愛しき娘と魔力回路

────今から18年前。


 カラミティは4人の王子を産み、そして5人目の子供を身籠みごもっていた。


 だがお腹の中に居るのが双子だと分かると、城内はどよめき立った。

 医療技術や知識が無い世界では、双子の出産は普通の出産よりも危険度が高い。


 うまく育たないこともあったり、母親の方が体調を崩したりと、それは王妃とて変わらぬ「女性」への試練だった。


 案の定。

 双子の片方がその心拍を弱めていった。


「このままでは折角授かった命が消えて行く」

 自分の腹の中で、大事な命がしぼんでいくという状況を耐えられる母親がいるだろうか?


 カラミティは自分の友人でもあり、大魔法使いと呼ばれるラーミカ=フォン・ハルデバルドを城に呼び相談をしたのだ。


 当時彼女も妊娠しており、目の前で嘆き悲しむ親友の姿に共感した。


 王女は。

「私はどうなっても良いから、この子を助けて欲しい!」

 それだけを懇願こんがんしてくる。


「方法が無いわけではない」

 それは母体と消えかけの命を、へその緒の代わりに魔術回路で繋いで、生きる力を共有するという方法。


 それが無茶な方法だとは分かっていたが。

「私はどうなっても良いから、この子を!」

 カラミティ必死の願いで施術されたのだった。



 かくして、二人の元気な女の子が産まれ。

 名前をローラレイとエリアスと名付けられた。


 その代わりに、カラミティがベッドから自力で起き上がることはほぼ無くなった。



 二人はすくすくと成長していたのだが、3歳を数える歳。

 最初の事件が起こった。


 エリアスとのおもちゃの奪い合いで、感情が高ぶったのだろう。

 ローラレイは雷を呼ぶ魔法を天に放った。

 死人こそ出なかったものの、国民のシンボルである城は半壊してしまい、修理には1年近くかかったという。


 当時はまだ魔族との交戦も激しく、大魔法使いラーミカとその夫が前線で頑張っていた。

 もちろん国からも沢山の兵を出し、帰らぬものも少なくなかった時期だ。


 城の修繕もままならぬ頃、2度目の事件が起こる。

 今度もきっかけは大した事ではない。

 けたのか、口の中のあめ玉が落ちたのか。


 その程度のことで、まだ子供であったローラレイは、王都に軽くない地震を起こした。

 本来人間にそれほどの力は無いだろう。

 地震の溜まったエネルギーのつっかえ棒を外しただけなのかもしれない。


 だが、死傷者が出たことで、ローラレイの噂はどこからともなく広がってしまった。


 度重なる徴兵。

 魔族進行への恐怖。

 地震。


 それらの不満や不安が全て、忌み子ローラレイに注がれようとしていた。



 ある日、戦況報告にもどったラーミカへ、カラミティはローラレイを託した。

「貴女なら、彼女の魔法の暴走を制御してあげれるかもしれない」


 ラーミカも国の不満を知っていたし、このように不運な子が産まれたのも自分の責任だと感じたのだろう。

 二つ返事で引き受けると、自分が駐屯ちゅうとんしていたビギナーの村へ連れていったのだった────。



「捨てたと言われればそれまでだ。しかし、お前の姉の事は一度たりとも忘れた事はない!」


 涙ながらに語った王、その瞳に偽りの光りは一切見えない。

 彼らにもやむおえない事情があり、簡単な決断では無かったことがうかがえる。


 ローラレイもそう感じたのだろう。

 ただ静かに涙を落とすだけだった。



 二人の感情が少し落ち着いた頃。

 俺は疑問に思っていたことを聞いてみる。


「その大魔法使いが亡くなったあとも、迎えに来なかった理由はあるのですか?」

 その問いに、王は顔を歪めて話す。


「ラーミカが言うには、ローラレイとカラミティには未だに魔力回路が繋がっている状態にあるらしくてな、このように弱ってしまった母の体力では、娘と一目会うことすら命取りになってしまうかもしれないのだよ」


 きっとその不安は杞憂だ。

 何せ目の前にローラレイが居るにも関わらず、王妃カラミティの容態になんの変化もない様子。


 それは10年という長い時間の上で、魔力回路が正常に作動しなくなったのかもしれないし。

 ローラレイの魔力をコントロールする努力が実を結んだのかもしれない。


  王という立場上子供は多く居るようだが、エリアスに聞くところによると、ガンダルフ王は側室を囲う事もなく、家族を大事にしているとの話だ。

 そのスタンスに城下の民も親近感を持てると、もっぱら評判は良いらしい。


 そんな彼の杞憂きゆうが現実となる場合。

 王は最愛の妻を亡くし。

 娘は自分のせいで母を亡くしたという、一生ものの傷を背負わせる決断が果たしてできただろうか?


 その可能性がゼロでない以上、彼がローラレイを迂闊うかつに呼び戻すことはできなかっただろう。



 俺は王に、その心配はないと喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。

 それは今でなくても構わないからだ。


 ローラレイは自分の過去を知ることができたし。

 両親がいまでも自分を大切に思っていることを感じることができた。

 あとはエリアスがその用事を済ませ、事の顛末てんまつを語って聞かせることができれば万事解決だ。



────そこでひとつ疑問が沸き上がる。


 彼女がここにいても母の容態を左右しない以上、ずっと離ればなれだった家族と共に暮らす選択肢があるのではないかと思ったのだ。

 このガンダルフ王にして、彼女を愛さないわけがない。


 野宿をしながら生死を賭けた戦いを繰り返すこの生活と比べて、ずっと幸せな人生が待っているに違いない。


 何故、俺はこの物語を書くときに、彼女に選択肢を与えなかったのだろう。


 彼女は自分の出自を知ったことで満足し、心のつっかえが無くなったことで、冒険に心血を注ぐ決意をした。

 そう書いたのだが、本当にそれで良いのだろうか?


 登場人物の気持ちを無視して、作者が勝手に命運を決めていいのか。


 俺は一人思考の海に潜り込みそうになったとき、ガンダルフが声をあげた。


「さぁ、これ以上はカラミティの身体にさわる。話の続きがあれば食卓でしよう」


 王が涙をハンカチで拭い、偽エリアスの肩をポンッと叩く。

 ローラレイもその出自しゅつじを聞けたことで少し落ち着いたのだろうか、小さく頷いて母にお別れを言った。


「お母さま、またお顔を見に参りますわ」


 そして筋力の落ちた細い指に触れ、手を握る。


 その途端。

「貴女、ローラレイね!」


 それまで弱々しかったカラミティの口から、絶叫とも取れる大声が放たれた。


 ローラレイも勿論だが、王も俺すらも予期しない出来事に唖然あぜんとする。

 起き上がれない筈のカラミティが、なんの躊躇ためらいもなく身体を持ち上げ、ローラレイを抱き寄せる。


 この段階になっても俺たちは目を白黒させていた程だ。


「なんで、私って……」


「わかるわよ、私達魔力回路で繋がっているんですもの」


 弱々しかった王女の表情はまるで他人のものだったかのように豹変ひょうへんし、嬉しさに満ち溢れて、生命力を感じる。

 胎児であったローラレイに注いだ魔力が、今度はカラミティに注がれている。

 まるで奇跡のような出来事……いやこれも「必然」か!


 目の前の娘が、長く別れていたローラレイだと知った王も震える手でその肩を抱き締める。


 さっきまで実現しないかと考えていた親子の感動の再会はこうして唐突に訪れた。

 その流れる涙の全てがとても美しく、思わず俺の目からも涙が溢れてくるのがわかる。



 言葉は要らなかった。

 母と娘は文字通り繋がってお互いの心を共有していたし、それを見ている父は、ただそれが自分の至上の喜びとして受け入れたからだ。



 三人は長い間抱き合っていた。

 それでも10年以上の歳月を埋めるには、いささか短い気がした。


 しかしその理由は、俺へ向けたガンダルフ王の表情と発言で、唐突に理解できる。


「君と娘がここにいる理由を聞かせてもらおうかな」


 ですよねー!

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