乗馬と変化
翌日の朝、宿の前には4頭の馬が連れてこられていた。
紫煙の剣の副団長、ガルバルディの根回しだ。
「あら、私が乗るに相応しいいい馬ね」
プリンもどうやらお気に召した様子。
実際に近づくと頭は自分よりも高く、筋骨粒々としていて力強さを感じる。
軍馬として戦場に
「俺、馬に乗ったことなんて無いんだが」
苦笑を浮かべる俺とは対照的に、ローラレイまでもがひょいと馬に跨がる。
呆気に取られていると、アドルフは最後の一頭に自分達の荷物を乗せてから、自分の馬に蹴り上がった。
「フミアキは俺の後ろに乗れよ。道中は長いんだ、感覚を掴んだら練習してみろよ」
そういって手を差しのべてくる。
くそ、プリンがキツい世界ではアドルフが男前に見えるぜ!
俺は遠慮なくその手を取ると、重さが無いかのようにひょいと持ち上げて馬の後ろに乗せてくれた。
「フン、じゃぁ出発するわよ」
その光景を横目で確認したプリンが号令を飛ばし、彼女を先頭に馬が進み始めた。
馬とはいえ早馬ではない。
全力疾走はさせず、歩きの2~3倍程度のスピードで街道を進む。
「馬は慣れねぇと体力使うからな」
何度目かの休憩の時。
水筒の水を俺に差し出しながら、アドルフが話しかけてくる。
確かに俺は汗だくで、足も疲れてがくがくしている。
馬が歩く度に上下に揺れるので、それに合わせて足で体を挟んで堪える。これがしんどいのだ。
「馬と一体になれば大丈夫だ」
うん、お前は感覚派だもんな。
張り付いた笑顔でそれに返しながら、俺は横目で女性陣を見る。
プリンがローラレイにしきりに何かを話しているが、ローラレイは全く楽しそうに見えない。
「ローラってなんであんなに暗いんだ?」
俺がこっそりと耳打ちすると、アドルフは困惑したような怒ったような表情で俺の顔を凝視する。
「なっ、なんだよその顔」
「お前マジで言ってんのか?」
どうやらプリンと出会ってからのストーリーにも「必然」という改編があったのだろう。
「すまん、理由は言えないが、記憶を無くしたと思って話してくれ」
無理は承知だが、ここは信じて貰うしかない。
一歩も引かずにその無理を通そうとする意思に負けたのか、アドルフは口を開いた。
「よく分かんねぇけど、そんな目で言われちゃ疑えねぇよ
」
そうやって切り出したアドルフの話は驚くべき事だった──。
王都へ到着後、俺たちはそれぞれの装備を整えるためにお金を稼いだ。
町ではお姫様が逃げ出したとかで厳戒態勢を敷かれていたため、王都の外への出入りが厳しく取り締まられており、どうしてもその中ででしか稼ぐ手立てがなかった。
俺とローラレイはスクロールを作って売り。
アドルフも町の困り事を解決して小金を稼ぎつつ、兵士の修練場へ通う日々。
しかしプリンは部屋で一人、
もちろん宿屋も彼女の一存で立派なものを借りたので、必要な金額が揃うまでになんと一ヶ月も掛かってしまった。
途中、お姫様が無事に見つかったらしいという噂と共に、ここ二十年近く病に
「その頃からローラレイは塞ぎがちでな。よっぽどスクロール製作の監禁生活が
違う。何故かは明白だ。
会えないままに自分の母親の死を知ったのだから。
だが、アドルフのこの反応ではきっとローラレイは自分の
「王都に着いた時に路地裏には行かなかったのか?」
俺の言葉に少し首をかしげて思い出そうとするアドルフ。
「ああ、お前が必死に連れていこうとした奴な。プリンがあんなところに行くのを承諾するわけないだろ?」
そうか、これも「必然」って奴かよ!
「そっか、ありがとうだいたい分かったよ」
「本当に大丈夫か?」
アドルフには、不可解な質問ばかりだろうが。
俺はこの状態に合点がいった。
ふともう一度ローラレイを見る。
太陽に透ける金色の髪は、邪魔にならないように一括りにされ、両手を固く閉じて膝の上に乗せている。
後光さえ放って見せたあの弾けるような笑顔はそこにはない。
俺は奥歯をギリリと噛むと立ち上がる。
「絶対に取り戻して見せる」
その決意は胸の中で強く熱く燃え上がっていたのだった。
夜営をした翌日から、アドルフと一緒に目を覚ますと、プリン直伝の木登りから始める。
そして体が暖まったところで、ひのきのぼうを振り回す。
いまだ型などはないが、握力や腕力など、振り回すのに必要な筋力だけは付く
「足手まといの人間が、今さら努力しても私の足元にも及びませんわ……でも、
プリンは本当に人が変わってしまった。
いや、確かに人では無くなっているのだから仕方ないが。
その言い知れない悲しさや悔しさが、俺の燃料になって、毎日の日課をこなさせた。
日課と共に、ワインを運んだクレソンさん直伝の罠でウサギを捕った。
プリンは食べようとはしなかったが、大事なタンパク源だ。しっかりいただく。
3日後にはなんとか一人で馬にも乗れるようになった。
馬が上下するのに合わせて自分も上下してみた。
馬と一体になる感覚を何とか掴むことが出来たような気がする。
こうして一週間の旅路は瞬く間に過ぎていき、いざ決戦の地へと到達するのだった。
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