朝食とスハスハ
「おはようございまーす」
機嫌の良い挨拶と共に、宿屋のドアが開け放たれた。
「おはよう、良く眠れたかい?」
対する俺の表情も晴れやかである。
勘の良い読者の皆様に置かれましては、朝方プリンかアドルフに昨晩の現場を目撃されて、ひと
そのくだりはオープニングで消費した!
つまりここは、寝返りと共に解放され、事なきを得たのである。
「朝起きたらローラさん居なかったのですが、こっちに来られていたのですね」
洗顔を終えたのだろうか。
髪を後ろで束ねタオルを首にかけているプリンが、未だ俺のベッドで眠っているローラレイを見ながら言う。
「ああ、俺は夜のうちにやっておかなければならないことがあったから、ベッドを貸したんだよ」
「ふうん……」
プリンの視線が冷たい。
別に俺からはなにもしてないぞ?
「二人はずっと幼馴染みだったからな。住み慣れた家を出てまだ三日目。寂しくなったのかもしれないね」
俺はありそうな設定を作り出して、お茶を濁した。
「そのアドルフさんはどこへ?」
「日課の修行だよ、太陽が上る前から外へ出掛けていったぞ」
彼の
我ながら簡単に”日課の朝練は欠かさない”などと文章に残したが、実際にそれをやっている彼を見ると、適当に書いたのが申し訳なくなってくる。
「それで? フミアキは夜中じゅう何をやってたの?」
「今後の旅の予言だよ」
本当は手帳に書き込んだものがこの世界へと反映されるシステムの検証。
前回のスライムの設定の際に、途中までしか設定が反映されなかったり、急に残りが反映されたりと、とにかく謎が多い能力だ。
しかし絶対に法則はある筈なんだ。
それと、今後の展開も考えて、この街の設定を少しいじっておいた。
「予言?」
「昨日、飲み会の席で俺の職業は予言者だと伝えた筈だが?」
「別に忘れてる訳じゃないのよ……」
完全に
「まぁいい、アドルフが帰ってきたら、朝食がてら今後の方針について話すことにするよ……顔洗ってくる」
「じゃあこれ、使いなさいよ」
俺が立ち上がると、プリンは首にかけていたタオルを渡してくれる。
「宿屋の店主に言えばお湯を沸かしてくれるわ」
「サンキュー」
プリンは素直じゃないけど、気が利くしいい子なんだよなぁ。見た目はゴリラだけど。
ちなみに当初からゴリラゴリラと言っているが、ちゃんとした人間ではある。
しかし、その筋肉は肥大し服の上からでもその太さが分かるほどだ。
「身長を越える大きな剣を振り回すと書いたけど、それに見合う筋肉だとあんな風になっちゃうかなぁ」
俺はラノベで同じような設定のキャラクターを見たことがあるが、それはもう
イメージの上ではそう書いたのに、どうしてこうなった!?
ただし、それを本文に書いたかは定かではない。
自分が分かっている設定も、書かねば読者に伝わらないのと同じで、この世界にも反映されなかったというのが今の見解だ。
「しかしどうしてだ……」
俺を悩ます今一番の問題。
手帳を開くと”プリンは
「どうしてこれが反映されない」
文字数制限ではない筈だ。
街の設定よりも前にこの文章を書いたのに、これだけ残っている。
「反映できない設定もあるのか……こりゃぁまた謎が増えちまったな」
ロビーの椅子に腰掛け、一人ぶつぶつと呟いていると、宿屋の玄関からアドルフが帰ってきた。
「よう、何やってんだフミアキ」
「宿屋のオヤジに顔を洗うお湯を沸かしてもらってんだよ」
「なんだお前、気が利くじゃんかよ、汗だくなんだよ」
そう言うと、俺の首にかけられたタオルを奪い取り、厨房へ歩いていった。
「いや、お前のじゃねぇよ」
少し落ち着いたところで、二階の部屋から女性二人組が降りてきたので、そのまま朝食をとることに。
「ごめんなさいフミアキさん、私寝ぼけてベッドを奪ってしまったみたいで」
恥ずかしそうにローラレイが頭を下げてくる。
「いや良いんだよ、俺はずっと起きてたから」
しばらくオチてたのは秘密にしておこう。
「おい、寝てるローラに変なことして無いだろうな!?」
「アドルフは紳士に向かって何を言ってるんだ、あるわけ無いだろう」
自分からはね。
「まぁそれなら良いけどよ……」
「部屋割りの話はさておき。今後どうするかについて考えておかないか?」
俺は
といっても、この話はわりと大事なことで、皆も真剣に話に参加してくれた。
「ああ、ひとまずは王都デッケーナへ向かおうと思ってる」
ああ、そう言えばそんな変な名前の王都ありましたね。
「ローラレイはそこの産まれだったよね」
「はい、訳あってビギナーの村で生活していましたけど、あと、その……」
歯切れの悪いローラレイは、こちらを向いて上目使いをしてくる。ドキドキする!
「フミアキさんて、私のことローラレイって呼んでくれますけど、愛称で呼んでも良いんですよ?」
なんだよこの子! 可愛すぎる!
「しかし、ローラレイもさん付けで話すじゃないか」
「それは、フミアキさんが年上だから……」
なんとも奥ゆかしい娘である。
「いいよ呼び捨てにしてくれ、俺もローラって呼ばせて貰うから」
恥じらう頬が赤見を帯びていて、それより赤い唇がプルンと紡ぎ出した俺の名前。
「分かったわ、フミアキ」
その言葉に魂が抜けたが、脱け殻はニヒルにスマイルしていたので誰にも気付かれなかっただろう。
録音しときたい。
そのやり取りを、アドルフとプリンの両名が、明らかに不機嫌さを醸し出しながら見ていたので、話題を戻すことにした。
「俺の予言に基づく提案を聞いてくれ」
昨日の夜、まずはこの街の名産を決めた。
それは昨日飲んだワインだ。
名産が出来れば、それを外の街へと貿易するだろう。
となれば、商業キャラバンを組むだろうし、その護衛も当然必要になる。
「ワイン輸送のキャラバンに同行するわけね」
プリンが感心したようにこちらを見上げてくる。
「そうだ、自分達も荷馬車に乗せて貰えるし、護衛料も入って一石二鳥だろ?」
「本当だ、どうして昨日までそんなこと思い付かなかったんだ」
すまんアドルフ、いくら切れ者のお前でも交易がない街にいれば思い付きはしないだろうよ。
「割れ物を運ぶからそうスピードはでないが、交渉次第では寝床も食べ物も困ることはないさ」
俺の提案に3人とも二つ返事で乗ってくれたので、話は早かった。
「じゃぁ朝飯も食ったし、俺は早速行ってくるよ」
立ち上がる俺の袖をプリンがちょこんと引っ張る。
力強い! 何で人差し指と親指でそこまで力が出るんだよ!
俺はよろけながらも笑顔で聞く。
「どうしたんだプリン」
「あ、えっと、貸したタオル返して行きなさいよ」
「そうだった、ごめん」
結局俺が使うことはなかったが、アドルフから返却されて、パーカーのポケットに突っ込んだままだった。
俺は慌ててそれを引きずり出す。
「じゃぁ行ってくる」
「フミアキ、タオルに何か挟まって……!!」
ポケットから引っ張り出したときに俺の大事な手帳が一緒に付いていったらしい。
「すまんすまん」
俺はもう一度方向を変え、手帳を取りに戻る。
そして差し出されている手帳を受け取ろうとして、引っ張り負ける。力強い!
「俺の大事なものなんだ、渡してくれるか?」
プリンは頭を縦に振ると、今度は素直に渡してくれたが、目を合わせようとしない。
いったい何なんだこの反応は? 大学時代は陽キャだった筈の俺でも
やっぱり現実には居ない「ツンデレ」などという人種は、リアルに居ると理解できないな。
「それじゃ行ってくるわ」
俺は手帳を持った手を頭の横で振って挨拶すると、そのまま部屋を出ていった。
さて、出だしはうまく行かなかったものの、交渉は簡単に済んだ。
今現在この街に居る流れ者は俺たちくらいのものだからな。
誰も護衛が居ない場合は自警団などを募って輸送するのだが、男手が減ると街は困るだろう。
そんなわけでこちらも二つ返事で依頼を受けることが出来た。
もう積み込みは終わっているので、正午くらいには出発できると聞いて、俺は急いで仲間の元に戻った。
男性の部屋に戻ると、丁度アドルフとローラレイが荷造りをしているところだったので、昼には出発する旨を伝えた。
彼らに至ってはほとんど持ち物がないため、問題はないだろう。
「プリンは?」
「自分の部屋で準備してるみたいよ、荷物が多いから時間掛かるって言ってたわ」
確かに、一人で夜営できるようにテントや雨避け布を持っていたのを思い出す。
とはいえ慣れているので俺が始めに会ったときのようにテキパキと用意できそうなものだが……
「様子を見てくるよ」
廊下に出て奥に進む、2部屋隣のはす向かい。
全部で6部屋ある宿だが、俺達以外は泊まっていない。
でも、特産品が出来れば、他の街から買い付けに来る人が泊まったり、観光客も来るかもしれない。
少しはここのオヤジにも孝行が出来そうだ。
「プリン居るか」
女性の部屋に入るのは、少し緊張する。
とはいえもう出掛ける準備をしているだろうし、着替えにバッタリなどという時間でもないだろう。
返事はないがそっとドアを押し開けてみる。
向こうを向いてプリンが椅子に座っているが、先ほどの声掛けは聞こえなかったらしい。
「はぁっ……
身悶えしながら足をバタバタさせている。
「誰が華奢な女の子なんだ?」
ついその独り言に返事をしてしまった。
プリンは両手で持ったタオルを顔に当てて、鳩軍団に豆ランチャーを食らったような顔をしている。
「ふみっ、ふみっ! フミあっここで何して……」
「出発が正午になったから、急いで支度してくれって連絡に来たんだよ」
「ふっ、か、勝手に……」
「すまん、声は掛けたんだが……プリンは何をやってたんだ?」
「なななん何でも良いでしょ、出てってよこのバカぁ!」
ものすごい剣幕でその辺のものを掴んでは投げてくる。
「ご、ごめんって! 痛いっ、いたたた」
ほうほうの体で逃げ出す。
準備を促しに行って、まさかの散らかしてしまった。
「いてて、何なんだよあいつ」
きっと気に
「そう言えばあいつ、タオルをスハスハしてなかったか? そうか、何だかんだ言ってやっぱり勇者の事が気になるんじゃん」
あのタオルはアドルフが使ったものだ。
その匂いを嗅いで悦に入るとは。
確かに自分の性癖を他人に見られるのは嫌だな。
これは俺が悪かった。
この事は俺が墓まで持っていくことにしよう。
「アドルフも隅に置けないな。華奢だとか、彼女が喜びそうな言葉を裏でこっそり言ってんのか」
俺はニヤニヤが止まらない。
元の作品ではあまり恋愛模様は描いてなかったが、やはり年頃の男女が一緒に旅をするとなると、こういうことも自然発生するもんなんだなと。
「英雄色を好むかぁ、そう言う話を書くのも面白いもんだな」
元の世界に戻れたらこの体験を追記してやろうと心に決めた。
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