危機回避と着替え
階下に耳を澄ませると、アドルフと憲兵の言い争いが聞こえてくる。
「だから、どんな奴なんだよその姫ってのはよ」
「ええい、年のころは18になる。金髪に黄緑色の瞳。身長は160センチ程の麗人じゃ!」
「ん、金髪? そのくらいの年齢の娘を見たなぁ」
やはりアドルフ、俺の合図に気づいたか。
俺たちが疑われては後々困ることも多いだろう。
ここはしらばっくれるより、売ったほうが信頼を得ることが出来るハズだ。
「貴様、なぜそれを先に言わん!」
「女なんぞ男と同じくらい居るんだから、情報が無きゃ思い付かねぇだろバカか!」
「ぬぅ。そして姫はどこにおる」
「この部屋の上の階だったと思うぜ」
「行くぞお主ら!」
直情的に階段を駆け上がる音が響き、ノックもなく俺の部屋のドアが蹴破られた。
「ここに姫がおるのはわかっておーる!」
どたどたと流れ込んでくる憲兵を、俺も驚いたような演技で応対する。
「どうされたのですか!? 貴殿方は?」
そんな俺を片腕で弾き飛ばすと、ベッドの膨らみに手を掛け、一気に引き剥がす。
「姫!」
憲兵のリーダーがそう叫んだことで、回りの者も一気にどよめいた。
「お待ちください! この娘は暴漢に襲われ頭を強く打ち、記憶が混乱しておるのです!」
すがり付くように俺がそう口上を捲し立てたことで、リーダーの顔色が青ざめる。
「なんだと?」
憲兵の役割は姫を無事に城に届ける事。
なのに怪我、しかも記憶喪失ともなると、彼らにもそれなりの処遇が待っているかもしれない。
しかしその一瞬の沈黙を破るように、偽エリアスが口を開いた。
「よい、素直に従おう」
その対応に安堵のため息をつく憲兵たち。
「城を抜け出した後の記憶が曖昧でのう。気がついたらそこの御仁に拾われておった……ようやく昨日自分がエリアス・イスタンボルトであると気づいたばかりで、この騒動とはな」
フッと失笑ぎみに笑うと、ゆっくりベッドから降りる。
「そなたは姫を介抱してくださっていたのか」
自分達のお咎めが一瞬よぎったあとだからか、クールダウンした声でこちらに聞いてきた。
「ええ、私はスクロールの行商人なんですが、この宿を探すのにうろうろしている所、彼女……あっ失礼しました。姫を見つけまして」
「倒れていたのか!?」
圧が強いリーダーは前のめりに近づいてくる。
「いえ、悪漢にサックで殴られ、連れ去られそうになっているところを、商売道具のスクロールで追い払ったのです」
サックとは革製の袋の中に砂などを入れることで簡単に作れる武器だ。
誰でも作れるので足が付きにくい。
逆に言えば誰が連れ去ろうとしたかなど調べて分かるハズもないということだ。
「その者の特徴は!」
「さぁ、夕暮れの暗がりでしたし、1週間以上前の事なもので……」
「まぁよい、姫の無事はお主のお陰だ礼を言う」
憲兵はスッと頭を下げたあとは、すぐに部下の方を向き叫ぶ。
「これから姫を王城までお連れする。姫を狙う者がある以上警戒を怠るでないぞ!」
「ハッ!」
そう言って、姫を連れ去ろうとしたが、その腕を払ったのは偽エリアス本人。
「この御仁は我の命の恩人じゃ! 相応の礼をしたい。ここの者も城へ連れて参れ!」
「しかし……」
はいはい、確かにしょぼくれた商人ごとき城に招きたくはないでしょうね。
「しかしも案山子もなぁい! 我の言うことがきけんのか!」
うーん。堂に入っているなぁ……ここまでの名演技を期待していたわけではないんだが。
雰囲気の違いをごまかすために記憶の混乱を装ったのだが、杞憂だったか。
「わ、分かりました。兎に角お連れして後は城のものに判断を任せることにしましょう」
「それでいいのだ」
偽エリアスは堂々と、手をはね除けたまま先頭を歩いて部屋を出て行く。
その姿は俺でさえ本物のエリアスかと見間違うばかりだ。
そうか、ここで彼らを信じさせて宿を引き上げさせないと、奥の部屋には本物のエリアスが隠れている。
彼ら妙な猜疑心を抱く前に、どんどん進んでいく必要があるのだ。
偽エリアスは階段をおり、玄関をさっさと出て行く。
俺たちは黙ってそれに付いていくしかない。
いい調子だ。さすがローラレイ!
「あの、姫……」
「なんじゃ、早よ行くぞ!」
「えっと、それが……」
憲兵の一人が声を上げる。
どこか違和感に気づかれたのだろうか!?
冷や汗が人知れず流れる。
「お城はあっちです」
ここでおっちょこちょいを発動するなぁ!!
俺がそう設定したんだけどもぉ!
一瞬思案した間の後。
「くっぅ! 頭がッ!!」
偽エリアスが呻き出した。
そうそう、記憶喪失の設定でしたね。
あんたホンマモンの役者やでぇ……。
こうしてピンチを切り抜け、お城にたどり着いたわけだ。
────で。今に至る!
「この後、王さまとの会食が予定されているらしいです。私一人では心細くって……フミアキさんも同行してください」
うーん。エリアスには父親に当たる人間だし、あの傍若無人さは典型的な末っ子対応だろうが。
近しいからこそ些細な行動でバレてしまわないか不安だ。
それにローラレイにとっても父親で、しかも自分を捨てた過去のある人物。
彼女のトラウマに触れるような事があれば、平静を保つことが出来るだろうか?
ああ。ローラレイも不安だろうが、俺もたいがい不安になってきた!
とは言え、ここは。
「大丈夫さ、俺がついてるからな」
とキメておくのが男だろう!
ああっ、羨望の眼差し! 嬉しいけどグサグサ刺さる。
その後も、襲われた地点や、脱兎の穴蔵での生活について辻褄を合わせる作業をした。
こんなもん後付けだ、完全なる泥縄!
泥縄って知ってる?
泥棒捕まえたけど縄が無いから、縄を結うかぁって感じの意味。そんなことしてたら逃げられちゃうよってこと。
まさにそんな感じで、完璧に打ち合わせても、最初があれだった以上、どこか不安がぬぐえない。
しかしそんなことなどお構い無しに、時間は訪れる。
扉の外から先ほどのメイドの声が聞こえた。
「そろそろ食堂でお父上との会食のお時間でございますので、お支度の方をしていただきませんと」
「分かった、すぐに参る!」
一瞬でエリアスモードに入ったローラレイが職人過ぎる。
「では入ります」
「えっ!?」
メイドはその他2人のメイドを連れて部屋に入ってきた。
「なんじゃなんじゃ、食事くらい一人で行けるぞ?」
慌ててそう言う偽エリアスにメイドは首をかしげた。
「お食事用のお召し物に着替えませんと」
「あ、っお、おう。そうじゃッたの」
大分慌ててるな。
「そ、そうじゃ、お主。あの者も身なりが悪い。見立ててやってくれんかのう?」
エリアスが仕切りたがるあのメイドにそう言った。
一瞬……いや割としっかり嫌な顔をしたが。
「そうでした、あの者も食事の場に出られるのでしたね」
ため息をつくと、残り二人のメイドに指示をし、着替えを任せた。
「それでは、イルマ・フミアキ様、ついて来てください」
さっさと歩き出すメイドの後を追いながら、ローラレイの無事を祈るばかりだった。
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