胸とおっぱい

 俺が取った宿の部屋をノックすると、中から軽快な返事が帰ってきた。


「はーい今開けるわね」


 マジックショップで買い物を楽しんで、上機嫌なローラレイの声だ。

 反して俺のテンションは低い。

 がちゃりと鍵が開くが、気乗りがしない俺はドアノブを回すのを躊躇ためらってしまう。


「はやく開けなさいよね」

 逡巡しゅんじゅんする間もなく、背後から命令口調で急かされた。


「ええい、ままよ!」

 俺はもう、部屋にいる二人に判断を丸投げすることに決めた。


 扉を開くと、新しい杖を撫で回している上機嫌のローラレイと、疲弊ひへいして椅子の背もたれに力なくぶら下がったアドルフがいた。


「二人に紹介したい人が……ぐおっ!」

「こんにちは! 私プリン=プリム・プリンって言います! どうぞよろしくお願いします」


 後ろにいたプリンのお辞儀という頭突きで吹っ飛んだ俺にお構い無く、先制の自己紹介を決めるプリン。


「なになに、新しい仲間なの?」


 飛び上がって喜ぶローラレイは肯定派だろう。

 これはまぁ予想の範囲内だ。


 しかし傍若ぼうじゃく無人ぶじんなアドルフであれば、新規加入者など容易に認めないだろう。

 俺には無理だったが、彼なら言いたいことをはっきり言ってくれる筈だ!

 頼むアドルフ。


「おー、強そうじゃん、いいよ入んな」

 アドルフまさかの肯定。


「ビビってんなよ、このヘタレがぁ!!」

 俺はアドルフの服を掴んで引っ張りあげると、部屋の隅へと移動させた。


「なんで簡単にOKしちゃうんだよ」

「何でってお前、あの筋肉見ただろ?」

「ああ、見たよ知ってるよ。あれにビビっちまったのか?」

「はぁ? 仲間になる相手になんでビビるんだよ!」

「勇者メンバーの一人がゴリラじゃダメなんだって、小説が売れなくなるの!」

「何を言ってるんだよお前は!」


 部屋の隅でこそこそ話すなど、アドルフのしょうに合わない。


「っだぁ! うっせぇ!」

 俺の腕をね飛ばして立ち上がる。


「仲間にするのに見た目とか関係あるかぁ! ここがあれば良いんだよここが!」


 アドルフは自分の胸を指差して、熱い演説をかます。

 彼は揺るぎ無い。そこが勇者たる所以ゆえんだろうか。

 彼の熱意に俺の中の価値観が変わった気がする!


「心さえ通じていれば……見た目など問題にならない……か」


 つまり、ヒロインとしてではなく、マスコット的な立場で登場させれば問題はないということだな。

 俺は軽く話の路線変更を決意した。

 ……こういうことだよな?


「男同士の話は終わったの?」

 部屋の隅から戻ってくる俺たちに、新入りの頭を撫で回しながらローラレイが問いかける。


「ああ、いつものフミアキの発作だ」

「俺はアドルフの熱い気持ちを試したんだ」

「うそつけ」


「そんなことより、新しいメンバーが入ったお祝いしましょうよ!」


 正統派ヒロインローラレイがウキウキと提案するが、アドルフは浮かない顔をする。


「金ならないぞ、そこの杖に全部消えた」

 そうやって指差した先には、ローラレイの新品の杖。


「ここまでためた路銀ろぎん全部使ったの!?」

「だって、前の杖も下取りしてくれるって言うし、スライムボールも全部買い取ってくれるって言うしぃ」


 口を尖らせて抗議するが、金は戻ってこない。

 でもその顔を見れただけで、払った価値はあるな、うん。


「っていうか、俺が参加したときにはお祝い無かったよね? なんで目を逸らすの、ねぇ?」


「気にしないでいいわ、私が出すから」

 大事な話の腰を折ってプリンが提案する。


「でも、貴女の加入パーティなんだから、貴女に出させるのは……」

 ローラレイは困った顔をしているのも可愛い。


「私にとっては、一気に3人も仲間が増えたお祝いなのよ! だから私が払ったっていいの!」


 ふむ。これは発想の転換だな。

 このこ見た目に寄らず良い子みたいだ。

 アドルフの言ってたこともあながち間違いじゃない。

 見た目ではなく心が綺麗であれば、それは素晴らしい人材なのだと。


 俺ちょっと反省。


「そうと決まればシケた宿のオヤジに飯を用意して貰うか!」

「ちょっとアドルフ、そんな言い方……」


「泊まり客は俺たちだけだもんな、少しはお金落としていってあげような」


 不憫ふびんなオヤジに少しでもむくいたい。

 せめてこの街に観光か産業を設定してあげていたら、こんなに閑古鳥かんこどりの鳴く店にはならなかった筈だ。


 ほろりとこぼれた涙を袖でぬぐうと、まだ部屋に残っているプリンに声をかけた。


「さぁ、君がいかないと始まらないよ、今日の主役でスポンサーなんだから」

 笑顔で差し出した俺の手を取ると、椅子から立ち上がる。


「私ちょっとあの人苦手かも」

「アドルフ? 暑苦しいところあるからなぁ」


 俺が苦笑して見せると、プリンは顔を上げてこちらに訴えかけてきた。


「貴方が部屋の隅にアイツを連れていって、プリンは俺の物だから手をつけるなって言ってくれた時にね」


「ん?」

 俺そんな話してたっけか?


「女は顔じゃない、胸の大きさだって大きな声で言ってたわ。そういう考え方の人好きじゃないの」


「んん?」

 そういう話だっけ?


 言われてみればプリンは筋肉質で、とても筋肉質で、おっぱいという概念を見いだせない。

 胸囲だけは人一倍の筈なのだが。


「アンタは、胸の大きさで人を差別しないわよね?」


 先ほど立ち上がる際に掴んだ手に力が入る。

 普通に痛い!


 俺は頭を縦に振った。

 俺は強いものに巻かれたのだ。




 とはいえプリンも露骨にアドルフを嫌うわけではなく。

 彼女主催のパーティは、4人ともお腹いっぱいという状況で幕を閉じた。


「それじゃあまた明日!」


 俺は隣の部屋の女性陣を見送ると、アドルフと同室の部屋に戻った。

 奴は勝手に窓際のベッドを占領して、既に寝息を立てている。


 俺はすぐにベッドに入るのが勿体無くて、備え付けの椅子に座ると、飲み残したワインをグラスに注いだ。


「久々。楽しかったな」


 大学を卒業してからというもの、飲み会のようなものに縁がなかった。

 しかし、こうやって同じ目線でただ飲んで語るという事が、こんなに楽しいものだというのを忘れかけていた。


「お前ら俺の小説の中で楽しいことしやがって」


 きっと自分が出来なくなった鬱憤うっぷんを、物語の中で彼らに宴会させて晴らしてたんだろう。

 でも、こうやって彼らと一緒になって楽しんでしまうと、彼らにもっと楽しい経験をさせてあげたいと思う。


「親心って奴かな」

 そう一人ごちって、フッと笑いがこぼれる。

 今日のワインは今までのどんな酒よりも、甘く、渋く、芳醇ほうじゅんに感じる。



 さて。皆が寝静まったところで俺の本当の仕事をしなくちゃいけない。

 彼らが健全にすくすくと成長していくために、課題を与え、試練を与え、そして楽しみを作り出さなくてはいけない。


 物語を書くという事が、いかに凄いことか。

 寝息を立てている勇者の今後の行く末を思案しながら想いにふける。


 手帳を開いていざ書き込もうとした時。

 男部屋のドアがノックもなく開かれる。


「ローラレイちゃん?」


 部屋着に着替えたローラレイが、ふらふらと部屋にはいってきたので、俺は声をかけながら近づく。


「うぅうん……お部屋から熊のうなり声がします……」

 寝ぼけた様子でそのまま俺が寝る筈のベッドへ転がり込む。


「たぶんそれはプリンのイビキだと思うぞ」


 昼寝しているときは、掃除機に誤って靴下を吸い込んだようなと表現したが、この世界に掃除機は無いんだった。


「ローラレイちゃん、怖くないからお部屋に戻って」


 直接体に降れるのは躊躇ためらわれたので、安宿の安毛布を引っ張って起こそうとするのだが、これが全く起きない。


「熊じゃないから大丈……ぶっ!?」


 突然毛布の横から両手をだして頭を抱き抱えられ、俺の体は前のめりになり、ベッド脇に膝をつく形になった。


 !?


 毛布越しとはいえ、顔に完全に柔らかいものが当たっている!


 さっきはプリンの勢いに負けて、乳の大きさで人を判断しないとは言ったが。

 あれは嘘だ!


 ローラレイは俺の煩悩ぼんのうかたまりなんだぜ。

 それがどういうことか分かるだろう?


 控えめに言って、おっぱい星人である。


 ちなみにバストサイズは95だ。

 俺が書いたんだから間違いない!


 と。なぜ一人語りをしているかと言うと。

 そうしていないと気絶しそうだからである。


 汗ばんだ肌の匂い、部屋着の石鹸の匂い。

 胸以外も暖かくて柔らか……


 ……


 おっと気絶しそうになった。

 気絶したらこの天国のような時間が終わってしまう!


 気絶するもんか、気絶きぜ……



 オチました。

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