街とゴリラ

 旅の二日目となる今日は、隣街までの残りの行程を進んだ。


 途中出てきたスライムは、俺が設定した通りのキモい生き物になっていた。


「よし、これで20匹だな」


 当然のようにスライムの外側の膜を優しく傷つけていくアドルフ。

 外の膜に切れ目が入ると、そこから集まった水分が漏れだして、だんだんとしぼんでゆく。

 動かなくなったところで膜を剥がして核を収集すると、貴金属の欠片と一緒に希にゴールド等が入っていることがある。


「くそ、こいつは外れか。核だけ取っとこう」

「金目のものは持ってなかったのか」

「まぁいいさ、核だけでも街で売れば金になるしな」


 新鮮な核を革袋にいれておくと、一日でコップ一杯くらいの水を空気中から集めてくれるので、旅人等に重宝される。

 数日経つと効果が薄れてただのビー玉みたいになるので、今度は子供たちのおもちゃにされるそうだ。


 スライムにも種類があって、普通の水を集めるスライムはこの辺でしか採れないため、あちこちに出荷されているらしい。

 ちなみに他の場所では、毒の水だったり、水銀のような金属の水だったりで、用途が限られるそうだ。


「バブ○スライムとメタ○スライムだな」


 確かに彼らの冒険が先に進むにつれて、そういったどこかで見たような敵を出現させた覚えがある。


「見えてきましたよ、セカンドの街です」


 ローラレイの嬉々とした声に顔を上げると、小高い丘になっている場所の上に街が見えた。

 簡単な柵に守られてはいるが、その外で子供が遊んでいるのを見ると、いたって平和な街のようだ。


「ようやく到着したか、早くこの核を金に変えて宿屋でゆっくりしたいぜ」

「情報収集も大事だろう、寝てる場合じゃないぞ」

 仕事を放棄しようとしているアドルフに渇を入れつつ、街の門をくぐる。


 街は賑やかで、人も多い。


「わぁすごいですねぇ、魔法使いの道具屋さんもありますよ」

 早速ローラレイちゃんが目に止めたのは、マジックショップ。


「ビギナーの村には無かったもんな」

「寄ってみませんか?」

 隊列を乱してウキウキと走り出すローラレイを見て、文句を言う者は居なかった。


「可愛いなぁ」

「尊いなぁ」

 ボソッと呟いた言葉が被ると、アドルフはこちらを睨んでこう言った。


「俺はお前を予言者だとは認めてないからな」

 確かに俺のシナリオ通り事が進んでいる訳ではないが、それでもこの言葉は心外だ。


「これから起こることも俺には分かってる。だけど、お前やローラレイちゃんがその運命を少しずつ変えていってるのも事実だ」


 一番変えているのはイレギュラーな俺なんだろうけどな。


「何だよ、予言が外れたときの言い訳か?」

 ニヤリと口の端を上げながら、鼻で笑う。

 こいつは本当に嫌味な奴だぜ。


 しかし俺はこいつと張り合うつもりはない。

 確かに設定もおざなりで、愛情も注いでこなかったが、これでも立派なこの物語の主人公なんだ。


 俺が真面目に見据えたことで、嫌味に怒ったのかと思ったのか、少し構えたアドルフに対して言葉を紡ぐ。


「運命を切り開いて変えることが出来る人間を勇者って言うんだろ? まだお前は強くなる、いずれ他の人間も巻き込んでこの世界全体の運命を変えていけるんだぜ!」


 否定的な言葉が返ってくると思っていたのか、アドルフは対応に困っているように見えた。

 だが俺の気持ちは変わらない。

 彼がそうでなくても、作者の俺がそうする。

 その明確な意思をもって、この世界を攻略してやる!


「ま、まぁ。そのために魔王討伐に出たんだ、やってやるさ。ちゃんとサポートしてくれよ」

 曖昧あいまいな返事を残したまま、アドルフは逃げるようにマジックショップに入っていった。


 一人残された俺は、決意を新たに自分の役割を心に刻み付けた。



 二人がマジックショップへ行っている間、俺は情報収集をすることにした。

 アドルフは割と大雑把だし、ローラレイちゃんに任せるわけにはいかない。色々な意味で。

 それに、作者として確かめておきたいこともある。


 まず手始めに、街の特産物や他の街との交流について聞いたが、街の人は首をひねるばかりだった。


「くそっ、こういうところは何も設定してないんだよなぁ」

 設定しているもの以外の新しい情報があるかと思ったが、主要人物以外の人間は殆どどうやって生活しているかすら分からない有り様だ。


「外から人が来るなんて珍しいねぇ」

 なんて宿屋のオヤジに言われたときには、悲しくなった。

 そんなところで宿なんてやってても食っていけんだろ!


 街は広いが一日で回れないほどではない。

 さっきのマジックショップの中を覗き、未だにはしゃいでいるローラレイと、女子の買い物に付き合わされて疲弊ひへいしたアドルフに、宿を確保したことを伝えてから情報収集の続きだ。



「俺たちは旅をしていて、強い仲間を探している。この街に強い者はいないか?」


 露店で青果を売っているおばちゃんは、頬に手を当てて考えてくれるが、思い当たる節はないようだ。

 俺のストーリーでは、この街でツンデレ剣士と出会う筈なんだが、街の人間の反応は良くない。


「えーっとほら、女性で背の高さと同じくらいの大きな剣を担いでて……」


 設定だけで考えると、相当目立つ筈なんだが。


「ああ、あの旅人さんかい」

 ここまで言ってようやく合点がいったようだ。


「旅人……そうそう、流れ者って書いたんだっけ」

「それなら街のすぐ側で夜営しているのを見かけたよ」

「ありがとさん、じゃぁこれとこれ貰うよ」


 情報料代わりに、売っている果物をいくつか買ってゆく。

 おばちゃんにお礼を言われながら、街の外れへと足を向ける。

 ついでにリンゴの味見もしておくか。


「うん、甘い。これはいいリンゴだ」

 爽やかな酸味と、瑞々しい果肉が喉を潤していくのが心地よい。

 こういうのがハッキリ感じられるのはきっと”リンゴ”を思い描いたときのイメージがほとんど一致しているからかもしれない。


 太陽の傾きからすると、午後の2時前後。

 気温は高くもなく低くもなく、春の終わりから初夏に書けての暖かさぐらいだろうか。

 つまりちょうど良く、眠くなりそうな気温ってことだ。


「あれだな」

 街が丘の上にあるのもあって、見晴らしがいい。

 視線の先、すぐに木陰に布を張っている場所を見つけた。


「この話のヒロインの2人目だからな、仲間にしておかないと話が進まないぞ」


 ローラレイとはまた違う路線の美少女プリン。

 2mはあろうかという大きな剣を、軽々振り回す小柄な女の子。

 戦闘では猪突猛進なところがあって、敵陣に真っ向から切り込んで度々ピンチに。

 それをアドルフが助けることで仲間意識が芽生えていくというキャラ設定だ。


 今後の展開を思い出しながら、ぶつぶつと独り言を言い近づいてゆくが、日除けの中に人影は無い。


「んごごごごごっごごご」

 代わりに掃除機が間違って靴下を吸い込んだときのような音がする。


 おそるおそる茂みの向こうを覗くと……

 大の字で寝ている筋肉ムキムキのゴリラがいた。


「えっ、ええええ!?」

 こいつじゃない。二人目のヒロインはこいつじゃない!


「はっ! 殺気!」


 俺の声に気づいたのか、すぐさま立ち上がると、木に立て掛けてあった大剣を掴み、横一線に振り抜いた!


「ひぃっ!」

「避けるな!」


 避けなかったら犠牲は俺のアホ毛だけじゃ済まなかったところだ。

 振り抜いた剣は、そこそこの立ち木をへし折るように薙ぎ払われ、風圧で木の葉が舞った。


「待ってくれ、話を聞いてくれないかお嬢さん!」


 両手を上げて降参のポーズを取りながら叫ぶと、言葉が通じたのか剣を振るう手を止めてくれた。


「べ、別に女の子扱いされたから殺すの止めるんじゃないんだからね?」


 ツンデレだと!?

 このゴリラがツンデレだと!?

 いやまて落ち着け、まだ違う可能性はある。

 平常心を保ちながら問いかける。


「村の人から、腕の立つ旅人が居るときいてやってきたんですよ、あの、お名前は……」


「私の名前は、プリン=プリム・プリンよ」


 奇しくもゴリラの正式名称のように聞こえるが、確かに俺が書いた二人目のヒロインの名前に相違そうい無い!


 えっへんと胸を張るその姿を改めて見る。

 良く見ると確かに人間ではあるようだ。

 しかし木陰でそのシルエットだけを見ると、明らかに人間の骨格には見えなかった。

 身長は150cmくらいだが、その腕は俺の足より太い。

 言うなればドワーフの女の子という感じか。


「なによ、アンタは名乗りもしないでエッチな目でじろじろ見るわけ!?」

「神に誓ってエッチな目で見ていません」


 俺のこの生気の無い眼球を見よ。

 そんな気持ちは微塵もない!


「俺の名前は入間いるま文章ふみあきだ、昼寝しているところ邪魔したな」


 俺は颯爽さっそうきびすを返す。

 ヒロインがゴリラはダメだ。

 どうしてこうなった俺の書いた世界!


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 親指と人差し指でちょこんと裾を掴まれた。

 それだけなのに前に進めない。力強い!!


「えっと、起こしたお詫びに、アンタの持ってるリンゴで許してあげるわ」

 頬をそめて、うつむきがちにつぶやくプリン。

 同時に彼女のお腹の音がなる。


「別にお腹がすいてるから食べ物恵んで貰おうっていうんじゃないんだからね!」

 さらに真っ赤になりながら付け加える。


 いや、その力強い裾引っ張りはもはや強盗ですよ?

 一歩も前に進める気がしないんですが。


「これでいいなら、君にあげるよ」

 俺は努めて笑顔で対応した。

 頬は少し痙攣けいれんしてたかもしれないが。


「ありがとう、アンタいい奴ね」


 そう言葉にしながらも、手に取ったリンゴを丸齧まるかじりしていく。

 野性味がすごい!!


 あっという間に平らげてしまう、かと思ったところで彼女の手が止まる。


「これだけ齧った跡があるんだけど」

「すすすすすみません、さっき味見で一口齧ったものをお渡ししてしまったようです!」


 いやぁ、殺気を感じたね。

 丁寧な対応で怒りを納めないとと思ったわけよ。


「食べて……いいの?」

「食べかけでも構わないのであればどうぞどうぞ!」


 野生生物から食べ物を奪うとどうなると思う?

 考えたくないね!

 許可を出したからか、齧りかけのリンゴも口に入れて租借そしゃくしてしまった。


「気に入ったわ、アンタ私の仲間になりなさい!」


 食べ終わったと思ったら立ち上がって叫び始める。


「私ではなにぶん力不足で……」

「はぁ? 私が良いって言ってるのよ? それとも私と一緒じゃ嫌だっていうの!?」


 ヒロインがゴリラなのは嫌だ!

 だがそんなことを言えないっ!


 俺は。

 強いものに巻かれた。


 項垂れる俺を尻目に、てきぱきと夜営道具をしまってゆく。

 なんだか機嫌が良さそうなのが不幸中の幸いか。


「ほら、はやくアンタの仲間のところに案内しなさいな」


 そういいながら案内役の俺より先を進んでゆくプリンに仕方なくついてゆく。

 これからどうなるんだろう。

 俺ははらりと涙をこぼした。


「食べかけのリンゴ。間接キス……よね」


 そんな小さな呟きが俺の耳に入ることはなかった。

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