理由と確執

 辛うじて生きていた俺はエリアスへと新しい提案を持ちかけることにした。

 こいつはこのままでは確実に見つかってしまうだろう。


「とりあえず、君はもう少し自由に時間が欲しい訳だろう?」

「う、そうじゃ」

「君に瓜二つの俺の仲間を、君の代わりにお城に戻せば、捜索も打ち切られて自由に動けるようになるんじゃないのかな?」


 その提案を聞いたエリアスの目がにわかに輝きだした。


「ええのうええのう! それしかないのう。何故もっと早く言わんのだ」


 ビンタで首が合計360度くらい曲がってたからですよ。


「さて、そうと決まれば貴女から彼女に打診だしんしてみてください、必ずよい返事をくれると私が予言します!」

「急にうさんくさいが……我のいう事を聞かぬ国民はいまいて、ぬあっはっは」

 腰に手を当てて笑うエリアス。

 顔は同じでも、ローラレイ本人とは似ても似付かないものだなぁとつくづく思う。

 特に胸とか。


「ぬ。良からぬ視線を感じた気がするが?」

「また衛兵でしょうかね」

「そういうのでなくてな」

「気づかれないウチに一旦戻りましょう」

「完全に話をそらしとるだろ」


 ふぅ。もう一発食らうと首が戻らない気がするんだよね。



 そんなわけで裏道を通って脱兎の穴蔵へと帰還。


「お主、我の代わりに捕まるのじゃ!」

 さっそく端的たんてきがすぎる。

 しかも宿屋のドアをノックもせずに開けて第一声がそれじゃなにも伝わらないだろ。

 小首をかしげるローラレイに、さらにマシンガンのように内容を説明するエリアス。


 遅れて入ってきたやれやれ面の俺を見て、ローラレイはようやく言っている意味を理解できたようだ。

 落ち着いて姿勢を正すと、まっすぐ目を見てからゆっくりお辞儀をする。


「エリアスさんこんにちは」

「えっ……あ。こんにちはなのだ」

「良かったら、そこに座ってお話ししましょ」

「わかったのだ」


 落ち着いた雰囲気に飲まれたのか、少し出鼻をくじかれたエリアスは素直に椅子に座った。


「私がエリアスさんのおうちに行って、少しの間身代わりになるって話でしたっけ」

 要約されて切り出された内容に、少し物分かりの良さが過ぎる気もするが、俺があらかじめローラレイに伝えていたので、覚悟ができていたということだろう。


「お主話が早いではないか」

 そんなことなどお構いなしに感心するエリアス。

 腕組みをして、うんうんと納得している。

「それじゃぁ早速表に出て捕まってきてくれ」


「ちょっとまて」

 俺はエリアスにチョップを入れる。

「ななな、なんなのだ! 不敬罪じゃぞ!」

「やっぱりお姫様だったのか? じゃぁ憲兵に迷子のお知らせをしなきゃならないな」

「ぐぬぬぬ」


「顔が同じでも、喋り方も性格も……まぁ色々違うんだ」

「お主いま視線をどこに向けた」

「そのまま放り込んでもすぐにばれてしまうのがオチだ」

「話を続けるな!」

 あおっといてなんだが、チョップで黙らせる。


「少しは演技しなきゃならないだろ? 話題はなんでも良いから、エリアスの口調を真似るために、ちょっと話でもしてみたらどうだ?」

 俺の提案に、二人は顔を向かい合わせた。

 鏡に映したようなその容姿に、少し不思議な感覚があるのか、緊張してなかなか言葉がでない様子。


「エリアスの城での生活について話してやれ」

 俺の助け船に乗ったのはローラレイの方だった。


「エリアスさんは普段どんなお食事をされているのですか?」

 そこから? とは思ったが、ローラレイにとって興味のあることから話した方が会話しやすいのかもしれない。

 その予想は当たっていたようで。


「ええっそうなんですか!」

「すごいんですね!」

「知りませんでした」

 と、ローラレイが相づちを打つだけで、段々と気持ちよくなったエリアスが一人語りを始めたのだった。


 うん、この構図知っているぞ。

 キャバクラに行ったオッサンがハマる流れだ。


 ただその流れも、ローラレイがある質問をしたところでピタリと止まった。


「それで、エリアスさんは何故お城を抜け出したのですか?」


 俺も聞いた質問だが、何故かかたくなに話そうとしなかった奴だ。


「それは、言えないのだ」

 下を向いて両手をぎゅっと握っている。


「じゃぁ、何で言えないんですか?」

「それは……」

「私が他人だからですか?」

「違う! そう、じゃないのだ……」


 同じ見た目、自分の話を真っ向から楽しそうに聞いてくれる相手に、エリアスが心を開いているのは明確だった。


「話してください、私が何か手助けになるかもしれません」

 心配するような表情。

 いや、これは演技ではなく、本当にエリアスを心配してるのだと、当事者でなくともわかる。


「それに。近しい人には相談できないことも、他人にだから言えるって事もあると思いますよ」

 今度は包み込むような笑顔。


 銀座で働けば絶対にNO1になれる素質の持ち主だ。

 なんて馬鹿なことを考えているうちに、エリアスも心が揺らいできたのだろう。

 伏せていた目をチラリと上げて。

 大きく息を吸うと、吐き出した。


「我は、母親に愛されていないのだ」

「それはどういうことですか?」


 ぽつぽつと語る内容は子供じみたものだったが、彼女には真剣な悩みであることは明白だ。

 ローラレイもその話を真剣に聞いた。


 母親であるカラミティ・イスタンボルトにとってエリアスは5番目の子供で、初の女の子であった。

 彼女が物心ついた時には既に、カラミティは病気がちで、ほとんどベッドの上で過ごしていたらしい。

 一方のエリアスはというと、上に4人兄がいて、末っ子ということもあり、のびのびと自由に暮らしていた訳だが……

 ある日こんなうわさを聞いてしまった。


 カラミティ女王は5人目の子供を生んだ際に、命のほとんどを吸いとられてしまった、だからベッドから起きられないのだと。


 そんな噂など嘘だ。

 そう切り捨てられるエリアスではなかった。

 その性格か、直接母に詰問きつもんしたそうだ。


 しかし、帰ってきたのは曖昧あいまいな返事と、遠くを見つめる目線。

 それを見てしまったあとは、母が何を弁明しも全て誤魔化されているようにしか聞こえなかった。

 その奥に、自分に秘密にしている事があるようで仕方がなかった────


「我は、母を苦しめて生まれたのだ」

 その表情は話すほどに雲ってゆき、とうとう大粒の涙がその目尻から溢れた。


 しかし俺は同時に、もう一人の娘の感情が気にかかる。

 きっとエリアスの言っている事は、本来ローラレイに向けられるべき感情であることを、俺も彼女も知っていたからだ。


 ローラレイの目から、彼女と全く同じ涙が溢れる。


「辛かったんですね」

 その言葉は、本来自分が受けるべき心の痛みを、かわいい妹に背負わせているという自責の念だろうか。


 俺はその全てを、背筋を伸ばして座って、受け止めているローレライを尊敬する。

 しかし同時に、そんな場所に彼女を行かせて良いものかと思案していた。


 俺は彼女たちの人生を操って運命を決める者ではない。

 あくまで「ハチミツ」のように、運命に味付けをして、彼女たちのこの感情を昇華できるように立ち回らなければならない。

 それがいかに難しいことか、どんなに頭をフル回転しても答えなんて出てこない。


「ローラ……やめても良いんだぞ」

 俺はこの先起こるであろう、彼女の心のダメージを思うとその言葉しかかけてあげれなかった。

 弱い、きっと負けたんだ。彼女がこれから感じるであろう気持ちを思うだけで、俺は尻込みしてしまった。


 しかしローラレイはその毅然きぜんとした姿勢を崩さず。

 力強く、そして全て包み込むようにこういった。


「私、貴女のお母さんとちゃんと話してきます」


 当事者ではあるのだが、エリアスにとっては他人であるハズのローラレイが、自分の代わりに母と話をするという不思議な状況に、泣くのもそっちのけで鼻水の垂れた顔を上げる。


「話すって何を……」

「恨んでいるかどうか聞いてきます」

「我はそんな事っ……」

「気になりませんか?」

 そう言われると反論できないエリアス。

 本当は気になっていても、自分では勇気が出ずにいたのだろうから。


「大丈夫ですよ、私が何とかします」

 そういうと、エリアスの垂れた頭をローラレイが撫でる。

 それは姉妹がするような、優しさに溢れた光景であった。



 エリアスが落ち着く様子がないので、一旦部屋に戻って貰ったあと、俺は彼女の顔を直視できなかった。

 俺の知らない母、カラミティの設定。

 ローラレイに苦難を強いているように思えて仕方なかった。


 さっき止めてもいいと言ったのを、やると答えられた手前、同じ質問をすることは気が引けた。

 部屋にはしばしの沈黙が訪れる。


 それを破ったのはやはりローラレイだった。


「そういえば街に来ている理由聞きそびれました!」


 あっ! みたいな顔がいつもの顔過ぎて。

 笑えたけど、心にチクッと刺さるものがあった。

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