お嬢と執事

 扉をくぐると、裏路地から入ったとは思えないほどの、清潔感と壮麗さを兼ね備えたバーカウンターが現れる。


 床は土足にも関わらずほこりひとつ落ちておらず。

 カウンターのテーブルは10m以上ある大木の一枚板。コップを置く面には、うるしのような透明感のあるコーティングがほどこされていてる。

 そこに、少し高めの椅子がいくつか備え付けられていた。


 その場違い感にそれ以上進むのを躊躇ためらってしまった俺たちではあったが、少女はトテトテと走り、カウンターの端にあるベルを持ち上げた。


 息を飲む静寂に「チリン」と高い音が響く。


 数瞬の後、奥から一人の男性が出てきて、表にいる俺たちの方に視線を送る。

 その目には場違いな客をうとましがるような色は見えなかった。


「マスター、私よ私!」

 既知きちの仲なのだろう女の子がそう声に出すと、マスターはそちらを一瞥いちべつして、頭を抱えた。


「お嬢様、またいらっしゃったのですか?」

「何よ、来ちゃ悪いの」

「ええ、大問題です……そちらの方々は?」


 きっと彼女と話してもが開かないのだろう。

 奥から出てきた年配の男は、話の矛先をこちらに向けた。


「今日はこの人たちに助けて貰ったのだ!」

 満面の笑みでそう答えるのをアドルフが一歩前に出てさえぎる。


「今日って事は常習犯かよ」

 呆れたような物言いだが、女の子のある特徴が、彼を強気にさせない。


「まぁ良いわ、汚いところを走ってきたから、化粧室借りるわね」

 女の子は我が物顔で、奥の扉を開けて消えていった。


 唖然としている所を見かねてか、男が話しかけてきた。


「お嬢様がご迷惑をお掛けしました、お飲み物をお出ししますので、お掛けになってお待ちくださいませ」

 そう言って頭を下げる仕草は、バーテンダーというよりも執事しつじに近いものを感じさせた。


 せっかく丁寧にすすめていただいたのと、話を聞きたいという気持ちもあり。

 アドルフ達は思い思いに椅子に腰かけると、背負っていた荷物を床に置いた。

 あまりにきれいに掃除されているため、荷物を置いた部分が汚れてしまわないか心配するほどだ。


 戸惑いに誰も口を開かないまま、内装を眺めていると男が帰ってきた。


 男性は180cm程度の細身な体に、キッチリとした仕立ての良いバーテンダーの格好をしている。

 年齢は60代くらいだろうか、髪に白髪が目立つ。

 とはいえそれも整えられていて、この店と同じく清潔感に溢れていた。


「私が休憩に飲もうと思っていた紅茶ですので、お口に合えば良いのですが」

 そうへりくだって出された紅茶は、とても香りが良く、飲む前から満足感を与えてくれるものだった。


 アドルフが顔を上げ、おずおずと声を出す。

「えっと……マスター」

「ロバートとお呼びください」

 軽く会釈をして、話の腰を折ったことを謝罪するロバート。


「あの女の子は何なんですか?」


 おっ、早速核心に踏み込むか。

 もちろん俺は知っている。

 だって俺の作品なんだもん。


 ロバートは困ったように頭を横に振る。

「恩のある方に隠し事はしたくはありませんが、知ると厄介事に巻き込まれてしまいます……申し訳ありませんが、あまり踏み込まない間に戻られた方が良いかと」


 だが、引き下がるアドルフではない。

「すまん、そういうわけにはいかないんだ」

 そう低くうなるように言うと、隣に座っているローラレイのフードを優しく外した。


 その顔を見た途端に、ロバートの表情が大きく驚きの色を見せた。


「えええーっ!」

 それと同時にカウンターの反対側、化粧室を出てきた女の子が、麻布を外して大声を上げる。


「もしかして貴女……」


 全員が息を飲む。


「私のドッペルゲンガーなの?」


 そしてずっこける。


 そう。この女の子とローラレイは瓜二つ。

 運命すら感じさせる展開なのだ。

 もちろん俺が書いた!

 ありきたりな展開だなんて言わせないぞ!



────それから少し情報交換をしたのだが。

 知っている俺が簡単に説明しておこう。


 この女の子の名前はエリアス。

 ある場所に囚われているが時々看守の目を盗んで逃げ出してくるらしい。


 ロバートさんは彼女のいるお屋敷の執事長を勤めていたのだが、定年退職してここで宿屋の経営を始めたそうだ。

 ちなみに、表通りは宿屋になっていて、このバーカウンターとは中で繋がっている。


「時折、裏から出て行きたいお客様もいらっしゃるのですよ」

 等と言っていたので、裏にも出入り口を作ったのだろう。


 そしてエリアスがローラレイと似ている理由は……


「他人の空似じゃ」

 俺がきっぱり言う。


「んなわけねぇだろ! 完全に一致してるぞ!」

 何故か怒り心頭なアドルフ。


「良いかい? 世の中には自分に似た人間が2人から100人くらい居ると言われていてな」

「幅ありすぎだろ!」


 突っ込むアドルフの首を抱え込んで寄せると、耳打ちをする。

「お前はローラが自分から話さない内容を、ほじくりかえすような無粋ぶすいな男か?」


 そう言われてしまうと、反撃のしようがないアドルフは、俺の足の甲を踏みつけて席に戻った。

 普通に痛い!


「他人の空似とは思えないほど似ているなんて驚きだぁ」

「アドルフ、棒読みが過ぎるぞ」


 俺と勇者との会話を聞いていたロバートが、良いタイミングで喋りかけてきた。

「まぁお互いに素性を隠したいようですし、無闇に詮索しても余計にややこしくなりそうですな」


 うむ。その通りだ。

 というか、ロバートさん内容理解してるんじゃないかってくらい助け船がうまいんだけど。

 ……なんだっけ”空気を読む達人”って書いた気がする。

 超能力だろむしろ。


「しかしですな……お嬢様を探すために沢山の人間がこのデッケーナ中を走り回っておりますゆえ、ローラ様が出歩くと、間違って捕縛されてしまうかもしれませんな」


 一斉に目線がエリアスに注がれる。


「な、何よ。私はまだ帰るつもりは無いんだからねっ!」

 腕を組み、目線を逸らしながらも横柄にそう答えるものだから、彼女以外の人間は長ーいため息を付かざるおえなかった。


 しかしいち早くため息から戻ったロバートは俺たちに向かって提案を投げ掛けてくれた。


「ご迷惑をお掛けしておりますし、しばらくの間うちの宿に泊まっていかれては如何ですか? 都内観光はエリアス様のご帰宅を待ってからでも良ければですが」


 渡りに船というやつだ。

「俺たちも急ぎの旅ではなく、この街で資金を稼ぎつつ、武器を整えてから出発をと考えていたので、助かります」

 俺は話がスムーズに進むように、その申し出を甘んじて受けた。



 こうしてこの王都デッケーナでの拠点獲得と。

 今後の重要人物となるエリアスとの接触を果たしたのであった。

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