも、見下す事はするでない。結果自分自身を貶めることに気づくのじゃ」
遊撃隊の夜営地で、プリンがぽめらっちょだと気づいた人間達は彼女を無視した。
彼らがどういった思いを持っているかは明白だろう。
彼女自信もああいった態度が自分の首を絞めている事に気付くべきだ。
「お前は見た目や種族だけで相手を判断して見下しておったな、それを今悔いているのなら、考え方を改めるべきじゃ!」
「はい精霊様、役立たず等と……申し訳ありませんでした」
「これは根深い問題じゃが、ゆっくり馴染みなさい。大丈夫だ、目の前の二人はこんなお前にでもついてきてくれた二人じゃ。お主が変われば受け入れてくれるじゃろうて」
よし!
それっぽい事を言ったお陰で、マナの涙を流している。
これにて一件落着か。
乗りきったぁ!!
なんか色々俺に設定追加されたけど乗りきったぁ!!
俺は見えないのを良いことにガッツポーズしまくった。
「まぁ役立たずだったのは違ぇねえけどな」
えーっこの状況で、アドルフうるせー。
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