第6話・夏、3
それから私は後宮を出て
「顔を上げよ」
声と態度に覚えがある。
顔を上げれば、そこにはやはりといった人がいた。薄紫色の
ふと、視線が絡み合う。
青白く澄んだ白目が、星空を宿した藍色の瞳をくっきりと縁取っている。その瞳には、小さな私が映り込んでいた。
相変わらず、美麗な人だ。
あらためてその美貌にうっとりしていると、背後に立つ大柄な武官に気付き、私は慌てて表情を引き締めた。
「これは、陛下」
時の皇帝陛下、
まさかの鉢合わせだ。動揺が顔に出ないよう、なるべく表情を消して挨拶をする。
背筋が伸びる。声色も気をつけなければ。
「そなた、名は」
不意に名前を訊ねられ、心臓が跳ねる。
「……
危うく本名を言いそうになる。
危ない危ない。ついうっかり口を滑らせるところだった。
「暁明。少しいいか。実は、そなたに話があるのだ」
「は……話?」
ちょうど良かったとは、なんだろう。
私は首を傾げながらも、陛下とお付きの武官の後に続いた。
陛下は執務室へ入ると、お付きの武官を下がらせた。
「えっと……これは?」
嫌な予感しかしない。
正真正銘、執務室に二人きりになる。これは、どういうことだろう。私はまだ官吏になりたてで、目立った成果もなければ、特別陛下の覚えがあるわけでもないのに。
「あの……陛下?」
声をかけると、陛下がくるりと振り返る。陛下はゆっくりと一度だけまばたきをする。
「そなた、昨日
どきり、と心臓が弾む。ばくばくと激しく鳴り始める鼓動に、全身から、冷や汗がぶわっと吹き出る。
「おかしいな。後宮は男子禁制のはずなんだが」
まずい。疑われている。なんとか誤魔化さなければ。
「……まさか、そんな。私はしがない文官でございます。陛下の花園に入るなど、そんなこと有り得ません」
すると、陛下は大きく一歩足を踏み出して、私に近付いた。耳元で、ひっそりと囁かれる。
「そなたと、
冷や汗がだらだらと背中をつたった。
「……あ……はは。まさかまさかです。陛下が見られたのは、きっと私のそっくりさんです。昔からよく、女に間違われたりするので」
「ほう……そなた、私の間違いだと申すか」
「そ、そういうわけでは……」
目が泳ぐ。陛下の目が細められる。
いけない。無になれ、私!
「おかしいな。はっきりと、この目で見たんだが」
「う……」
ここにきて、上手い言い訳が思い付かないなんて。考えろ、私!
ぐるぐると頭の中をかき混ぜていると、陛下が音もなく立ち上がった。
「では、確かめよう」
「へ?」
「そんなに言うなら、今ここで確かめればよいのだ。脱げば分かることだからな」
陛下は目をすっと細めて、口角を上げた。
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