4章・魔族侵行編
プリンとプリン
この世界で最大の味方であり、謎の多かった手帳を攻略したことで、興奮のあまり寝れないのではないかと思っていたのだが。
胸のつっかえが消えたというか、達成感が高かったというか。
むしろ清々しいほどよく寝た。
これまで夜中にうんうん唸って手帳と対峙してきたツケを清算するかのように、スッキリと目覚めた俺。
もちろん同室のアドルフは朝の修練に出掛けていて居ない。
ローラレイはプリンのイビキに消音の魔法を使用して、夜中はスクロールを作成してくれているそうなので、朝は遅めだったりする。
そんなわけで、起きる時間がマチマチな俺たちは、三々五々食堂に集まって食事をするというのが、自然に出来上がったルールのようになっていた。
「おはようアドルフ!」
階下に降りると、アドルフがちょうど修行から戻ってきたところだったようだ。
「なんだよフミアキ、朝からニコニコと気持ち悪い」
「笑ってるだけで気持ち悪いかよ」
「お前がそんな笑顔の時はろくでもない予言でも持ってくるときだろ」
そんなことはない。
むしろ今日は最高の状態なんだぜ!
アドルフはそんな俺をいぶかしがりながらも、体を拭きに水場へ消えていった。
次に現れたのはプリンではなく珍しくローラレイだった。
「おはようローラ」
「おはようございます……予言者さん」
「どうしたの? ちょっと疲れてるみたいだけど」
朝一番だというのに、その顔に疲労の色を見て取れる。
昨晩はよく眠れなかったのだろうか?
「いえ、いつも通りですよ」
「そう? もう少しゆっくり寝てくればよかったのに」
疲れてる割に、いつもより早起きなローラレイにちょっと不思議な気分になった。
「いえいえ、プリンさんより遅く起きるわけには行きませんし」
「そう?」
食卓のテーブルについたローラレイは、やはり眠いのか、そのまま机に突っ伏して動かない。
そこにアドルフも戻ってきた。
「ローラ、無理するなよ」
肩を軽く叩くと、ローラレイも突っ伏したまま頷く。
三人が席について待っているにも
「寝坊か? 珍しいな。ちょっと起こしてくるか」
立ち上がろうとした俺をアドルフが制止した。
「おい、お前ごときがプリンさんの寝起きを邪魔するような真似するな!」
違和感は感じていたが、今の言葉に俺は頭が真っ白になった。
「プリン……さん?」
この際「お前ごとき」はスルーだ。
元々こいつは口が悪い。
「寝起きが一番機嫌が悪いんだ、朝一番に役立たずのお前の顔を見ちまったら一日中機嫌が悪いままだぞ」
ため息をつきながらそう吐き捨てるアドルフは、演技等ではない感情を
「あら揃っているのね、おはよう」
階段を降りながら、プリンの声がする。
しかしそれはいつもの可愛げのある話し方ではなかった。
アドルフとローラレイが立ち上がる。
俺がおろおろしていると、アドルフが「お前も立て」と口を動かしながら俺の
その異様な状況を当たり前のように無視しながら、ゆっくりと歩いてくるプリン。
近づいたところでローラレイが椅子を引いてテーブルにつかせる。
疲れを
「どういうことだこれは?」
プリンが席に着くなり、俺は食って掛かった。
プリンだったらローラレイの疲労や、表情を読み取って、一番に心配するはずだ。
それがどうだ、薄ら笑いを浮かべたような表情で、そうするのがさも当たり前のように振る舞っている。
感情の矛先をプリンに向けた瞬間、ローラレイはハッと顔をあげ、必死に首を横に降った。
そして俺の背後からアドルフが俺を羽交い締めにする。
「すいませんプリンさん、こいつ朝から様子がおかしいんですよ、ヘラヘラ笑ったり……変な夢でも見たんじゃないですかね」
あのアドルフが頭を下げて
何だこれは。
こんなの俺が知っている世界じゃない。
何だあいつは。
こんなの俺が知っているプリンじゃない!
気持ち悪い!
そう考えはするが、レッドドラゴンを狩れるほどの勇者の力に抵抗できずに、俺は引きずられて部屋に連れ戻された。
「お前、プリンさんに向かってどういうつもりだ!」
アドルフが意味の分からないことを言う。
「なんだよプリンさんって! あいつは俺達の仲間だろ?」
敵いはしなかったが必死で暴れたため息が上がっている。
「本当にお前、今日はどうしたんだフミアキ」
一転、アドルフは本気で俺を心配している様子だ。
「分からねぇ……起きたら何かが変わってたんだ。お前も、ローラも……プリンなんて別人だぞ!」
「すまん、俺はフミアキの言っている事がよく分からん」
彼が本当に心配をしてくれているのが伝わって来る。
だから少し冷静になれた。
そうだ。
プリンの体型が違っていた。
ゴリラのような
それはそうか。
俺は昨日手帳に書き込んだ内容を思い出す。
"プリンはぽめらにあんだ"
そうだ。"プリンは華奢な女の子"という設定を生かすために、彼女をぽめらにあんという種族に設定変更したんだった。
その設定が反映されたことと、この状況がいまいち飲み込めない。
「すまんアドルフ、プリンとの出会いから少し教えてくれないか」
アドルフは変なことを言い出したなという感情を持ったようだが、いつものように距離を置かずに俺に向き合ってくれた。
そして今までの旅を語ってくれたのだった──。
プリン・プリム=プリン
俺が知っている彼女は努力家だった。
復習のためとはいえ、あの重いドラゴンスレイヤーを使えるようになるまで必死で頑張った。
しかし、ぽめらっちょであるプリンは、はじめから持つことが出来た。
その力でモンスターを倒し、経験値を溜めたことですぐに振れるようにもなる。
元来力の強いぽめらっちょは人間を下に見ている者が多いため、人間と群れることを好まない。
金になる仕事として商人や鑑定士の人足に駆り出されることはあるが、それでも長くは契約などはしない。
唯一聞くのが、魔物の討伐パーティだ。
15歳になったプリンはそれを探しに町に出てきた。
そこで「勇者」を名乗る人物がいるパーティに遭遇する。
プリンにとってアドルフはステータスだけの存在。自分を飾り立てる脇役にすぎない。
魔王を倒すことができれば、勇者の称号さえ自分の物にできると考えていた。
かくして、人間を見下しながらも、このパーティでも頭一つ抜きん出た強さのプリンに、誰も頭が上がらない状況になっているようだ。
「お前は俺の友人だ、大事なときにいつも側にいて的確なアドバイスをくれるじゃないか。だからお前は俺が守ってやる」
アドルフの必死な言葉の裏には、プリンにとって俺が無価値な存在であり、いつでも追い出すか殺すかしてやると考えている事が見え隠れする。
きっと身の回りを飛ぶハエ程度にしか思われていないのだろう。
俺は
ひどく後悔していた。
やっちまった。
後先考えずに設定を
勇者パーティはもう別の物になってしまった。
そしてふと気付いたのは大きな喪失感。
「プリンは? プリンは何処に行ったんだ?」
あの、気が利いて、心配性で、優しくて、ツンツンしてるけど面倒見が良くて……みんなが大好きだったプリンは何処に行ったんだ?
「フミアキ、本当にお前……」
「おかしくなっちまったってか!? そりゃぁそうさ、大事な仲間を……俺が消しちまった。この手で……」
それは一瞬暖かみを感じるが、すぐに冷えて手のひらから溢れ落ちて行く。
それを強く握りしめても、心に暖かさが戻りはしなかった。
声を殺して泣く俺の隣で、理由も分からないままアドルフが居てくれる。
だが以前はここにプリンが居てくれた……そう思ってしまうと、余計に涙が出て止まらなかった。
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