実験と確証
俺は早速手帳にある設定を書き込んだ。
”ヒッコリーはよくベルトを絞め忘れる”
この世界にジッパー等というものはないが、ベルトならある。
むしろ皮製品の文化だけを見るなら、俺がいた現実よりもよほど一般向けに進化しているといえる。
簡単な剣を入れる
金属鎧もパーツを繋ぎ止めているのは革だ。
もちろん防寒具なんかにも当たり前に使われている。
なのでズボンを
しかし、社会の窓のないズボンも多い。
その場合はベルトを外してズボンを下げるわけだが。
その後に彼がそれを絞めるか絞めないか……
ガサガサと草を踏む音がしてヒッコリーが帰ってくる。
「スッキリしたぜ」
「報告はいりません」
俺はふざけながらも彼の股間を凝視する。
「うおぃ何だよお前、そっちの気があんのか?」
明らかに距離を置いてヒッコリーがいうが、どうやらベルトはちゃんと絞まっている。
「男に興味なんて無いですよ」
確認が取れたので俺は手帳に視線を落とす。
まだそこには文字が残っていた。
「まぁそうなんだろうな、昼間はプリンちゃんの胸で泣いてたしな」
「なっ!?」
見られていたのか。
俺たち冒険者は背後を警戒しながら休憩できるように、2台目の荷馬車に乗っているのだが、その御者がヒッコリーさんだ。
「別に泣いてた訳ではないですよ」
「そっか? だとしても女の子に
俺が投げた予備の薪を避けながら、ヒッコリーは荷馬車に戻っていった。
「くそう。流石に恥ずかしい」
あの時は本当にプリンに助けられた。
心が病んでしまいそうな時の、ああいうのはズルいくらい効く。
でも他人に見られるのはちょっと……。
などと考えながらも、目線はずっと手帳に注がれている。
「俺の予想が当たっているなら……」
それから10分程経ち、ヒッコリーの寝息が聞こえてきた頃。
手帳の文字が消えた。
ようやく掴んだ一つ目の法則は。
【みんなが寝ている時】だと考えられる。
最初の時はアドルフはもう寝ていたし、昼には発動しなかった。
その日の夜のローンウルフの時は寝ていたわけではないが、ローラレイもアドルフも意識を失ってしまっていたのだろう。
今考えるとギリギリの状態だったが、単純に運が良かったと言える。
そしてその決定打は今日のヒッコリーだ。
初めは【夜】がキーワードかと思ったが、ヒッコリーが寝たことで発動したのを
確かに、この世界の住人が起きてる時に色々な設定が変わってしまうと、混乱してしまいそうだ。
ただ【この世界の住人】がどの程度のものなのかはまだわからない。きっとこの時間でも起きて仕事をしている人間も居るはずだ。
とりあえずは俺の視界に居る人間と限定しておこう。
ただそれでもわからない謎は残っている。
「基本の法則以外に、それが反映されない法則も存在するみたいだな」
スライムの設定の記述が途中までしか読み込まれなかったこと。
そして。
俺はパラパラとページをめくった。
”プリンは
「プリンの容姿に関する内容はまだ反映されないんだよなぁ、これがわからん」
俺がうんうん
「いてっ!」
「何一人で唸ってんだよ」
アドルフが剣の鞘の先で後頭部を突いてきたのだ。
「交代だぞ、フミアキも寝ろ」
「もうそんな時間か」
俺は腰を上げて背伸びをした、背中がパキパキと鳴るのが心地よい。
「お前いつもその手帳見てるよな、予言でも書いてあんのか?」
見張りという退屈な時間を少しでも潰そうと話しかけてくる。
さっきは寝ろと言っておいて勝手な奴だぜ。
「ああ、これか。予言を書き込んで本当にしちまう手帳さ」
「はっ、うさんくせ」
不機嫌そうに、焚き火に予備の薪を投げ込んでいる。
そう言えばこいつはまだ18歳で、俺よりずいぶん年下なんだよな。
俺が18の頃なんて、本当にガキらしいガキで、大学に入っても遊ぶことしか考えていなかったってのに。
こいつは人を殺す覚悟までしている。
そう考えると、なんで
書いてる側は安全なところに居て、一度もそんな経験をしたことがないのに……考えれば考えるほど、おこがましい行為にすら思えて、つい。
「お前さ……物語とか読んだりするのか?」
俺はそう問いかけていた。
「んぁ? 貧乏だったからな、本なんかは持ってなかったよ。だけど、たまに回ってくる吟遊詩人の話してくれる物語は楽しかったな」
彼の
「子供の頃に親が居なくなって、あの家に住まわせて貰ったんだけどよ、あそこは村長のゲストハウスみたいな家なんだ。だから行商人とか、吟遊詩人とかが村に寄ったときはあの家に泊めるんだ」
新しくくべた薪がパチパチと音を立てるが、耳障りがよく、彼の話のBGMのようになり続ける。
「そこで、寝る前にあいつらに話を聞くのが俺の一番の楽しみだったんだよ。だってよ、特別席だぜ最高じゃん」
「確かに、楽しそうだな」
俺の相づちに、アドルフがニカッと歯を見せて
ああ、こいつこんな顔も出来るんだ。
その表情に18歳の子供らしさを感じた。
「それでよ、どっかの英雄の話とか、ドラゴンを一撃で真っ二つにした最強の剣の話とか……」
「ぶっ!」
「急に何だよ」
そりゃプリンの剣の先代の持ち主の話だな。
「いや、なんでもない」
「ちぇっ、これからその面白い話をしてやろうと思ったのによ」
またふて腐れて、予備の薪を投げ込むアドルフ。
「今日は遠慮して寝ておくよ、今日は色々あったし」
今日は色々あった。その言葉を聞いたアドルフは18歳の笑顔をふっと何処かに置き忘れたような顔になった。
「ああ、そうだな……よく寝とけよ」
「それでさ、明日朝なんだけど」
「なんだよ」
「剣の振り方教えてくんないかな?」
その言葉に振り向いたアドルフは、ニヤリと笑って見せる。
それは優しくもあり、いたずらっぽくも感じるような表情で、単純に俺のその決意を喜ぶものだった。
「良いぜ、覚悟しとけ?」
「覚悟はしたよ」
俺はそれだけ言って、アドルフを置いて寝床に潜り込む。
俺は変わる。
変わって見せるさ!
満点の星空を、
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