失意と友情

 失意のどん底のまま俺は宿屋のベッドに寝転がって一日を過ごした。

 やる気が起きないのもあった。

 ただこの状況をなんとかもとに戻そうという思案にくれるたび、それを実行する直前で書き込むのをやめる。


 今度はどんな代償が待ち構えているか分からない。


 それが俺の心をむしばみ、もはや手帳を開くことさえ躊躇ためらっていた。


 夕方になり、部屋の外であのプリンとアドルフが揉める声で、うつらうつらしていた自分に気付く。


「あの穀潰ごくつぶしをいつまで飼ってるつもりかしら!?」

「フミアキは仲間だ、置いていくことはできねぇ」


 アドルフが力強く抗議してくれている。

 もうやめてくれ、そのプリンが言っていることは紛れもない事実だ。


「これから魔王軍の前線へ行こうというときに病気ですって? 臆病を引いた、の間違いじゃないかしら?」


 くそ上手いこと言いやがって。


 その声は明らかに部屋の中の俺に対して、わざと聞こえるように投げ掛けている。

 魔物と戦うのが怖いんじゃない。

 だけど臆病者なのは自分でも分かってるんだ。


 もしかしたら取り戻せるかもしれない大切なものの為に動くよりも、それをしてしまった事でより多くの物を失うのが怖い臆病者だ。


「確かにフミアキは戦えねぇ、それに今は弱ってもいる。だけど、俺たちを見捨てることはしねぇし、俺たちも見捨てねぇ!」


 アドルフは、どんなに変わってもアドルフでいてくれている事が、どれだけ心強いか。


「まぁいいわ、どうせ居ても居なくても役には立たないのだし。せいぜい首輪でもつけて引っ張ってくることね」


 それだけ言うと足音を響かせながら自室へ帰っていった。



 廊下に取り残されたアドルフも無言で動こうとしなかったが、しばらくの沈黙の後ドアをノックしてきた。


「フミアキ、起きてるか」

「ああ、俺の事ですまんな」


 俺は体を起こしてベッドに腰を預ける。

 体も心もだるい。

 しかし、俺のために防波堤になってくれているアドルフに悪い気がして、足に力を込めて立ち上がる。


「明日、朝からスタンピートの最前線へと向かう予定だ」


 ドアの外から予定を告げる。

 俺が設定を書き換える前からそれは変わっていないらしい。

 この不和を抱えたメンバーで本当に戦い抜くことができるのだろうか?

 またも不安に心を塗り潰されそうになったが、ドアを開けて入ってきたアドルフの表情を見て、それは戸惑いへと変化した。


「なんで笑ってんだ?」

 何故声が震えたのかも、俺にはわからなかった。


「何でって、フミアキはやっぱりフミアキだなって思ってな」

 その真意を理解できるほど俺は器用じゃない。

 怒りではない何かが口を震わせて言葉にできなかった。

 その様子を見て、アドルフは何かを察したのか話を続ける。


「弱っちいくせに時々自信家で、俺たちの事をずっと大事に考えてくれてる。今でも俺たちの為に、震えながら立ち上がってる。そういう奴だよなお前は」


 足の震えは恐怖の為かもしれない。

 しかしきつく結んだ口の震えの正体がやっと理解できた。


 アドルフこそ、いつでもアドルフだ。


 ローンウルフの予言をしたときも。

 ローラレイの素性を隠していた時も。

 ダンジョンへ潜ると言った時も。


 口では悪態をつくが、結局俺を信じてついてきてくれた。

 戦闘力0の口だけ男。

 足が震えてよろよろしそうな今の俺を──。


「……信じてくれるっていうのか?」


「お前が俺を信じてくれているようにな」

 若干18歳の勇者は、まるで何もなかったかのように満面の笑みを向けてくれる。


 扉を開けた瞬間に、顔を見て分かってしまっていたから。

 俺は涙が出そうな気持ちを圧し殺すために奥歯を強く噛み締めていた。

 自然と震える唇。

 次の言葉を出せない変わりに、沢山の感謝の気持ちが目から溢れて止まらない。


 そうだ。

 何をやっているんだ俺は。


 怖いときこそ自分の事じゃない。

 大切な仲間の事を考えて勇気を出さなきゃいけなかったんだ!


 それはプリンが教えてくれたこと。

 アドルフやローラレイが自然と見せてくれたこと。


 そしてずっとその大切なもの中に俺を入れてくれていたこと。


 俺は弱い。

 だけど何も出来ないわけじゃない。

 俺にしか出来ないこともある。


「連れて、いってくれ」


「首輪をつけてでも、な」


 先程のプリンの言葉をもじって、口の端で笑うアドルフ。


「嫌みな奴だなお前は」

「嫌な奴よりは良いだろ?」


 アドルフは俺の肩を拳で小突いて部屋から出ていった。

 盗賊討伐の後にしてくれたように。


 彼の拳からの暖かさが体に広がると同時に震えが止まってゆく。



 俺はすぐさま手帳を開く。


 この戦いを勝ち抜くために。

 そして、あのプリンを取り戻すために。


 何が必要なのかを、必死で模索するのだった。

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