秩序と王妃

「どうして、これを商品化してはいけないのですか?」


 俺の言葉は挑戦的に聞こえたかもしれない、王に対して不敬罪を問われても仕方ない程だ。

 しかし商売人が商売を止められることもまた、重いことだと感じてくれたようで、無礼な返答はスルーされたが。


 王である彼にも、王としての矜持きょうじがあるのだと語る。


「その武器はとても優秀だろう。スクロールに限界を感じていたこの世界に一気に広まるかもしれん」


 冒険者も魔物と戦う際に有利になるし、用意さえしていけば、巨大な魔法を誰もが使用でき、魔族との前線を後退させられるかもしれない。

 だがその程度の事は王も考えたはずだ。

 その上でもこの暗い顔が晴れる様子はない。


「だが、それを無頼ぶらいの者が持てばどうなるだろうか? その抑止力に市民も持たざるおえなくなる」


 そうか。形だけではない。

 これは銃そのものなんだ。

 平和そうに見えるこの国でも、秩序や均衡きんこうというのはいつも危うく保たれている。

 それが崩されることが、王国にとってどれだけの悲しみを生むのかを、この王は一瞬で理解したんだ。


「市民が持てば、今まで殴り合いで終わっていた喧嘩ですら死人が出てしまうことも有るだろう。それがどれだけの不幸を呼んでしまうだろうか」


 俺は既に意気消沈していた。

 いいアイデアだと思っていたが、これが産み出すのは幸せよりも不幸の方が多いであろう事を、理解させられたからだ。


 しかしその様をローラレイがどうとらえたか知らないが、父親に食って掛かった。


「しかし、お父上。現に剣や魔法を使える者も居るのです。彼らが悪に回ってしまえば、同じことではないのですか?」


 その問いにも王は目をつぶり小さく頭を横に振った。


「彼らは少数だ。だからこそ特別扱いされる。もちろん道を踏み外す者もおるが、特別だからこそ管理もできるし、彼らも自覚をもって行動できる」


 ああ。

 王というのはただ椅子に座って、金を吸い上げ優雅な暮らしをしていると思ったが。

 彼は王座に座っているときも、こうやって家族と食事をしているときも、王としての責務せきむを背追い続けているのだ。


 しかし、それでもローラレイは収まらなかった。


「それが……それが制御できないほどの大きな魔力でもですか?」


「……何の話だ」


 王がピタリと動きを止め、無表情で偽エリアスの顔を凝視する。


「私、聞きました。私には姉が居て、魔力制御ができなかったから捨てられたって」


「……その噂は、街で聞いたのか?」

 その声は酷く冷たく、偽エリアスへと投げつけられる。

 その氷の刃が彼女に向くのを止めるために俺は口を挟んだ。


「実は、彼女の記憶を取り戻すために、一緒に街へと出向いたんです。なかには彼女の顔を知っている人もいて、その中の一人が昔話として話してくれたのです」


 その説明に得心とくしんがいったのか。

 王は大きくため息をついた。


「仕方ない……その話は本当だ。だが決して捨てた訳ではない!」

 力強くそう言う言葉に、俺も兄であるヘイリーももう言葉を挟む余地はなかった。


 そう、これは親子喧嘩。

 10年ぶりの本気の親子喧嘩。


「だけどっ! お母様はそう思っていないでしょう? 私達を産んだ時、体を流れる魔法構造がバラバラになって、ずっと寝たっきりじゃない!」


「エリアス、そこまで調べたのか……だが気持ちは……それはあいつの口から直接聞いたのか?」


「お食事の前に、無理言ってお母様の寝室に行ったけど、近づいても起きていらっしゃらないんだもん、悲しくなって……そんなの聞けないよ」


 そうか、その時ローラレイは母親の魔力の流れを見たんだ。

 だから遅れて来たのか。


「ははは、あいつは昔から狸寝入りが得意だったからな。よしエリアス、父さんと一緒に母さんの所に行こう!」


 深刻な会話をしていると思ったが急に立ち上がり、笑いだしたガンダルフ王。

 大きな手でエリアスの頭を撫でると、背中を優しく押してうながす。


「えっ、そんな聞けない」


 真実が怖い。

 父はさておき、少なくとも母は人生をベッドの上で過ごしている。

 それに、真っ正面から聞いてもはぐらかされてしまえばおしまいだ。


 だが、もしかしたらここが最後のチャンスかもしれない。俺は彼女の足を引っ張りに来たんじゃない。

 手を引っ張りに来たんだ。


「エリアス姫、お立ちください」

 俺はエリアスに手を差しのべる。


「貴女の、失われた時間きおくを取り戻して来てください」


 動揺と不安に支配されていた目はその言葉で見開かれる。そしてすぐに決意に満ちた目に変化した。

 それは朝靄あさもやが晴れ、太陽が輝くようなイメージで。

 人知れず俺の心を打った。 


「ありがとうフミアキさん。このために私は来たんだった」


 見とれて立ち尽くす俺の手を引いて腰を上げると、父親の手でうながされ歩き出すローラレイ。

 そのまま部屋を出ていくかと思ったが、彼女は握った手を離そうとしなかった。


「エ……エリアス姫?」

「あの、えっと、やっぱり怖いから一緒に付いてきてくれないかな?」


 もじもじと上目使いでそんな事を言われたら。


 ええ、もうズキューンですよ。

 スクロールシューター越えて、銃越えて、最強の兵器ですよこれは。


「しかし、お父様が……」

「よい。エリアスはお主の事を信頼しているようだ。辛い話もあるかもしれん。そばに居てやってくれ」


 お義父さん!

 これはもう親公認と言うことでいいんですかね?


「はっ、お側におります」

 何となく近衛兵のように気を付けしてそう返してしまった。




 コンコン。

「はーい」

 ノックの音を響かせると、細く鈴の音のような声が部屋から聞こえてきた。


 どんな会話になるか分からないので、門を開けてくれる人間も、兄まで人払いさせた。

 俺が観音開きの扉の片方を引いて開ける。


「エリアス。さっき私が寝てる間にも来てくれたんだってね……戻ってきたのね、心配したわ」


 短い文章も、何度か息継ぎをいれて話す。

 素人目に見ても良い状態ではない。


「お母様……」


「カラミティ、今日はエリアスの姉……ローラレイの話をしに来たんだよ」


 お父様!?

 ド直球ですやん!


 偽エリアスも驚いて父の顔を見ているが、当の本人はいたって真面目に、妻の痩けた顔を見つめている。


「まぁ、懐かしい名前。今どこにいるのでしょう」


「お母様……お母様は、お姉様を捨てたの?」


 こっちもド直球か。

 とはいえ、ローラレイが握る手は汗ばんでいて、さっきよりも強く握られている。

 平気なはずがないんだ。


 ベッドに横たわるカラミティ王妃は、天蓋てんがいを見ながら懐かしそうに微笑むと、そのまま目を閉じてしまった。


「お母様!?」

「大丈夫だ、説明が面倒になったから俺に丸投げして狸寝入りしただけだ、そうだろ?」


 ガンダルフ王がそう言うと、目をつむったまま小さく頷いた。


相槌あいづちなんか打ったら狸寝入りだってバレてしまうぞ」

 王は軽やかに笑うと、過去の真実を偽エリアスに語り始めた。


 だが俺は知っている。

 短い文章ですら、カラミティ王妃の命を削って発せられているのだ。

 だから王はそれを受け入れて、語りを始めた。


 それほど、王妃の命はギリギリで保たれていた。

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