クローゼットと理由

 城の廊下を進んで行く。

 このお城の階層は多くないようだが、山肌に沿うように建てられているため、別棟扱いで上の段に上ったりするため、所見だと現在位置を見失ってしまいそうだ。


「広いですし、迷子になりそうですね」


 先程からはりつめている空気を変えるために、声をかけてみるも返事がない。

 ただ足早に俺をどこかへ案内するだけで、なんだかイライラしているように思えてしかたがない。


「あの俺、何かしました?」


 その問いは彼女にとってどう聞こえたのかは知らないが、一瞬こちらに目を剥いたかと思うと、すぐにそれを伏せて、大きくため息をついた。


「すみません、私達が貴方を信用しきれていないだけで、貴方は別に悪いわけではありませんよ」


「姫の恩人という肩書きといえど、素性の分からないものは怖いですよね」


 共感を誘うようにそう言えば、少し緊張がほぐれたのか、頭を縦に小さく振った。


 姫を助けたという話自体が作りもので、襲った者も俺の仲間かもしれないだとか。

 姫の身体を狙っている不届き者かもしれないだとか。

 純粋に王を暗殺しに来たのかもしれないだとか。


 考え出すとキリがないのだろう。

 実際蓋ふたを開くと姫は偽物だし、話も嘘八百なのだから返す言葉もないのだが。


「あはは、私を城に上げるなどと、エリアス姫は無茶を言われましたね」

 俺は苦笑して見せた。


「数日とはいえ、姫とご一緒されていたのでしょう? 何故城を抜け出したのか、言っておられませんでしたか?」


 さっきまでのツンとした表情から一転、心配そうに眉を寄せている。

 その感情の揺らめきに、この人の態度が姫への忠誠心……もしくは慈愛から来るものだったのだと悟る。


「さぁ、そういったことは聞いておりません。何度もあるのですか?」

「いえ、先週に引き続いて2回目なのですが……」


 彼女が言うには、先週くらいから少し塞ぎ気味になっていた事には気付いていたが、まさか城を抜け出すとは思っても居なかったようだ。

 一度目は街を彷徨うろついていたところを、憲兵によって連れ戻されたのだが。


「今回は着替えまで持って行く始末で」

「申し訳ない、俺も聞いたのですが、答えてくれなくって……でも、彼女が塞いでいた理由なら何となく聞きました」


「何と言っておられたのですか?」

 その情報に、食いつくメイド。


「母親の衰弱の原因が自分に有るのではないかと悩んでおられましたね」


 それを聞くとメイドは肩に入っていた力をダランと抜いて項垂れる。

「やはり、その噂話が原因でしたか」

「どうやら思い当たる節があったようですね」

 

 彼女は項垂れたままチラリと目線をこっちに寄越す。

「はい、このところメイド達の間で囁かれており、万が一姫の耳に入らぬようにと箝口令かんこうれいを敷いたのですが……」

「噂話に箝口令が出れば、余計真実味が湧いてしまうでしょうに」

「私も迂闊うかつでした」


 そして目的地に到着したのか、メイドさんが立ち止まる。

「こちらのお部屋へお入りください」


 通されたのは大きな部屋。

 その場所を管理しているであろう他のメイドが2人、早足で寄ってきた。


「この方に合うお召し物を。そうね、礼服がいいわ」

 そう伝えると、2人のメイドはポケットからメジャーを取り出すと、俺の服の寸法を測り始める。

 胸回りを測る際に、対面からメジャーを渡すときに、メイドさんが胸に抱きつくような形になって、あからさまに鼻の下が伸びた。

 それを見とがめ、オホンと咳払いをする案内メイドに、居ずまいをただされたりした。

 いいじゃん役得じゃん。


 案内メイドにジト目を向けている間に、二人のメイドが服を持って帰ってきた。

 棚が並んでいて、その中にはずらっと同じような服がサイズ別に置いてあるらしい。


「では、フミアキ様、失礼します」


 そう言うといきなり上着のボタンを外し始めた。


「ちょっ!?」

「如何いたしましたか?」

「ここで、っていうか、脱がせるのか?」


 メイドは少し困った顔をした。

「はい、仕事なので。慣れてないのは分かっておりますがご辛抱ください」

 そう言って、続きを始める。


 しなやかな指使いで素早くボタンを外すと、二人がかりで腕から上着を抜いて行く。

 その作業はとても自然で苦しさや痛さはない。

 メイドを生業としているからか、少しだけ指先がザラザラと荒れている、それが肌に当たるとほんの少しだけチクッとして。

「ふぁっ」

 変な声を出してしまって。

 ちょっと眉間にシワを寄せられてしまった。


 と、少し何かに期待するような気になったが、下着姿になったのはほんの数秒。

 直ぐに白いシャツと、ぴったりのズボンを履かされ。

 金糸の刺繍ししゅうがあしらわれたジャケットを着せられていた。


「ネクタイでは少し堅苦しいので、ループタイにさせていただきました」

 確かに、現世ではおじいちゃんしかしないイメージのループタイが首元に回されていて、留め具には貝で作ったカメオが鎮座ちんざしていた。


 結構高そうなものばかりだ。

「緊張して粗相そそうをしそうです」

 確かに見たとおり緊張が伝わったのか、案内メイドさんがふわっと笑顔になる。


「ここに置いてあるものは、来賓らいひんの方が万が一粗相をされたときの替えのものですから、あまりお気になさらなくて結構ですよ」


 そのためにこのクローゼットが有ると思うと、財力の桁の違いを思い知らされる。


「さぁ、そろそろ姫も支度が整う頃でしょう、食卓へとお連れします」

 案内メイドさんは、テキパキと歩を進めるので、俺は少し動きにくくなった体で慌ててついていった。



 来た道を戻りがてら、気になっていることを聞いてみる。

「姫は何故城下に行かれたのでしょうか?」


 それはむしろ先程彼女から発せられた質問のおうむ返しではあったが。原因がはっきりした事から推測される理由もあるのだろう。

 俺に対して推論を語ってくれた。


「恐らくですが、強力な魔術師であれば、お母上のお体を治せると考えたのでしょう」

「どうしてそう思うのです?」


 メイドは暫く考えたあと、躊躇ためらいがちに口にした。


「大魔法使いラーミカ様であれば治せるのかもしれないと、言ってしまったのです」


「ラーミカ=フォン・ハルデバルド!?」

「はい、子供でも知っている、伝説の魔法使いです」

「まさか、生きているのですか?」


 俺の言葉にメイドは首を横に小さく振る。

「彼女は約10年前に亡くなったと聞きます」

「はは、そうですよ……ね」


 ほんの少しだが、俺が描いていない設定に期待した。

 それが本当だとすれば、アドルフの母親でありローラレイの師匠が生きていることになる。


 だがそんな都合の良い話はないようだ。

 俺は眉を潜めて話す。


「それは迂闊うかつでしたね」

「全く、お恥ずかしい。姫をまだ子供だと勘違いして、おとぎ話で言いくるめようとしたのが、かえって悪い方向に向かうなんて」


「付き合いの短い私が言うのもなんですが、わがままばかりに見えて、芯の強い女性だと思いましたよ」

「逆に長く一緒に居すぎて、幼い姫の面影の裏にある成長を見落としていたのでしょう」

 反省しているような暗い声でそう呟く。


「それでも、無事に帰ってきたのですから、今度は対等に接して上げてください」


 俺は無責任にそう言いはなつ。

 だが、彼女とエリアスの信頼というのはきっと本物だ。


 だからこそ、エリアスも世間一般の常識より、メイド一人の言葉に希望を持ったのだろう。


 大魔法使いは生きている。

 その言葉に突き動かされ、危険な橋を渡ろうとする程に。


「さぁ、到着いたしました。ここが食卓でございます」


 ともすれば目的地に到着した様子。

 メイドが俺の後ろに下がり、左右からゆっくりと扉が開けられて行く。

 俺はごくりと生唾なまつばを飲んだ。


 正念場だぞ!

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