集合と話し合い

 先日俺たちが食事を取っていた部屋。

 今日は張り詰めた空気に支配されていた。


「何からたずねて良いものやら」


 王座を思わせる椅子の肘掛けに、まさに王その人が頬杖をついて嘆息たんそくする。


「とは言え、先ほどお伝えした内容が事の顛末てんまつでして」


 脱兎だっとの穴蔵で待機していたアドルフとエリアスを召集する間に、彼とローラレイが魔王討伐に旅に出た経緯を語って聞かせた。


「アドルフか……父も勇敢な戦士だった。さもありなんということか」


 彼を語る口調はどことなく歯切れが悪いように感じる。

 両親を辺境の任務につかせていたのは、王の勅命ちょくめいだったと聞くから、負い目のようなものがあるのだろう。


「しかし、ローラレイが魔物を退治しに行く理由にはならんではないか」


 全くその通りである。

 先ほど王妃の寝所で俺が思った通りの事を、彼も考えるのは当然だろう。


「ですが、それはローラレイ様本人の意思もありますので」


 確かに俺の意思で勝手に彼女に冒険者を続けさせるのもおかしいが、父とはいえこれまで放置していた娘を、自分の気持ちだけで手元に置いておくと決定するのもまた違う気がする。


「しかし、命の危険もある。やはりそんな真似はさせられん」


「それは大丈夫です王様、私が保証しますよ」

 そう、俺は作者だ。

 望まない顛末へ物語を書き換えることはない。

 それだけは絶対なんだ。


「なぜそう言いきれる」

「私が予言者だからです」

「その言葉を信じろと?」

「ええ、彼女がハッピーエンドを迎えることは、この旅の最初から決まっていることなのです」


 あまりにも自信満々に言う俺に、少しだけ身じろぎするガンダルフ王。


「お前は本物か、本物のキチガイのどちらかだな」

 苦笑しながらそう答える王の心中は推して量れるが、それでも俺は自信満々な態度を崩す訳にはいかない。


 彼女がゆく道を自分で選べるように、俺がそれを残さなければならないからだ。


 俺と王はただ睨みあって時間を過ごしたが、ガンダルフ王がふと視線を逸らして呟いた。


「娘は、あの村でどう過ごしていたのだ? 見張りに報告は貰っていたが、詳しいことは知らないのでな」


 その言葉にトゲはなく、ただ知らない娘との時間を少しでも埋めたいと願う親心がかいまみえたようだった。

 なので俺も表情を崩すと、自分が知っているだけの彼女のこれまでを王に語って聞かせることにしたのだった。




 その日は遅かったので、俺も部屋に戻って寝させて貰った。

 客人用のベッドは広すぎて、はじめは寝心地が悪く感じたが、緊張がほどけたのかいつのまにか眠っており、朝の目覚めはとてもよかった。


 昼前に王と顔を合わせると、そこにはアドルフとプリン、そしてエリアスの姿があった。


「フミアキ、お前……」

 非難めいた視線を逸らしながら椅子に座る。

 ぶっちゃけ作者ですら予想だにしない展開だったのでどうしようもなかったわけだが、アドルフにはそんなこと関係ないだろう。


 確かに、見付からずに用事を済ませて城下町に戻りエリアスと交代すれば、ローラレイは両親のレールに乗ること無く冒険者を続ける算段は大きいだろうが。


 そんなことを考えていると、部屋のドアが空いた。

 そこにはローラレイに手を引かれながら歩く王妃カラミティの姿があった。


「お母様!」

 その姿に一番驚いたのはエリアスだ、椅子を倒す勢いで立ち上がると、そのまま母親の腕の中に走り込んだ。

 生まれてこの方、母がベッドから起き上がったのを見た事がなかったのだから当然だろう。


「お母様、もう良くなったの?」

 希望を込めてエリアスがそう問いかけるが、カラミティは頭を横にふる。


「今はローラレイに魔力を注ぎ続けて貰っているから立って居れるけど、手を離すと立ち上がれなくなるわ」

 そう言いながらもエリアスの頭を優しく撫でる手付きに、自分が病弱でしてあげられなかったことを、今ようやく出来ている喜びが滲み出ていた。



「座ってくれ」

 厳かな雰囲気でガンダルフ王がそう言うと、エリアスも母から離れて自分の席に座った。

 そして、王妃も王の横に、その横にはローラレイだ。


「今日始めて顔を合わせるものもおるだろう、私がガンダルフ・イスタンボルトである」


 その風格は人を畏怖させるかのごとく降り注ぐが、アドルフもプリンも動じはしなかった。


「俺の名前はアドルフ……グリンチとラーミカの息子だ」


 その言葉が、王と王妃にどう伝わるのかを分かっているかのように、アドルフははっきりと伝えた。


「私はプリン・プリム=プリン。彼らの冒険者パーティの仲間です」

 彼女もきっと【自分より大切なもの】を護るために勇気を振り絞ってきているのかもしれない。

 いつだって彼女は力強い。


「ありがとう、そしてこっちが私の妻、カラミティ・イスタンボルトだ」


 王妃は頭こそ下げはしなかったが、威厳を示そうともしなかった。

 ただ、これから自分達と彼らが選択する未来がどうなってゆくのかを、目の前の力強い若者達に託そうとするような目でそれぞれと視線を交わした。



 数瞬置いて、王が口を開く。


「これからどうするべきか、私は悩んでいる」

 それは弱気な発言ではなく、ここに居る全員で答えを導きだしたいという、殊勝しゅしょうな言葉だった。

 命令さえすればなんでも叶う王が発する言葉だとは到底思えず、気を張っていたアドルフも少し動揺しているようだ。


「私は、お母様が元気で居られるように、姉上にずっと王城に居て欲しいのだ!」


 口火を切ったのはエリアスだった。

 王の5人目の末っ子でありながら、唯一の女の子として育ってきた彼女は、同じ年齢のローラレイよりも奔放ほんぽうでワガママな性格だ。


「だけどそれだとローラレイに自由はない」

 反論を突きつけたのはアドルフ。

 彼女は今まで本当の両親に捨てられ、育ての親への恩義に縛られ、ようやくそれを引きちぎって自由を謳歌おうかできる分水嶺ぶんすいれいに居るのだと感じていた。

 だからこそ、この状況で母のお守りをするべきではないと考えたのだろう。


「だが、ローラレイは私の娘だ。それが近くに戻ってきて、私の愛する妻までが元気で居てくれる状況は、私にとってこれ以上無い幸福だ」

 ガンダルフは王の冠を脱ぎ捨てたかのように、父としての必死の言葉を吐いた。



 そして自然と目線はローラレイへと集まる。

 それに耐えかねるかのように下を向いてしまった。


「そうね……ローラが決めた事がどんな内容でも、私は文句を言わないわ」

 プリンが静かに後押しをするが、決定打にかけるようだった。


 俺も平静を装ってはいたが、作者として彼女をこの物語りから退場させる訳にはいかなかった。


 考えを巡らせた挙げ句、一筋の光明を得たのだ。


「カラミティ王妃を治しましょう」


 ローラレイに注がれていた視線が一斉にこちらを向いたが、それに俺は不敵に笑って返すのだった。

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