必然性とスケルトン

 ダンジョンに行くことが決まった夜。

 素泊まりの宿屋で俺は手帳を開いていた。


 王都にいる間もこの手帳の事を毎日調べていた。

 そこでいくつか消えない文章が増えていた。


 "プリンは華奢きゃしゃな女の子”

 ”破邪の剣がアドルフに語りかける”

 ”ローラレイは魔法を正確に使える”


 共通点を導き出すためにいくつもの無理難題を書き加えてみたが、どれも消えずに残った。


「きっと【必然性】が無いからだ」


 もしくはそれに反するからではないかと俺は推測した。

 プリンが華奢であれば剣は振れないだろうし。

 剣はそもそも喋らない。


「ローラレイが魔法を正確に使えたら、それはもうローラレイではない!」


 そう作者の俺が思っているのも原因の一端かもしれない。

 もしかしたら剣が喋るくらいなら、既成概念を取り外せば行けるかもしれないが、今それが必要かと言われればそんなことはないので発動しないのかもしれない。


 全部「かもしれない」ではあるんだけど、少しづつこの手帳の謎が解けてきた気がするのは、素直にありがたい。



 さて、俺はその制限の中でいかに【必然性】を保ちながら彼らにチートをさせるかを考えているわけだ。




「またフミアキがおかしくなった」


 朝の一発目のミーティングで、俺が立てた作戦に対してアドルフが言った言葉だ。


「そんなに大量の瓶を集めて何にするんですか?」

 プリンの目線の先には、俺が酒場の親父に言って譲って貰ったワインボトルが大量に積まれていた。


「次のダンジョン攻略で使うのじゃ」

「うっわ、出たよが」

「勇者うるせーのじゃ。早くこれを瓶に詰めていくのじゃ」


 俺は大きな入れ物に入ったランプ用の油を、瓶に少しづつ移しかえてゆく。

 そしてその入り口に裂いた布を詰め込んで。


「火炎瓶の出来上がりじゃ」


「なんだこりゃ?」

「この布に火をつけて投げれば、瓶が割れて地面に油が飛び散って、その辺一帯を火の海にする道具なのじゃ」


 簡単な構造だし、この世界にもあるかと思ったが……


「そんなもんファイアボールかファイアサークルでいいじゃねぇかよ」


 この世界には魔法があるから不必要だと言うことだろう。


「まぁ、百聞は一見に如かず、これをもって近くのダンジョンへまいろうぞ」

「そのしゃべり方やめたら行ってやるよ」

「やめた、さっさと油詰めろ」


 そんなわけで大量の火炎瓶を荷車に詰んでダンジョン攻略と参りましょう!



 宿泊の町の一番近いダンジョンには、最近スケルトンが居ついているという話だ。

 もちろんこれは俺が昨晩書き込んだ「設定」ではあるが。


「この町は一度ここのダンジョンから溢れた魔物で全員死んじゃったんだって」

 昨日宿屋の女将に聞いた話をプリンが語る。


「そしたら埋葬した町の人の死体を、今度はスケルトンロードが使ってダンジョンの入り口を自分の巣みたいにしちゃったらしいわ」

「骸骨さんが相手ですか、ちょっと怖いですねぇ」

 あまり得意ではないのか、ローラレイは及び腰だ。


「どうせ人間の成の果てだろ、俺の剣の錆びにしてやるさ」

「ふふふ。アドルフはヤル気満々だな。しかし、今回お前に出番はあるかな?」

「口だけ予言者が、どういう意味だよ」

「ふふふ。ふふふのふふふのふー」


 俺は含みのある笑いでお茶をにごしたが。

 頭に来たアドルフに暴力を振るわれた。

 普通に痛い!



 なだらかに奥に降りてゆく洞窟に入ると、松明に火をつけた。

 ここは何百年ものあいだ、冒険者が出入りし、また魔物が出入りしたため地面が踏み固められている。

 どれだけの血がここに流れたかわからないが、今は静かにその口を開けているだけだ。


 揺れる火の影に怯えながら一行が進むと、ひときわ開けた広間に出てきた。


「ひっ」

 ローラレイが小さな悲鳴を上げるのも無理はない。

 人工的に四角く切り取られたその部屋の左右には、スケルトンが隊列を組んで立っていたのだ。


「こりゃぁ100体は居るよな」

 さすがのアドルフもこの数は想定外だったのか、若干引いている。

「襲ってこないの?」

 プリンもこの手苦手か。筋肉の中身は女の子だもんな。


「スケルトンは簡単な命令にしか従わないからな、この場合部屋に入ってくる敵を倒せとかそういう命令でも出てるんだろ」


 やはり勇者、腐っても勇者だ。

 8歳までに父から聞いた話なのか、彼が独学で調べた内容なのかはわからないが、その設定であっている。


 しかし松明の明かりだけでは、部屋の広さがわかる程度しかない。

 それも不安材料のひとつと感じたのだろう、プリンが提案した。

「ローラ、光の魔法で照らせないの?」

「じゃぁ光魔法を使いますね、若干ですがスケルトンの様な魔物の動きも鈍らせれますし」


「大丈夫なのか?」

 アドルフが警戒の色を示す。

 ローラレイの魔法で良い思い出は無いからだ。


「大丈夫、焦らなくていい状況ならゆっくり詠唱できるから」


 彼女の欠点は二つ。

 状況に合わせた魔法の選択が下手だということ。

 これは彼女のおっちょこちょいな性格に起因する。


 もうひとつは、焦ると必要な詠唱を飛ばしてしまうこと。

 ウルフとの戦闘で、焦って使用したスキルが、座標も威力も間違ってたのは、目の前に危機が迫って焦っていたからだ。


 逆に言うと、魔法を指定されて、落ち着いて魔方陣を描くように丁寧に唱えれば失敗することもない訳だ。


「オンライト」


 しっかり魔法を練って放たれた光の珠が辺りを照らす。

 そしてそれが部屋に移動しようとしたその時、なにかに当たってかき消えた。


「えっ?」

「おい、また失敗か?」

 自分でも戸惑いながら違う違うと手を振るローラレイ。


「この部屋にはアンチ魔法結界が張ってあるみたいだな」

 俺が状況を説明したことで、アドルフも合点がいった様子。


「まぁそりゃそうか、部屋の外から魔法撃てば、良いだけだもんな」

「相手もバカじゃ無いってことね……」

「だが、あのスカスカの体に弓を撃っても、効果は薄そうだぞ」

「暗いですし命中率は低そうです」


 結局力押ししか無いのかとうなる二人に、俺はドヤ顔でこたえた。


「そこでこいつだ」

 俺は一本の火炎瓶を逆さにして、布に油を染み込ませると松明に近づけた。

 火が点った火炎瓶をおもむろにスケルトンの群れに放り込んだ。

 瓶が割れて燃え上がる。

 しかしこの部屋に敵が入っていないのと、彼らには痛覚もないため、ただ黙って火に飲まれてゆくだけだった。


 そして骨が脆くなって耐久が落ちたのか、魔物としてのHPが切れたのか、次々に崩れていく。


「さぁ、まだまだ行くぞ」


 そんなわけで火炎瓶だけでこの場を制圧して見せた。

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