会食と頭痛

 扉が空いた先には、こじんまりとした部屋があった。

 先程までの絢爛けんらん豪華な場所に比べると、物置小屋程度か。

 まぁそれでも20畳くらいの広さはあるようだ。


 その中ごろに長いテーブル。

 すでにいくつかの食器や、食べ物が並んでいた。


「お前が今日の来賓らいひんか」


 その声は突然、テーブルの奥から聞こえる。

 フルーツ盛りの皿の裏を見るために、身体を横に少し倒すと、そこには若い男が座っていた。


「なんだ、庶民は挨拶も出来ないか? それとも緊張して動けないのか?」


 確実にあおるような言葉遣いにいらっとしたが、俺のそんな気持ちを晴らすような怒声が飛んだ。


「その口の聞き方は何だ、お前の方が人間として下品だ。黙らないなら出て行きなさい」


 その声は重くしっかりと腹に響くが、怒りと共に優しさを兼ね備えていた。


「お客人、息子が無礼を働いた。これでもエリアスを一番心配していたのだ、許して欲しい」


 この城のメンツはメイドも含めてツンデレ揃いなのかよ。


「いえ、元来このような場にお招き頂けるような身分では無いのは存じております。緊張がゆえ、礼を失してしまったのも事実です」

 俺は声のする方に頭を下げて口上を述べた。


「よい、堅苦しいのは苦手でな。ここは公式の場なのではないのだ、席に座ってくつろいで欲しい」


 案内メイドが椅子を引いてくれたので、遠慮無くそこに座ると、はす向かいにいる声の主に目線を向ける。


 この国の王。

 ガンダルフ・イスタンボルト。


 彼は黒いスラックスのようなズボンに、胸元にフリルの入ったカッターシャツのようなものを着ている。

 身なりだけで言うと俺の方が形式ばってるようだ。

 白いものが混じり出した髭を蓄えていることから、彼の年齢は40代くらいだろうか。


 しかし彼がまとう雰囲気が明らかに彼を王だと言わしめるものを体感させた。


「エリアスはまだか?」

 先程俺に悪態をついた王子らしき人物が直近の執事に訪ねるも、首を振ってあしらわれていた。


「よい、女性の身嗜みだしなみには時間がかかるものだ」


 王は小さく手を上げ使用人を呼ぶと、耳元で囁いた。

 そして、一応来賓であるこちらへと顔を向ける。


「今日王城に、近くのワインの産地でできた上等のワインが届いた。まずはそれを振る舞おう」

「なんと、お心遣い感謝いたします」


 俺は驚いた様子でそう答えたが、きっとセカンドの街のワインだろう。

 プレミアが付いていると言っていたし。

 まさかこれを運んだのが俺達で、途中くすねてガバガバ飲んでいたなんて言えないな……


 ちょうどワインが運ばれてきた頃、扉が開いた。

「申し訳ありませんお父様、支度に手間取りました」


 そこには自室で着ていたものより豪華で美しいドレスを見に纏ったローラレイがいた。

 ワインレッドのドレスに、同色のバラがちりばめられ、朝露を表現した真珠がいくつも縫い付けられている。


 俺は絶句した。

 天使を通り越して神。

 この光景を最後に目を潰しても良い!

 しないけど。


「なんだ、お前まで改まって。ここは公式の場ではない、もっと普通で良い」


「エリアス、どれだけ心配したと……」

 王子の言葉を目線で遮る偽エリアス。


「申し訳ありませんお兄様、私も反省しておりますゆえ、どうかお許しください」

 しなやかな柳が風に揺れるように頭を下げると、兄も面食らったのかそのまま椅子に尻を落とした。


「反省したのは分かったが、その……普通にして貰わんと、対応に困るぞエリアス」

 本当に困ったように娘にいう声色は、先程の威厳はどこへやら、ただの愛情深い父親のそれになっている。


「悪いな父上殿、反省の気持ちをどう表現すれば良いのか分からんかったのじゃ」


 いつものエリアスの口調に戻るローラレイ。

 なに、いま何か憑依ひょういした?


 だが、王はポカンと口を開けている。


「おいエリアス! 父上に向かってなんだその口の聞き方は!」

 落ち着けていた尻を一瞬で持ち上げると、兄がものすごい剣幕で怒鳴る。


 えー、なんなの、加減が分からないんですけど!

 エリアス自体が人によってキャラ分けすぎてるからこんな事になるんだよ。


 しかし、芸達者なローラレイの事だ。

 うまく切り抜けるのだろう。


 俺は目線をローラレイに送ると、丁度あちらも俺を見ていた。

 アイコンタクトというやつだ。

 やってくれるのか! 頼もしい。


「ウッ! 頭がッ!」


 っておい! 記憶喪失に丸投げしやがった!


「大丈夫ですかエリアス姫!」

 俺はその場の混乱や疑念全てを、上書きするように大きな声で叫び、立ち上がった。


「悪人に連れ去られそうになった際頭を殴られ、一時期記憶障害を起こしていたのです。記憶が戻ったのがつい一昨日の話。そのたび頭を痛がるので無理に思い出さない方がいいかも知れません!」


 息を吸わずに一気にまくし立てる説明口調。

 食卓の二人はポカンと口を開けたままだ。


「お父様、お兄様だということは分かるのですが、お兄様の名前を忘れております。大事なことなのに……虫食いのように思い出せないのです」


 偽エリアスが、本当に悲しそうな声を出し、瞳に涙を潤ませながら兄に視線を注ぐ。


「そ、そうか、それは大変だったのだな。私はお前の兄、ヘイリーだ」

「ああ、ヘイリー兄様」

 ちょっとした感動の再会なのか、ヘイリーの方も少し目が潤んでいるようだ。


 にしても、誤魔化し方が力ずく過ぎて一時はどうなることかと思ったよ。


 王や兄のもっぱらの興味は、街へ降りた後の彼女の動向だった。

 それと素性調査も兼ねているのか、俺への質問もいくつか飛び出した。


 ここでアドルフの仲間だといえば、彼の両親と懇意こんいにしていた王なら一発で歓迎なのだろうが。

 それを言ってしまうと、ローラレイの事も会話に出てしまうだろう。

 いま目の前の娘が入れ替わっている事を悟られないためには、自力で信用を勝ち取らないといけないだろう。



「──スクロールの行商?」

 早速俺の素性で引っ掛かったらしい。


「そんなものを売り歩いて儲かるのか? わざわざお前から買わなくても、城下のマジックショップにはいくらでも売っているぞ」


 と、まぁそりゃぁそうだよな。

 ローラレイをかくまっていた部屋には書きかけのスクロールが大量に散乱していたので、そうしておくのが一番スムーズだったわけだ。

 それに、元を辿ってあのマジックショップに行き当たっても、買いに行ったのは俺一人だから、そこで怪しまれることはない。


「はい、新しいスクロールの使い方を考案しておりまして、それの試作品を作りに参ったのです」


 俺は使用人を呼ぶと、俺の荷物を持ってくるようにお願いした。

 5分程度で荷物が届くと、俺はその中から銀色に光る銃のようなものを取り出した。


「なんじゃそれは?」

 王も自分の椅子から離れて見に来ている。


「これはスクロールシューターという道具です」


 ドワーフの鍛冶屋に頼んでいたら「他の仕事を放ってでも作る」とは言っていたものの、徹夜で作って翌日には届けられたのだ。

 俺はリボルバー拳銃にように中折れ式になっているその道具を開けると、その奥に3枚重ねたスクロールをねじ込む。

 中折れした部分を戻すと、棒がスクロールを銃口に向かってさらに押し込まれてセットされるしくみになっている。


「魔方陣は基本的に中心から魔法が出ますよね、それをこの道具の先端に向かうようにセットします、そしてこの引き金を引くと、安全装置が外れて、スクロールに魔力を注ぐことができるんです」


 うーん、いまいち反応が悪い。

 これは見せないと分かりにくいか。


「今回は試し撃ち用に、極弱いウィンドカッターを仕込んでおります、いいですか?」


 俺は食卓とは反対の壁に向かって、引き金を引いた。

 その途端、ちょっとした突風が控えているメイドの方に放出された。

 スカートが目くれ上がり、パンティがあらわになる。

 俺を案内してくれたメイドさんが裾を必死で抑えながら、こちらを睨んでくる。

「なんかすみません」


 予期せぬパンチラ発生装置になってしまったこの道具の反応はどうなのか。

 顔を見るのも怖いのだが、ここは大事な場面だ。

 どや顔で乗りきらなければ商人ではないだろう!


 スクロールはその魔方陣部分に触れると勝手に発動するので、持ち運びに不便。

 また紙の中心からしか放出されないというのは結構面倒なもので、戦闘中に風で向きが変われば、外れたり、仲間に当たることもあるようだった。

 なので戦闘の際にはあまり使用されないらしい。

 それが最初から指向性をもって発射できるだけでもかなりのイニシアチブがとれると踏んだのだ。


「これはすごい。これなら一般兵に持たせても、魔法を行使できる」

 案の定王子の食いつきは上々だ。

 これで私がスクロールを取り扱う商人としてわざわざこの街に居る説得力が生まれただろう。


 得意気にそれを見せる俺に、王は静かに言った。

「それを売ることは、ならん」


 怒りではなく悲しみをその声に感じたのは何故だろう。

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