2章・王都編

期待とお約束

 王都デッケーナ。

 ここはビギナーの村やセカンドの街を領地に持つ、デッケーナ王国の首都だ。

 政治政策は柔和にゅうわで、隣接する他国とは共存関係にある。

 ただし、領地内に魔物の巣を抱えており、常に監視と牽制けんせいを行わざるをないのが、頭の痛いところだろう。


 とはいえ、政治に関わるものはほんの一握り。

 ほとんどの者は王国に感謝しながら、日々を過ごしている市民達だ。


「す……凄いのね」

 プリンがその言葉を吐いて以降は絶句してしまったほど、この街の活気はこれまでの村や街では考えられないものだった。


「おい、見たことの無い食べ物が売っているぞ!」

「まさかのアドルフが飯に食いつくとはな」

「食べてみないとどんな調味料使ってるかも判らんだろうが!」


 こいつ真似て作る気満々だ……

 なんで一番女子力高いんだよお前は。


「ここでは資金調達と、装備の拡張のために寄ったんだぞ、無駄に使う金はないんだからさ」

 俺が愚痴るも誰も聞いていない。


「あの人形可愛いです」

「フミアキ、アクセサリーを売ってるわ」

「あの露店で焼いているのは何だ?」


 各自勝手に動こうとする。

 さっきまでこの街に入るのを躊躇ためらっていたローラレイまでもが、目を輝かせて露店を覗いているじゃないか。


「待て待て! まずは俺の予言通り、腰を落ち着かせる場所に行くぞ!」

 流石にこれ以上放置すると迷子者がでそうな気がする。

 話を聞いてくれそうなプリンの襟首を捕まえた。


「プリン、あとでアクセサリーを買ってやるから、ローラを連れ戻してきてくれ」

「っそそおお、そんなの別に欲しくないけど、行ってあげるわ、困ってそうだから!」

 素直にしたがってくれた。プリンは良い子だ。


 すぐにローラレイの首根っこを捕まえて、戻ってきた。


「ローラ、あとでマジックアイテムのお店を教えてやるから、アドルフを連れ戻してくれないか?」

「ええっ! それは魅力的なお誘いです!」


 そしてすぐにアドルフの首根っこを捕まえて戻ってきた。

 うん。この芋づる式が効果的だな。


「焦ることはない、この街にはしばらく滞在すると予言に出ているんだから」


 もちろん予言ではなくって、作品で言うところの【王都デッケーナ編】に入ったのだ。

 そりゃぁ一章まるごとここで活躍するつもりなんだから、しばらく居ることになるわな。


「仕方ねぇ、ここはうさんくせぇお告げに従ってやるか」

「じゃぁフミアキ、最初はどこに向かえば良いのよ」

 俺はプリンの言葉に取り合えず大袈裟おおげさに天をあおいでから、指を路地に向けた。


「そっちだ、そっちに行こう!」


 そこは華やかな大通りとは違って一本奥の路地。

 表通りで食べ歩いた包みや、飲み物を入れてあったであろう、竹製の使い捨ての器などが投げ捨てられている。

 三階建ての建物は密集していて、屋根と屋根がスレスレで建っている隙間のような場所。

 昼間でも薄暗い感じがする。


「なんだか怖い所なんですね?」

「お前なぁ、物を知らないにも程があるだろ、犯罪に巻き込まれちまうぞ?」

「女の子をエスコートする場所ではないわね」


 非難轟々ごうごうだ。


「ばか野郎。こういう路地はイベントの宝庫なんだ! 新しい街に来た主人公は、アホみたいにこういうところに吸い込まれていって、新しい仲間や、重要な人物と出会うようになってるんだよ!」


 城から逃げてきた姫が追われていたり。

 魔神に出会って邪眼を貰ったり。

 普段は人目に付かないマジックアイテム屋があったりだな……


「また、フミアキの病気が始まったぞ」

「この街ならフミアキに効く薬見つかるかしら……」

 アドルフとプリンは可愛想なものを見る目でこっちを見ている。


 しかし一人反応の違う人物。

「まぁ! そんな仕組みが世界にはあったんですね! 私全く知りませんでした」

 ローラレイだけは俺の言葉を信じてくれたようだ。


 この街に来たときは少し緊張していたのだろうが、街の華やかさに、いつもの彼女らしさが戻ってきたようで嬉しい。

 丸め込めるとしたら彼女からだろうと思っていたんだ。


「そうじゃ、予言者は普通の人間が見えない世界の仕組みが見えておるんじゃ」

「また出たよ、が」


「予言者さんって凄いんですね! それでこの先に行くと何が起こるんですか?」

「食い付きがいいのう。そういう所が素敵じゃ」

 勢いに任せてローラレイの頭を撫でると、残りの二人の顔がひきつった。


「ま、まぁ。私がいれば多少の危険なんて問題無いでしょうけど」

 腕組みをしてプリンが乗ってくる。


「ローラを暗がりに連れ込んで何をするつもりだ、この変態変人」

 言い過ぎだけどこっちも乗ってきたな。


「では実際に進んでみるのだ、今後の大きな展開があそこには待っておる!」

 俺は無いアゴヒゲをでる仕草をしながら、ひのきのぼうをまるで杖のように見立てて一行を路地に導いてゆく。


 俺の予言者のイメージにいちいち突っ込まないでくれ。

 それは散々アドルフに言われた後だ。




 路地を抜けると少し広くはなっているが、裏路地と呼ばれる場所に出た。

 大通りに表を向けた店の、背中に当たる部分がズラリと並ぶ。

 時おり大棚おおだながあるのだろうか、その道は家の大きさに従って曲がっており、先が見通せない部分も少なくない。

 それに加えて一軒ごとにあの細い路地があるのだから、犯罪者が隠れ潜んでいても安易には警戒しにくいといえる。


 裏路地に入って判ったことだが、この街は治水工事も発達しているようで、裏路地には溝が掘ってあり、通常の雨水程度ならそこを流れるように作られている。

 ただ、それが余計この場所をじめじめと陰鬱いんうつなイメージにさせているのも否めないのだが。


「この道を、城の方に進むのだ」


 俺の話の続きでは、こちらに行けばある人物との出会いがある。

 もちろん俺が書いたときには、何の疑いもなくこの裏路地を進んでいったのだが……


「クセェ、なんだこの匂いは」

「きゃ、地面ぬるってしたんだけど!」

「予言者さんこの道で合ってます?」


 文句たらたら付いてくる。

 ノリノリだった筈のローラレイまで不安そうだ。


「もうちょっと、もうちょっとだから」

 俺は彼らをなだめながら、かれこれ10分ほど歩いただろうか。



「キャァァアア!」

 ようやくイベントが発生したようだ!


「助けを求める声を聞いてなんで嬉しそうなんだよ!」

 アドルフは俺を変態扱いしながらも、すぐさま声の方に走り出した。流石さすが勇者。

 後を追ってプリンも走り出す。


 前衛職の胆力たんりょくに勝てないローラレイと俺は少し遅れて現場に到着した。


「大人しくその娘を渡せ!」

 お約束の怒声がアドルフに浴びせられている。

 彼の背中側には、腰が抜けたのか女性が座り込んでいる。

 なりの麻で出来た布で体を包んでいるが、その下から見えているスカート等は、かなり仕立ての良いものに見えた。


「ひゃっほう、当たりだ!」

 飛び上がって叫ぶ俺に、仲間も敵も一瞬ぎょっとしたように視線を送ったが、関わり合いになるのを避けるように視線を逸らして、にらみ合いに戻る。


「渡して良いけどよ、お前さん達がこの娘を襲う理由を言えんのかよ」

 破魔の剣を抜いて威嚇するアドルフに、2人の男はたじろいでいるようだ。


「我らは極秘任務で動いている。邪魔立てするならただでは置かないぞ!」

 ようやく絞り出した答えがこれだ。


 確かに、アドルフは18歳のまだ成人したての、毛も生え揃っていないような若造に見える。油断するのも仕方がないだろう。


「とりゃぁ!」

 という掛け声を最後に二人の男は簡単に沈黙してしまった。


「なぁに、殺しちゃいないさ」

 かっこ付けてんじゃねぇアドルフ。


「キミ! 大丈夫?」

 プリンが座っている女の子に優しく声をかけながら、体を起こさせる。


「なっ!?」


 その瞬間俺以外の3人が固まった。

「助けてくれてありがとう、私捕まってた所からようやく逃げてきたのに、追手に見つかってしまって……どうしたの?」


 固まった三人に、まるで用意したような台詞を吐いていた女の子は小首をかしげた。

 その表情に我に返ったアドルフが叫ぶ!


「お前ローラ……むぐっ!」

 その口を俺がふさぐ。


「大声だして他の追手を呼ぶんじゃない、すぐにどこかに隠れないと。お嬢さんあなたが逃げ込む筈だった隠れ家などありましたら案内していただけませんか?」


 腕の中で踠くアドルフの力が強くて吹っ飛ばされそうだったが、一気にまくし立てるようにそこまで言うと、女の子は戸惑いながらも案内を始めてくれた。


「こっちです」


 まるで自分の庭のように入り組んだ裏路地を進む女の子。

 その後を4人で追いかける。


「おい、フミアキ。これは関わって良い案件なのか?」

 アドルフが心配そうに訪ねてくる。

 その視線がパーカーのフードを目深まぶかに被ったローラレイに向くのを俺は見逃さない。


「ああ、彼女にとっても大事なイベントになる、黙って付いていくのじゃ」

「その、が無ければ安心できるんだけどな」

 ため息をつきながらも、ローラレイのためと言われれば言うことを聞くアドルフチョロし。



 気がつけば、裏路地に看板を出している珍しい店の前についた。


脱兎だっとの穴蔵】


 明らかに逃げ込みやすそうなその店のドアを女の子が開くと、新しいストーリーが待っているのだ。

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