思案と鎧
ローラレイ・イスタンボルト。
彼女がこの王都を納める一族の姫であるという事実。
それは彼女以外、俺しか知らない。
この数日間、俺達4人は一緒に行動し寝泊まりしてきたため、ローラレイと二人きりになる瞬間はほとんど無かった。
それが今、二人だけでスクロールの製作をしている状況。
切り出すなら今だろう。
「ローラ、君は本当の父さんや母さんに会いたいと思わないのかい?」
唐突な話の転換だったが驚く様子はない。
「いつその話になるのかなって思ってたの」
そう言って身構えることもなく、ただ少し困ったように、黄緑色の瞳を細めて笑うだけだった。
「このまま誰にも告げずに旅を続けるなら、俺も誰にも話さないつもりだよ。でもどこかで言うのなら、ここも一つのターニングポイントになると思うんだ」
そんなこと彼女自身が考えているのは判っているが、それを後押しできるなら俺しかいないだろう。
「でも、ここでそれを言ってしまうと、アドルフがお城に乗り込もうって言い出しそうで」
「あはは、それはありそうで困ったなぁ」
二人で同じ想像をしたのだろう、目が合うと自然に笑いがこぼれた。
「それに私、顔も覚えていないの。師匠の方が母親なんじゃないかって思ってるくらい」
「産みの親より育ての親か……」
先程の会話で彼女達の強い繋がりを感じている俺はそこには言及する余地がない。
それでも。という理由をぶつけるほどの材料も無かった。
だが、それはローラレイも同じこと。
その思案顔がそれを物語っている。
「ねぇ、予言者さん。これから私どうしたら良いのかって予言できる?」
ローラレイが潤んだ瞳で見つめてくる。
自分の運命を、俺に
運命……つまり、これからのストーリー展開。
エリアスが自分の身代わりに城に行ってくれと頼んでくるので、ローラレイはエリアスとして城に戻り両親と対面。
その後、エリアスが城の関係者に見つかり連行され、ローラレイの入れ替りがバレて
それをアドルフ達が取り返しにいく。
こういうストーリー展開だった筈だ。
いままでほとんど
ただ。
こんな
「予言では、君は両親に会う事が出来る。でも本当にそうしたいと思う?」
俺は努めて優しくそう聞いた。
「あの人達が私を捨てたとは考えたくないんだけど……」
魔力の暴走を切っ掛けに、市民の間で彼女が
だから辺境の地へ彼女を送った。
それだけ聞けばただ厄介者を捨てたと思われても仕方がないだろうが……。
「真意を知りたいという気持ちがあるってことかな」
俺の推察に、ローラレイは首を縦に振る。
「でも、私が目の前に現れて質問しても、捨てたつもりはないと言うに決まってるし、真相なんて聞ける訳がないよね。……嘘でもそう言って貰いたいと思ってるのかな」
ローラレイの目尻から一筋の涙が溢れた。
同時に俺の心もキュゥと締め付けられる。
「じゃぁ、会って話してみたい気持ちはあるんだね」
その問いに、もう一つ頷く。
その勢いで雫がポタポタと数滴落ちる。
これ程までに思い悩むものなのだ。
大学まで行かせて貰って、卒業したのに就職せず、未だにお小遣いを貰いながら、独り暮らしを安穏と続けていた俺には想像だにしなかった。
彼女にこんな思いをさせているのは、俺が安易に「やっぱヒロインはお姫様がマストだろ」等と考えて作った設定によるものだ。
ローラレイはこの作品の中では、場面を盛り上げる
両親と会いたい気持ちを抑えて生きている健気な一人の女の子なんだ。
「彼らの口から、真実を聞き出す良い方法があるよ」
提案は罪悪感からではない。
その言葉が彼女の希望になることを祈る気持ちからだった。
────スクロールの製作に戻り、暫く経った頃。
部屋のドアがノックされた。
「いま開けますね」
昼の会話で沈んでいた彼女の声も、いつもの調子に戻っていた。
ドアが開かれると、倒れ混むようにプリンが入ってくる。
窓の外は夕暮れ。プリンも仕事を終えて帰宅したのだ。
「しんどいですね、働くってのは」
彼女にはギルドを通した仕事をお願いしている。
「今日はどんなお仕事をしてこられたんですか?」
手を差しのべながらローラレイが聞くと、それに捕まって立ち上がったプリンがよろよろとサイドテーブルに近寄る。
「と、取り敢えずお水」
「あ、それはフミアキさんの……」
勢い良くコップに口をつけていたプリンは、口の中に運んでいた水を吹き出した!
「うわっ汚ねぇ! スクロールについちゃうだろ」
俺が慌ててスクロールを
プリンは真っ赤になって固まっている。
「かかか、間接キ……二回目……」
「なんだよ、声が小さくて聞こえないぞ」
俺はスクロールの無事を確認してほっとため息をついた。
「なな、何でもないわよ、飲みかけ置いとかないでよ!」
膨れて後ろを向いてしまった。
くそう、謝罪もないのか。
まぁスクロールが無事だったし良いけどさ。
スクロールはインクで書いているので水に弱い。
ただし、魔力を流し込んでしまえば耐水性も付与される。
て言うかそれもちゃんと魔方陣に記載しなきゃならないからかなり
これは書いてみて判ったことだが、魔方陣の中心は電池の役割を果たす呪文。
ざっくり言うとこれだけの魔力を蓄えますよって書いてある。
その一回り外は、それがどれだけ消費されるのか。
ちょっとずつなのか一気になのか。
120貯めてる魔力を一分間に1だけ消費させれば。焚き火が2時間持つし。
120を2消費させれば、倍の炎が1時間燃える仕組みだ。
もちろん魔力の量を増やしてもっと長くしたり、火力を増やすことも可能だ。
そしてその外側は、どんな魔法なのか。
火の魔法だったら、それが魔方陣からでるのか、飛び出して火球になるのか。なるならどのくらい飛ぶのか……そういったことを細かく書き込んでゆく。
最後に一番はじっこは、このスクロールが水に濡れたり、火に当てたりしても燃えないようにコーティングする文字が書いてある。
分解して考えると、結構判りやすいのだけど……。
「結局それを全て叶えるために、どのくらいの魔力を消費させるかを計算しなくちゃいけないから、結構面倒なのよね」
と、美しい眉間にシワを寄せながら言うローラレイちゃんを見ていると、スクロール作りも簡単じゃないなと感じるわけで……。
等と考えている間に、少し落ち着いたのか、プリンが鎧を外しはじめた。
「プリンさ、新しい鎧はどう?」
「ええ、軽いし動きやすいから快適だわ」
昨日、脱兎の穴蔵に泊まることになってすぐに、俺はプリンの鎧を新調しに行った。
前の鎧は身長に合わせて購入したものだったのか、彼女の太……力強い腕には
「暫く使うものだから良いものを買いなよ」
沢山並ぶ鎧の中から、ドワーフ用のものを中心に試着してゆくプリン。
「着れた?」
「うん、大丈夫」
試着室のカーテンが開かれると、新しい鎧を身に
「どうかな、似合ってる?」
サンドリザードの革を基調とした、黄色みがかった前当てが目立つ。
「まぁお客様、その装備でしたら耐熱に優れておりますので、夏でも涼しく着こなせましてよ」
やり手の店員が、すかさず装備を褒めつつ説明を欠かさない。
「似・合・っ・て・る?」
だがプリンが気になっているのはそこではないらしい。
性能より見た目重視なのだろうか。
俺は頭を横に振った。
瞬間カーテンが閉められ、中でゴソゴソと次の服に着替える音がする。
「こりゃ長引きそうだ」
俺は愚痴るしかなかった訳だが。
最終的にいま着ていた鎧に落ち着いた頃には、すっかり夜も更けていた。
沼ルーパーという温厚なモンスターを乱獲して出来た鎧で。水に強く、汚れがほとんど付かない。
表面は弾力があり、衝撃吸収力に優れているため打撃にも強いという。
さらに着心地も触り心地も良いというのだから、性能的には申し分ない。
だが、彼女の決め手は。
「あ、このピンクかわいい! これに決めたわ!」
だそうだ。
店員に沼ルーパーの絵を見せて貰ったら、結構小さくて、可愛い顔をしていた。
この鎧を作るために何匹犠牲になったかは、考えない方がいいだろう。
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