城と焦り

 翌日、俺とローラレイ改め偽エリアスは王城にいた。


 とはいえすぐに偽エリアスとはバラバラにされて、応接間のような場所に通された俺は、既に数時間待たされているわけだが。

 どうせそうなるだろうなと考え、ソファーで固まっているというより、部屋に飾られた調度品等を、美術館ばりに観察させて貰っていた。


「ほうほうそうか、こういうものを置くのか。これは金を使っているんだな、いくらになるのか想像もつかないなぁ」

 小説のネタになるだろうと、嬉々として部屋を歩き回る姿に、俺の世話をするとつけられた体の良い見張りも困惑気味だ。


「イルマ・フミアキ様、失礼いたします」

 ようやく外から人の声がして、メイド服を着た女性が入ってきた。


「お嬢様がお呼びでございますので、私の後についてきていただけますか」

 それだけ言うとさっさと歩き始めた。


 冷たい感じがする。どうやらまだ信用がないらしい。

 一応通されたのが牢屋ではないので、歓迎はしてくれていると思うのだが。


 歩くこと数分。

 とにかくお城って奴は部屋数が多い!

 こんなに部屋を作って誰が使うんだ?


 ようやく他の部屋より豪華な扉の前にたどり着いた。

「ここですか?」

「はい、エリアスお嬢様の居室にございます」


 メイドさんは一歩前に進み出ると、扉をノックしながら叫んだ。

「イルマ様をお連れいたしました」

「入るのだ」


 部屋の中のハズなのに、かなり遠くから声が聞こえてくる。

 その扉を左右にいた門番が開けた。

 きしんだりはしないが、割と重い扉のようだ。


「フミアキか……城の者からの無礼はなかったか?」

「あれこれ見学して時間を潰していましたよ」

 一応姫という設定なので、俺も丁寧語を使わなくちゃな。


 部屋の中を見回すと、応接室程の絢爛さはないものの、絨毯やソファー等の品はかなり品質が高いように見える。

 そして一際目立つのが天蓋付きのベッドだろう。

 こんなもの物語の中でしか見たことがない!

 と思ったがここも物語の中だった。


「何をキョロキョロしておるのだ、近こう寄らんか」

「はいエリアス様」

 俺が歩き始めると、メイドもついてこようとするが。


「お主はよい、こやつと二人にしてくれ!」

 偽エリアスに言われて歩を止めた。


「しかし、素性の知れない旅商人などと二人きりでは……」

 こいつ目の前に俺が居るのに遠慮しないなぁ。


「馬鹿者! 何度言ったらわかるのだ、この男は我の命の恩人なのじゃぞ!」

「し、失礼しました」


 その剣幕に使用人が挟む口は無いだろう。


「では、お部屋の側に控えておりますゆえ、ご用の際はお呼びください」

 最後まで信用のない事だ。

 まぁ美人でうら若き姫を心配しての事かもしれない。

 そう考えた方が俺の心情的にも楽だしな。


 重厚な扉が閉まったのを見届けると、俺は早足で天蓋付きのベッドへと歩みよった。

「ローラ、大丈夫だったか?」

「ええ、私の方は……フミアキこそ拷問とかされなかった?」

「まぁ賓客扱いだから、そんなことはされないとは思うよ」

 態度が悪いのは仕方ないだろう。

 彼らにとってもちょっと特殊な状況なのだし。


「それにしても、かなり演技がうまいな、本当にエリアスみたいだぞ」

「そうかな、えへへ」

 照れて笑う顔いただきました、ここに居ないアドルフざまぁクラスの最高のごほうびです。


「自信はなかったんだけど、エリアスちゃんのためにもばれちゃ駄目だって思って頑張ってるわ!」

 ちっちゃくファイティングポーズするローラレイが眩しい。

 ここには君の運命に関する重大なイベントのために来ているというのに、一番に考えるのはあの可愛い双子の妹の事だなんて。

 マジ天使!


「さて、ここからの詳しい打ち合わせをしておこうか」

「宿を出るの、かなり急でしたもんね……」


 そう。あれは作戦会議の最中急に訪れた────。



「この宿の主は居るか!」

 脱兎の穴蔵に突然衛兵がやってきたのだ。


「この宿屋から現在行方不明中のエリアス姫が出てきたという噂がある、宿泊者を調べさせてもらいたい!」

 その声は3階に居る俺たちのところまで聞こえるほどだった。


「ヤバイぞ、どうする」

 いつも冷静なアドルフが動揺している。


「とにかくだ。この奥に居る本物のエリアスをみすみす渡すわけにはいかんよな」

 俺も頭を抱える。

 あのバカ、帰るときもそうだが出るときも気を付けろよ!


「とりあえず、プリンはローラレイの胸を隠すために急いでサラシを巻いてくれ」

 俺はそう言いながら、昨日エリアスから譲り受けたドレスを女性陣に渡した。


「ぶっつけ本番になるぞ。準備ができたら、鍵を開けておいてくれ」

 俺とアドルフは女性陣二人を残して廊下に出て、少しでも時間を稼ぐために、階下に降りてみた。


 フロントでは受付の女性が毅然とした態度で衛兵と押し問答をしている。


「オーナーは留守にしております」

「それじゃぁお前でもいい。帳簿をみせろ!」

「私では判断しかねます」


 俺たちの事を知ってか知らずか、塩対応で乗りきるつもりのようだ。


 そうか、ここは元王室付きの執事がやっている店。

 オーナーが彼だとバレてしまえばエリアスへの疑いも濃くなってしまう。だから彼が対応できないんだ。


 ただ、衛兵も必死だ。

 エリアスが城を抜け出して約10日。

 重要人物なだけに、成果をあげられないでは済まないのだろう。

 塩対応に怒りを露にした衛兵が、ついにカウンターを乗り越えて受付嬢に掴みかかろうとしていた。


「どうかされたんですか?」

 間一髪でアドルフが階段から降りてきた体で話しかけたことで、か弱い女性から意識が逸れた。


「この宿にエリアス姫が隠れていると通報があったでのな、今からこの宿を捜索させてもらう。お主、そのような者を見かけなかったか?」


「お姫様か……生憎この町の人間じゃねぇからなぁ」

 アドルフは苦笑しながら手のひらを上にして両手で「さぁ?」といったポーズをとる。

 こいつは、俺以外にも結構イラつく態度とるなぁ。


「隠し立てしておったらただじゃ済まないぞ」

 やはりちょっとイラついた衛兵が剣を抜いたが、特に怯える様子もないのは凄いが。


「調べりゃいいでしょ。人間一人、引き出しの中まで探さなきゃ分からない訳では無いでしょう」

 その言葉に衛兵は業を煮やしたのか、雪崩れるように客室に繋がる階段を上りはじめた。


「お前は裏に回れ、窓から逃げ出す者がいないか見張るのだ。お前は階段を見張るんだ。私たち3人で部屋をあらためる!」

 指揮官の様な男がそれぞれ指示をし、2階の客室を回りはじめた。


 俺は一足先に3階の女性部屋の前に到着した。

 ドアノブを回すが、まだ鍵がかかっているようだ。

「早くしろ!」


 階下ではちょうど男部屋の捜索に入ったようで、アドルフが叫ぶ声が聞こえる。

「ほう、この国の衛兵は乱暴なんだな、こういうところに国の質が見えるんだよなぁ。捜査はいいが、壊したり散らかしたりしやがったらただじゃ置かねぇからな」


 嫌味な奴だ。

 しかし、あの言い方では部屋をひっくり返して捜索する訳にはいかないだろう。

 あの部屋には4人分のテントや天幕が置いてある。

 彼は留守番だと言い張るとは思うが、少し不審がれば尋問にも時間を費やすかもしれない。


 と、ドアが開いた。

「いいよ、準備できた!」

 プリンが代わりに出てくる。


「プリンは念のためエリアスの部屋に行ってくれないか」

 この騒動だ、きっと部屋の奥で小さくなっているだろうが。


「ちっ、先に城下に来た訳を聞いておくんだったな」

 今からではもう間に合わないだろう。

 俺は部屋にはいる。時間がない!


 だが慌てていた俺はそこでふと足を止めた。

「えっ天使?」


 普段見慣れた服ではなく、質の良いドレスを身に纏った彼女に眼が奪われてしまったのだ!

 エリアスと顔は同じだし、今はサラシで胸の回りも隠されてはいるが。

 その表情や、内面的な美しさが、後光となって現れているように感じる。


「フミアキさん?」

 呼び声に意識をハッキリさせると、俺は扉を閉じた。


「いいか、今から話す内容を覚えてくれ、それと……」

 俺はローラレイの腕を取ると、そのまま引っ張ってベッドに手荒に寝かせた。


「きやぁ!」

 小さな悲鳴を上げようとする口を手で塞いで、反対側の手の人差し指を口の前に持ってくると、ローラレイはコクコクと頷いてみせた。


「今から君は少し前の事を忘れている設定だ、俺が憲兵と話す内容に合わせてくれないか?」

 コクコクと首を縦に振るローラレイにいくつかの指示を出して。


 俺は床板を2回踏み鳴らした。

 思ったよりキレるあいつなら、準備が出来たことを察してくれるハズだ。

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