宣言と考察
「ん、うう……」
ローラレイがもぞりと動いたことで、プリンは俺を離す。
落ち着いていたように見えたが、すぐにその顔が真っ赤に染まった。
それを誤魔化すかのように彼女はローラレイに話しかけた。
「ろ、ローラさん、大丈夫ですか?」
「ええ、心配かけちゃってごめんね」
ローラレイはそのまま座ろうとするが、まだ手に力が入らない様子だ。
プリンはそれを手伝ってワインを入れてある木の箱にもたれさせた。
俺もこの状況で落ち込んでいる訳にもいかず、腰にくくりつけられていた水筒を差し出してみた。
それを力無い笑顔で受け取ると、少し口に運んでくれる。
ふぅ、と一息吐くと同時に、ちょっとだけ顔に生気が戻ってきたような気がして、俺とプリンはほっとした。
「ごめんね気絶しちゃって、あのあと誰も怪我しなかった?」
自分以外の人間を心配する彼女も、大事なものを守るために選択をしたのだと理解できる。
「ええ、お陰で面倒なことにはならなかったわ」
プリンはローラレイの手を取り、
確かに、あの場を納めるために、彼女の勇気と判断は間違いじゃないかもしれない。
でもその為に彼女がこんな状況になっている事が自分には許せない。
何が許せないか。
それは自分自身だ。
俺があの場を長引かせて、俺に意識を集中させたせいで、ローラレイは捕まってしまった。
それが事実だからだ。
「すまない……ローラ」
俺は正座をし、固く握った両拳を
「大丈夫、誰も怪我してないなら良かったわ」
まるで天使のような笑顔が、俺に降り注ぐ。
それなのに俺の心は全くときめかない。
「何で……責めないんだよ!」
この世界では、クレソンやアドルフの対応が正しい。
不甲斐ない俺を責めて当然なのに。
「みんな無事だったならいいじゃない」
そんな風に笑う。
「ローラが無事じゃないだろっ!」
俺は自分でも信じられない剣幕で叫んでしまった。
それと同時に、涙が膝に
罠の魔法がどういう仕組みなのかは知らない。
だけど、スタンガンですら気絶するなんて事はまずない。
意識を奪うほどの衝撃がどの程度のものなのか、推して測ることはできるだろう。
現に彼女は一人で起き上がることも出来ない有り様だ。
「……私もね、人を殺す事なんて好きじゃない。きっとアドルフもそう。だからフミアキが声を上げた時、どこか気持ちが揺らいじゃったのね」
その言葉にプリンまでもが下を向く。
きっとあそこに居た誰もが、好き好んで人を殺す人間では無かったのだろう。
そしてそれは盗賊側も
「でも、それで油断したところを、人質にされたのは私個人のミス。だから私がなんとかしなきゃって……ちょっとやりすぎちゃったカモだけど」
舌をペロッと出して、黄緑色の片目を
無理している、それがとても愛おしくて。
「俺、強くなりたい! せめて自分の尻を自分で拭けるくらいに!」
俺は顔を上げ、目の前の天使に宣言した。
この笑顔を、危険になんて
「うん、強くなって」
「私もそれに賛成だわ」
その場の2人ともが俺の決意を後押ししてくれる。
甘えっぱなしで良いわけがない。
守りたいなんて気持ちだけじゃ意味がない!
俺はやる。出来ることを出来る限り!
その表情を見ながら、何故かプリンはモゾモゾとしている。
「でもさ……弱くてもトイレのあとはお尻拭きなさいよね?」
そういう意味ではない。
夕方になり、夜営の準備が終わった頃には、ローラレイも荷台から降りてこれたようだ。
「みなさんご心配お掛けしました」
そう言いながら頭を下げて食卓につく。
これで全員だ。
俺はぐるりと回りを見渡す。
死ぬか生きるかの命のやり取りをして、全員の顔がここに並んでいるというのがこんなに嬉しいこととは……今までは知るよしもなかった。
これから困難な戦いに巻き込まれることもあるだろう。
強いモンスターに自分から挑むことだってある。
その時またその場の全員がこうやって食事を囲めるようにと。
きっと同じようにみんなも感じているのだろう。
その日は席に座った途端に食べ始めるものは誰も居なかった。
みんなが寝静まった頃、俺は静かに火の番をしながら手帳を眺めていた。
いざというときには使えないこの能力を信用するべきではないのかもしれないが、それでもこの世界で連れてきたたったひとつの相棒だ。
ローンウルフに殺されそうになったときは、その場で発動したというのに、なぜ今回は発動しなかったのだろう。
それが引っ掛かっている。
あのとき、瀕死の重症を負っていた筈のローラレイも、既に
だが今回は何も起こらなかったどころか文字も消えなかった。
「ピンチが引き金というわけでもないのか」
返事の代わりには寝息しか聞こえない中。
考察を口に出す。
自分の中で一つ一つ可能性を探って行くために大切な作業だ。
「初めは……」
アドルフの家の寝室。
彼の過去と村の設定と、建築素材の設定。
「すぐに反映されたよな」
二度目に書き込んだのは。
スライムの生物としての設定。
これは反映されなかった。
「そしてその日の夜、ローンウルフと戦う前に開いたときは、スライムの設定は途中まで消えていた」
ここも不思議な現象。
何故途中で切れていたのか?
そのあとローンウルフと戦っっている時に書き込んだ際にはその残りも消えていたし、書き込んだ内容もすぐに反映された。
いつもこの辺で頭がごちゃごちゃになる。
「くそ、法則が適当すぎてわかんねぇ!」
俺は一旦考えるのをやめて、何か設定を書き込んでみることにした。
パラパラとページをめくったのだが。
「何でだよ!」
俺は叫んでしまった。
昼に俺が必死で書いた設定が消えていたからだ
確か、集落の名前と生産品……”シユウラ”では”鉱物が採れる”と書いたはずだ。
またもや名前が適当になったのは、あの状況では許して欲しい。
「おいおい大声出すな、起きちまっただろうがよ」
2台目の
「すんません」
俺はペコリと頭を下げるが
ヒッコリーは寝床に戻る様子はなく、おもむろに近寄って隣に座った。
「あれだ……昼はすまんかったな」
謝罪の意味を
ヒッコリーは頭を掻きながら言葉を継いだ。
「あそこで野盗が襲ってくるかもしれないってのは、ちょっとは予想してたんだよ」
「人数が減るところを狙ってくるって事ですよね」
ヒッコリーは俺の考えに頷きながら続ける。
「だが今日は来ないかも知れねぇし、いちいち話してビビらせるのもどうかと思って黙ってたんだわ」
判断ミスだと感じているのかもしれないが、そんなことはない。
「心の準備が出来てても、実際あの場面になったら、俺は同じ行動取ってましたよ。っていうか、経験した今でもまだ人を殺すなんて出来ませんし」
「だよな、人を殺したことなんて無さそうだもんな」
そういうヒッコリーは大人びては居るが、俺と同じ23歳らしい。
歩んできた世界が違うとこうも違うものかと思えるほど、しっかりして見える。
「殺した奴が偉いとか、誰か殺さないと対応できないとかじゃねぇんだ……ああいう時はな」
言ってしまえばこの人もただの農家に過ぎない。
その少し焼けた肌が、焚き火の炎に照らされて、影のように揺れ動く。
「まぁ、その辺は親方からもこってり絞られただろうし、その場に居なかった俺が言うことじゃねぇが……あんまり気にしすぎるなよ」
彼が俺の肩にポンと手を置いて、腰を上げようとするのを見て、俺は少し慌ててそれを止めた。
「少しその集落の事教えてください」
「あの集落って、なんであんな山間に有るんですか?」
手帳に書き込んだ文字が消えていた。
ということは設定が生かされたはずだ。
「ああ、あの集落は鉱山に作られた労働者の町なんだよ。今はだいぶ減ったが、昔はもっと沢山の家があったんだとよ」
「食い詰めて盗賊をやるほど、鉱山は衰退してしまってるんですか?」
大人っぽいからついつい敬語を使ってしまうが、ヒッコリーは気にする素振りはなく、首をかしげて返答する。
「ん? 昼の盗賊か……どうだろうなぁ、あの集落出身の奴も居たかもしれないが、関係無いんじゃないか?」
昼の盗賊は頭も含めて集落の人間だと言った。
きっとその辺の設定も変わったんだ。
「単純にあの場所が無防備になりやすいからだと思うぜ、俺だったらそうするしな」
そう言いながら、今度はそのまま席を立ったので呼び止めるのは
だが彼は荷馬車とは反対方向へ歩いて行く。
「えっどこへ?」
「しょんべんだよ、しょんべん」
「あ、すんません」
俺の大声で起きたって言ってたけど、トイレに行きたかっただけかよ。
と、内心ちょっと文句を言いたくなったが、本来明日にならないと擦り合わせ出来ないはずの情報を得たのはありがたい。
彼の尿意に感謝だ。
「そうか、やっぱり反映はされてるんだ……」
俺は改めて時系列に手帳の能力を並べた。
最後は今日の昼に書いたものが、気付いたら反映されている状況。
「は、はは。なんだよ、こんな事かよ」
そして俺は気付いてしまった。
手帳の能力のある条件に。
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