マナと中ボス

 その後も軽快にダンジョンを進んでゆく。


「退屈すぎる!」

 肉体派のアドルフは俺を小突いてきたが、わりと経験値が入っているみたいで、小パンチが結構痛いんだが。


 この世界はレベルアップという概念はあまり無いらしい。

 ただ経験値が溜まると体力の上昇や、運動神経の向上、魔力の強化などの効果があるため、徐々にだが強くなってゆくのだそう。


 これは俺がレベルアップの概念を書かなかったために、この世界に勝手に生まれた設定のようだ。

 書き換えても良かったのだけど、頭の中でファンファーレが鳴り響くとして、誰がどうやってとか、そういう状況を説明する文言もんごんが見つからなかったために放置してある。


 まぁ強くなるならぬるっと強くなっても良いんじゃない? というわけだ。


「プリンも強くなってるかい?」

 火炎瓶を積んだリアカーを牽くプリンに問いかける。

 力仕事を女性に頼むのはどうかとは思うが、別にフミアキを助けるためじゃないけど筋力トレーニングに持って来いだから、とむしろ快諾かいだくしてくれた。


「そうね、背負ってるドラゴンスレイヤーが心なしか軽く感じるわね」

 そう言いながらプロテイン入り水筒をキメている。


「私も魔力の増大を感じます」

 ローラレイも笑顔でそう話すところを見ると、今回は結構な量の経験値が皆に入っているんだろうと、この計画の成功を感じた。


「で、フミアキ。お前はどうなんだよ」

 薄暗い洞窟の先頭を行くアドルフが振り返らずに聞いてきた。


「いまいち分からんのだよなぁ……実感がないというか」

 自分の手を見つめながら、閉じたり開いたりしてみるが、強くなっている気配はない。


「ちょっとパンチしてみろよ」

 振り返ったアドルフは、顔の横くらいに手のひらを広げて、打ってこいとばかりに挑発する。


「ふっ。泣きべそかくなよ?」

 俺は助走をつけて思いっきりその手を撃ち抜いた!


 筈だった。

 拳はアドルフの手のひらで止まり、微動だにしていなかった。


「痛ってぇええええ!!」

 俺は泣きべそをかいた。


「なんでお前の手のひらそんなに堅いんだよ、石か鉄じゃぁねぇの?」

 その状況にアドルフはあごに手を当てて何かを考える風で、俺の叫びなど無視している。


「あらあら、フミアキ大丈夫?」

 ローラレイが駆け寄って手を包み込んでくれたので、折れてても奇跡で治った。


「ほんと、男同士って力試しばかりやってバカよねぇ」

 プリンがあきれている。

 お前が一番そういうの好きそうだけどな。


 そこでようやくアドルフが動いた。

「フミアキ、お前全然経験値溜まってないんじゃねえか?」


「は?」


「経験値ってのはだな、マナといわれるその生き物が持つ命のパワーだ。モンスターを殺して得たその命のパワーを体に取り込んでいくことで、体は強く、堅く、早くなってゆくんだ」


 体に取り込む事で体内をめぐるそのマナは、血液や筋肉とは別に体を動かすのに使われる。

 例えば走る際に、血流を送り、筋肉を収縮させるのと同じように、そのマナが流動することで、より早く走ったり、筋肉に負荷をかけずに走ったり出来るわけだ。


「そのマナが身体の中で密度を増せば、それだけ防御力も上がっていく……こんなのは常識だが……」


 ごくり。生唾を飲み込んだ。

 俺がこの世界の住人でないことがばれてしまったかもしれない。

 なんせ彼は思ったより切れる男だからな。


「バカだから経験値が溜まらないのか?」


 はい、お前がバカー。

 経験値が溜まらない理由なんか分からないが、少なくともバカだからではない!


「まぁ俺が強くならなくても、アドルフ達が強くなれば良いだけの話じゃないか」


「む、それはそうなんだが」

「俺は草場くさばの影で隠れて応援しとくよ」

「それ死んでないか?」

「ナイス突っ込みだなアドルフ」


 と、小ボケを挟みながら話題をずらしつつ、大広間の前まで来た。

 暗くて良く見えはしないが、音の反響からして結構広い空間に出たのだと思った。


「ここにもスケルトンが居るのか?」


 しかし俺たちがそれを確認する前に、話しかけてくるものがあった。

「良く来たな」


「ローラ、明かりを」

 静かにアドルフが言うと、ローラレイが落ち着いて魔法を詠唱する。


「オンライト」

 小さな太陽のような光球は、今度は壊れずに部屋の中央まで漂うように進んでいった。


 その奥に居たのは先程の声の主だろう。

 高位の司祭が着るようなローブをまとった、ひときわ大きな骸骨。

 それが椅子の肘掛けに片腕を預けてこっちをにらんでいた。


姑息こそくな手段でここまで来おって……ここまでコケにされたのはお前らが始めてだ」

 殺意のこもったその発言に、ぶるっと体が震えた。

 しかし、俺以外のメンバーはそんなものにおくすることもなく、一歩前に進む。


「ロード級か」

「相性は悪くないですよ」

 呟くアドルフとローラレイは、プリンを見る。


「だけど、ボーン系は斬撃に強いらしいわ、私じゃ無理かもしれません」

 プリンが弱気な発言をするが。


 いや、たぶんその剣だと切るより叩き潰す威力の方が高いから全然効くと思うよ。ってか、二人もそんなこと無いって頭を横に振ってるでしょ。


「プリンをメインに俺が撹乱かくらんする」

 アドルフの簡単な作戦にローラレイも乗る。

「私は強化と、もう少し大きな光球で相手の動きを阻害しますね」


「私じゃ……」

 いまいち自分の分野がわかっていないプリンは自信が無さげだ。

 俺はその肩に右手を置いて、左手で親指を立てた。


「やってみないとわかんないさ!」

「戦わないフミアキが一番良い格好すんじゃねぇ」

「アドルフうるせー」


「フミアキが言うんなら……やってみる」

 俺の発言にどれだけ説得力があるのか分からんが、プリンはやる気を出してくれたようだ、いい子だ。



「よし、そうと決まれば。ローラ、素早さを上げる魔法をかけてくれ」

「えっ、フミアキさん戦うんですか?」

「いや、全速力で逃げる!」


 どうやら俺はその辺の一般人とほぼ同じレベルだ、レベル1だ。

 こんな中ボスと戦う気は更々さらさら無い!


 アドルフはため息をついたが、ローラレイはちゃんと魔法をかけてくれた。



「よし、邪魔物も居なくなったし、いっちょやるぜ」

「誰が邪魔物だ」

「じゃぁ私からいくわよ!」


 気合いをいれた前衛職が前に出る。

 それを見てようやく立ち上がったスケルトンロードは、背丈が3mほどあるだろうか。

 王座の脇から2m程度のブロードソードを手に取ると、そのくぼんだ眼底を赤く光らせたのだった。

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