遊撃隊と振り分け

 クラウベリー平原。

 それはクラウベリー山脈を国境とする、山岳の盆地。

 肥沃ひよくな土地ではあるのだが、魔物の巣から送り込まれる敵性生命体が跋扈ばっこし、一般の人間が生活するには難しい場所だ。


 そこに沢山の兵士がテントを張って夜営していた。


「壮観だな」

 アドルフが馬上でつぶやく。


「すごい数だ」

 俺も絶句する。

 そこには1万人以上の兵士が集まっており、戦いと戦いの間にある少ない休息を享受きょうじゅしているのだった。


 尾根を越え、盆地の中を下って行くと、ちょっとした検問らしきものに到着した。

 馬についている紫色の剣がかたどられた、鋳物いもののプレートを見せると問題なく通過することができた。


「遊撃隊のメンバーは右手奥へお進みください」

 通過する際に道を教えてくれた兵士の口から聞きなれない言葉が聞こえる。


「遊撃隊?」

「はい、ご説明はありませんでしたか?」

 俺が頭を横に振ると、兵士は改めて説明してくれた。


 今回のスタンピートは計画的なもので、言うなれば正式な魔王軍の侵略だ。

 こちらが地上に補給線を伸ばして戦っているのに対して、あちらは地下を通って物資や人員を運んでいる。


 そして準備が整い次第、大穴【アルカホール】より大群で這い出てくるのだ。


 俺達のような少数パーティで戦闘力の高いメンバーは、遊撃隊としてパーティごとに小さな横穴から侵入し、敵の補給線を絶ったり、横やりを入れて挟み撃ちにしたりという戦い方をするそうだ。


「小さな穴から大群は投下できないが、俺達だったらその狭い穴から入っていけるってことか」

 アドルフは拳を手のひらに叩きつけ、やる気を見せる。


「強敵と戦う以外にも、補給線を潰したり、道を封鎖するだけでも戦況は有利に傾きます。それをあちらこちらで誘発することで、戦いの流れをこちらに向けようという作戦になります」


 平原に展開される兵士たちは地上戦のプロだ。

 彼らとてこの【アルカホール】から無作為に這い出てくるモンスターを演習と称して何度も狩ってきている。

 当然経験値も溜まっているし、実際の戦闘経験も申し分ない。


 地上に出ている前線は彼らに任せても大丈夫だろう。

 俺達にはダンジョンを攻略した経験を生かして潜ってもらおうという事だ。


 説明を納得したところで、他に集められた遊撃隊がいる場所へ足を運ぶ。


 そこには兵隊の規則正しい同じ形の同じ色の天幕ではなく、それぞれが持ちよったであろう、色取り取りの天幕が張られ、お祭り騒ぎでも始まるかのような雰囲気だった。


「小汚ないところね」

 それを見るやプリンが吐き捨てる。


 もちろん聞こえるように言うんだからたちが悪い。

 近くのいくつかのパーティがその声に目を細めてこっちを向くが、相手がぽめらにあんであるとわかると、ため息をついて放置した。


 人間にとってこの種族というのは「言っても仕方がない」相手なんだろう。

 もしかしたらこの中にはプリンよりも強い人間もいるかもしれないのだが、それでも関わり合うだけ損だと言わんばかりの反応だ。


 俺達は天幕の間を馬で歩き、わりと端の方に空き地を見つけた。他と隣接させずに、少し離れた場所に自分達も天幕を張って行く。

 もちろんプリンはそれを眺めているだけだが。


 その後アドルフが作る夕食を口にして、特に会話らしい会話もなく睡眠する。


 息苦しい。

 プリン一人が変わってしまっただけなのに、全てが狂ってしまった。


 もちろん俺は手帳に"プリンは人間だ"と書き込んだ。

 それが認識されるのであれば、話は元に戻ったかもしれない。

 だが、ここまで来ているということは、反映されなかった訳だ。


 華奢な女の子が邪魔をしているのであればと、彼女には悪いが、また筋肉ムキムキになってもらう覚悟で書き込んだ内容もだめだった。


 確かに、一度設定を変えて、それをまた戻すというのは摂理せつりに反している気もする。

 直接彼女に関わる事を変えてゆくのはもう難しいかもしれないと思っているが……


 眠れない一人の時間に、いくら考えても答えがでることはなかった。



 朝の特訓をしていると、角笛が鳴る。

 これといってなにも聞いてはいないが、きっと集合の合図か何かだろう。

 俺達遊撃隊は、三々五々といった感じで音のした方向へ集まって行く。


 実際に集まってみると、遊撃隊は4人~8人程度のパーティになっていて、400人程度がひしめいているようだ。

 この国にダンジョンを踏破した経験があるもの、モンスターを狩るのに特化したものがこれだけいることに驚いた。


 そしてその視線が向かう方向に、紫煙の剣の軍旗が掲げられていて、副団長のガルバルディの姿があった。


 列がどんどんその方向に進んで行き、自分達の順番になる。


「おお、レッドドラゴンを倒した……」

「プリム・プリンよ。早くしなさい」


 ガルバルディですら鼻にも掛けずに言葉をさえぎる。


「すみません、お世話になります」

 俺が横合いから頭を下げると、ガルバルディは笑顔で答えてくれたが、プリンは余計なことはするなとそれをギッと睨み付ける。


「では早速、君たちのパーティだが、この穴を進んでもらいたい」


 テーブルに置かれた地図を指し示す。

 そこには「49」と書かれた黒い丸があった。

 他にも数字が割り当てられていて、これが全て魔物の巣に繋がる地底の入り口【ダンジョン】であることがわかる。


「この穴は他のものよりも大きい。中がどうなっているのかわからんが、魔物の行軍を外れた迷いモンスターのトロールが出てきたことから、かなり大きな魔物の行軍経路だと考えられる」


 どうやら地下は無数の穴でここに繋がっているらしく、小型の魔物であれば通れる道も、大型ではつっかえてしまうため、大型魔物は通り道が限られるようだ。


「実際、大型の魔物はその体格から洞窟内での戦闘は不利だ。話に聞いたレッドドラゴンの討伐も、彼が飛べなかったというのが大きい筈だ」


 しかもその上冷凍系呪文で動きを制限したしね。


「とはいえ強力な魔物ばかりだ。ブレスなどを通路に吐かれれば、一瞬で一網打尽になってしまうこともあるだろう。無理はしなくて良いぞ」


 緊張感が漂う。

 しかし、ガルバルディはその顔を笑顔にした。

 かれのこういった人好きする表情は、きっと部下達にも人気があるのだろうと思わせる。


「今回の遠征ご苦労様。俺は君たちに一番の期待を向けているんだ。生きていれば何度でも挑戦できる。死ななきゃいずれは勝てる」


 激励の言葉と共に、突入時間を教えて貰い、俺達はその場を離れた。


 ああは言っているが、彼らも死の可能性がある戦いだ。

 その中で誰かを鼓舞する笑顔を作れる。

 そんな強さも有るのだなと感心する。



 そして昼過ぎ、俺達は49番ダンジョンに到着した。

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