王都と別れ

 翌朝、商隊が朝の準備に動き出したのと同時に、アドルフに叩き起こされる。


「なんでも良いから棒振り回せ!」


 言われた通り、ひのきのぼうをブンブン振り回す。

 ぶっちゃけ指示らしいものも一つもないのが気になるところだが、とにかく剣を振り続けろしか言わない。

 といっても勝手が分からないので、アドルフがやっている動きを見よう見まねで追いかけることにした。


 アドルフもちゃんとした師匠が居る訳ではないらしく。

 実践をイメージしながら剣を振るだけの我流なんだとか。


 そりゃ教え方もこうなるわ。


 息が上がったところで休憩していると、今度はプリンから声をかけられる。


「今日からは私と一緒に修行するって言ってたじゃない」

 なんだかねてるようだが。

「忘れてるわけじゃないんだ、今からで良ければお願いするよ」

「別に私がやりたくて呼びに来たんじゃないんだからね」


 先に行ってしまうプリンを追いかけて、俺は森の中へ。


「登りやすい木を見つけておいたから、まずはここで練習すると良いわよ」

 言われた通り昨日の木より、低いところから枝が始まっている。

 これならなんとかなりそうだ。



 今日から毎日日課として続ける。

 実際に戦力になるまでに何年かかるかはわからないし、この世界での俺はあくまでもイレギュラーな存在だ。

 何かの拍子に元の世界に連れ戻されて、無駄になってしまうかもしれない。


 それでも。

 俺に出来ることはやりたいんだ。


────そして王都までの残り3日は矢のように過ぎた。




 眼前に広がるのは、壁を白く塗られた建物の群れ。

 平原の奥にところ狭しと並んでいる。

 街道の脇は麦畑が広がっており、あの大きな都市の腹を満たすためにせっせと働く者が居る。


 その建物の群れの奥には、背の高い建物が立っていた。

 それを指差してクレソンが叫ぶ。


「あれが王都デッケーナの王の居城だぜ!」

 すんません名前そのままでした。


「ってことは、ここがローラの産まれた街って事だよね」

 プリンが無邪気にローラレイに質問するが、彼女は少し困ったような表情をするだけでそれには答えなかった。


 もちろん作者である俺はその理由を知っている。


 ローラレイは、あのデッケーナを治める王、ガンダルフ・イスタンボルトの娘なのだから。



 ちなみにこの設定については、元々俺が小説に書き込んでいた設定だったが。

 今考えるとかなり強引だと思う。


 パーティの女の子がお姫様でした、なんて展開よくあると思うんだけどさ。

 なんの脈絡もなく王城の外に居るとか、旅をしているとか、おかしくない?

 考え出すと気持ち悪くなってきたので、少し設定を書き足しておいた。


────元々アドルフの父親は【破邪の剣】の使い手だった。

 それはアドルフ本人がその剣を受け継いだ際に語ったと思うが。

 彼の母親も高名な魔法使いだったという設定が増えた。


 俺が最初に目覚めたビギナーの村は、このイスタンボルト王が治める領地の端にあたる。

 そこには強力なモンスターと戦う前線があり、アドルフの両親はそこを守る大切な役割を果たしていた。

 イスタンボルト王もこの前線を重視しており、二人とも密に連絡を取り合っていた。


 彼ら夫妻に子供が産まれた頃、イスタンボルト王にも5人目の娘が産まれた。

 しかしその子は産まれながらにして大量のマナを保有し、たびたびそれを暴走させた。

 市制の噂で彼女を「忌み子」だとか「化け物姫」だとか呼んでいるのを耳に入れ、王は酷く憐れんだ。


 その魔法指南を買って出たのが、魔法使いマスターであるアドルフの母だったのだ────


「って感じにしたらあの場所に姫が居たのも、辻褄つじつまが合うんじゃないか」

「何をぶつぶつ言ってんだフミアキ」

 おっと、声に出ていたようだ。

 また奇行かと、アドルフが距離を置いている。


「何でもないちょっとお告げがね……」

「なんだよ、予言者ってのはみんなこんな変な奴ばかりなのか?」

「うるせぇよ」


 と、その時馬車が止まった。

「うるせのはお前らだ、ここから俺たちは順番待ちだ。もう護衛もいらねぇから、さっさと降りちまいな」

 クレソンがぶっきらぼうに告げる。


「えっ、もうお別れですか?」

 つい口を突いてでた間抜けな言葉。

 5日間一緒に過ごしてきただけだが、ずっと旅をするおうな気になっていた。

 考えればそんな筈はない、いつかは別れが来るのだ。


「おう、俺たちは半日はここで足止めだ。時間は有限だぜ、しかも若い時の時間は貴重だ」

 まさかの同い年のヒッコリーにまでそんな風に言われるとは。


「わかってますよ……お世話になりました皆さん」

 俺は荷物が少ない。先に降りて彼らに頭を下げた。

 続いてアドルフ、プリンが降りてくる。


「アドルフよぉ、お前の飯食えなくなるのは寂しいぜ」

「うっせ、飯ぐらい練習すれば誰だって作れるぜオッサン」

 最後まで口が悪いアドルフも、どこか寂しそうだ。


「セカンド村の特産ワインを飲む時くらいは、俺達の事思い出してくれよ」

 ヒッコリーがそう言いながらアドルフの背中を叩く。


 別れは寂しくもあるが、くよくよするような場面でもない。

 何度も経験して、彼らのようにからっと出会いを喜びたいと思う。


「ねぇ、ローラは?」

 プリンの上げた声に、俺は思い当たる節があった。


 彼女はこの街に良い印象を持っていない。

 いや、街が彼女に良い印象を持っていないのだ。


 俺は急いで荷台にもどった。

 案の定、思案に暮れるローラレイの姿があった。


「ローラ……」

「えっと私、その……」

「大丈夫、俺は予言者だよ。君の事なら何でも知ってる」


 その言葉が彼女だけには伝わったのか、少し顔が明るくなった。

 ローラレイにはアドルフにさえも告げていない秘密がある。

 不安を共有できる相手が居るだけで、少しは肩の荷も軽くなるのだろう。


「そうだ、この服を着なよ」

 俺は背嚢はいのうの中に手を突っ込み、異世界から着てきてしまったフード付きのパーカーを手渡した。


 安心してくれ。ちゃんと洗って干してある。

 臭くない筈だ!


「フードを被れば大丈夫。それに君がこの街に居たのは本当に小さい頃だ。誰も君だなんて思わないよ」


 俺が努めて明るくそう言ったことで、決心が付いたのかもしれない。

 ローラレイは両手でパーカーを握りしめると、匂いを嗅ぐような仕草で顔に近づけ、上目使いで。

「ありがとう」

 と言った。

 反則だ。



 俺が先に荷台から降りると、心配そうに見ているプリンとアドルフ。

「大丈夫そう?」

 そう聞いてくるプリンにはっきりと大丈夫だと答え安心させてやる。


 しかしそれを聞いてもアドルフは微妙な表情をして居た。

 いつもであれば俺より先にローラレイの事を心配する筈だが、今回はそうしなかった。


 そうか、具体的なことでなくとも、ローラレイとこの街の関係について、彼もなにかを感じているのだろう。

 流石”思ったより切れる”男だ。


「アドルフ、大丈夫だ。いつかきっと話してくれる」

 その言葉の真意を理解したのか、微妙な表情のまま口の端を歪めて笑った。


「そいつは予言か?」

「まぁそんなもんだな」

「じゃぁ期待しないで待っておくさ」


 俺の言葉を信じることはできなくても、俺が気を遣っていることくらいは察してくれたのだろう。

 それ以上の追求もなかった。


「ごめん、お待たせ」

 荷馬車からローラレイが降りてくる。

 俺が渡したパーカーはオーバサイズで、フードを被ると顔の半分くらいは隠れる。

 それに、袖丈も長すぎるようで、腕を伸ばしても指先くらいしか見えない。


「これちょっとおっきいね」

 照れてそう言うローラレイがもう、可愛すぎてしょうがないわけです!


「それじゃぁ揃ったな」

 早速アドルフが仕切って歩きだそうとするが、俺は彼らに最後のお礼を言わない訳にはいかなかった。


「商隊のみなさんありがとうございます!」

「おう、しっかりやれよ」


 クレソンさんも片手を上げて、簡単に挨拶を返してくる。まるで、明日また会えるのかなってくらい。


 でもこの方が清々しいなって思える。


 現実世界で、俺を置いて就職していった彼らに対して、こんなに気持ちよく別れることが出来ただろうか?

 別れたあとにグジグジと恨み言を吐かなかっただろうか?


 これからも色々な人たちと出会い、そして別れて行くのだろう。

 その時をどんな顔で迎えるのか。

 ここで生きて経験して格好いい男になりたいと、心から思うのだった。




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 第一章の閉幕です。


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