第31話 串刺し公
柔らかなソファ、双子の姉妹に挟まれてファルシュは座っていた。
食事を終え、先ほどオズに話していたソフィアとの出会いからを二人へと語っていたが、ふと気が付けば彼女たちはファルシュの体へと体重を預け眠ってしまっていたのだ。
彼女たちについて気になることは多々あるが、しかしまだ出会ったばかりの己が踏み込むべき領域なのだろうか。
悩み、そして教会で幼い子たちの相手をしたあの日々に少しの思いをはせながら、二人の柔らかい髪をなでていた時だった。
小さく床のきしむ音、蝶番の擦れるかすかな音とともに背後から聞き慣れた声がかかる。
「随分仲良くなったみたいですわね」
二時間程度ぶりだろう、ソフィアの姿があった。
「ソフィア! はい、今水を用意しますからそこへ。ごはんは食べられそうですか?」
「ええ、少しだけ頂けるかしら?」
双子たちの間からそっと抜け出し、空いていたグラスへと水を注ぎ手渡す。
二時間ぶりの水分補給はさぞ沁みるだろう。喉を鳴らして中身を空ける彼女を横目に部屋を抜け、先ほどのあまりへ少しだけ水を加え火を再点火する。
深手の器と木のさじを手に戻ってきたファルシュが見たのは、双子を眺め物思いに沈む少女の姿だった。
「気になりますか」
「どれくらい聞き出せましたの」
「なにも。ただ……食生活はまともではなさそうですね」
時々相槌を打ち食事を進めるソフィアの前でファルシュは語った。
ドロシーとオズの食生活、彼女たちの知識の欠落。
「どうしますか」
「どうしますか……って、ファルシュ貴女この子たちを連れていくつもり?」
「森の中で二人、食事もまともに与えられていないんですよ!?」
この部屋のソファを見るだけでもわかる、大の大人が五人は座れるだろう。
それに屋敷自体のサイズ、部屋の数、何を見ても明らかに少女二人のためだけに用意されたとは言い難い。彼女たちはおそらくこの屋敷で幽閉に近い状態にあった。
今は彼女たちも目に見えての疲弊はない。
だがこの食生活、そして魔石式コンロの使い方すら知らぬ状態で長く幸福な生活を歩めるなど、さすがのファルシュでも想像できなかった。
少女たちを自分たちが連れていく、一般的な生活とはかけ離れているが今よりは断然マシだろう。
「ファルシュ……もう忘れてしまったのかしら? 私たちも追われる側であるということを」
「あ……」
ため息とともにかけられたソフィアの言葉。
茶髪の軽薄な男の顔がよぎる。
ルアモ。
ソフィアを狙ったあの男は、特段躊躇うこともなくファルシュの体を乗っ取り暴れ回っていた。
たとえドロシー、そしてオズだろうとそれは変わらないに違いない。
なによりあの男もカードを持っていた。もしカードの噂話を知っていたのなら……なおのことオズやドロシーへ仕掛ける可能性が高かった。
「……あまり気が進まないんですけど、教会に連絡しましょうか」
実は手段が一つしかないわけではない。
以前、許容量ギリギリということでファルシュのところでは受け入れることが叶わなかったが、捨て子を何度か別の支部へと女教皇様が連れて行ったこともあった。
教会、つまりファルシュが勝手に家出してきた場所に電話をすれば、おそらく彼女たちを保護してもらうことはできる。
が、勝手に飛び出してきた場所へ連絡をするのはどうにもばつが悪い。
そして自分が保護できない理由が、狂人に追われているため巻き込まれてしまうかもしれない、というのもなおのことだ。
「はぁ……そんな顔をしないの。何も一切関与しないだなんて言っていないでしょう」
かたり、と少女が木さじを置いた。
彼女は口元をハンカチで拭い、少し意気消沈したファルシュへと視線を向けると、呆れた表情をわずかに浮かべて肩をすくめる。
「飢えた人間がいるのなら魚ではなく釣り方を与えなさい。連れて行って常に加護は難しくとも、街まで行ってダンジョン協会での換金や、基本的な買い物の方法くらいなら教えるのもやぶさかではありませんわ」
「ダンジョン協会って……幼気な双子を戦わせるんですか!?」
「私もいたいけな、そして貴女も……まあ貴女はともかくとして私もうら若き乙女ですわ」
「ともかく!? 私もうら若き乙女です!」
すくりと立ち上がり、机へと両手を軽く当てたファルシュへ帰ってきたのは実に冷たい目線と、二人が起きますわよ、の一言のみ。
ファルシュ自身のうら若き乙女には何も返さず、淡々とソフィアは話を前へと進めた。
「ねえ、覚えているかしら? ここに来た時、ドロシーは魔石をためらわず使っていたことを」
「え、ええ……」
覚えているも何もたった数時間前のことだ。
透き通って青い姿をしたドロシーの分身が、彼女の掛け声とともに方々へと散っててきぱきと働きだしたのは。
魔力がないはずの彼女が持っていたのは、ソフィアと同じ黒いカード。
そしてカードにおいて『
なるほど。確かに思い返せばあの時ドロシーが握っていた杖には、魔石が嵌まっていた気がする。
そして実に慣れて堂に入った振る舞いであった。
「オズもそこまで驚いていないということは、おそらく彼女は日常的に魔石を使っているということでしょう。燕麦しか届かないにもかかわらず、一体どこで魔石を補給しているのでしょうね」
さすがにこの程度ならわかるだろうと送られた視線。
全く分かっていなかったファルシュは顎へ手をやり、必死にわからない信号を送ってきた脳みそをフル回転させた。
まず魔石には様々な入手方法がある。
地中で結晶化したものが産出することもあるし、一般的な生活であればいずこかの店で購入することが主だろう。
だがこんな場所で生活し、コンロの使い方も知らぬ少女たちが入手する方法となれば、そう――
「――近くにダンジョンがあって、ドロシーさんはそこで戦っている?」
「潤沢に魔石を使えるほどの戦う力があるなら、協会で二人の生活費程度なら簡単に稼げるでしょう?」
協会は社会におけるセーフティーネットとして働く構造上、特例として様々な登録や確認が免除されている。
その免除されっぷりときたら、見るからに怪しいソフィアですらちょっとしたやり取りで登録できるほどだ。
見た目は幼いがなるほど、戦闘能力の保証さえされるのなら低ランクのダンジョン程度には問題なく侵入を許可されるに違いない。
「ソフィア……! さすがです! それです、いやそれしかありません!」
「ぐぇ」
ただ与えるのではなく知識を身に着けさせる。
これはファルシュ一人では決して考えにすら上がらなかったことだ。
やっぱりソフィアについてきて正解でしたね!
みしみしという胸の内の少女をより一層強く抱きしめ、ファルシュは出会いの幸運を再び噛み締めた。
.
.
.
「と、いうわけでドロシーさん、オズさん! 私たちとダンジョン協会へ登録に行きませんか?」
「貴女たちにとっても悪い話ではないと思いますわ」
寝ぼけ眼をこする二人へ軽い話をし、二人の意思を訊ねる。
あまり一か所に留まり続ければあの男が現れてしまうかもしれない、という焦りから唐突ではあるものの、ファルシュはできる限り真摯に話をしたつもりだ。
経過から言えば双子の様子はとても興味深げであり、つかみは上々に思えた。
しかし最後の最後、ドロシーの眉がへにゃりと曲がり、オズは悲しそうに目を伏せて首を振ってしまう。
「ごめんねふぁるふぁる」
「それはできないわ」
「……できれば、無理な理由を教えていただけませんか? ほかの案を考えてみますから」
断られる可能性は、十分にあった。
彼女たちがこの豪邸に、精神的であろうと囚われているのは明らかだ。なにせドロシーは家から出られるのを確認済みだ、だが何故かとどまっている。
けれど何も放置などできるはずもない。
ふとしゃがみ込み、双子の目線へと高さを合わせる、
「出会ったばかりであれもこれも話せ、だなんて難しいのは当然です。でも私たちはオズさん、ドロシーさんの力になりたいんです。一日泊めてくれる恩ですから」
「ふぁるふぁる……」
ドロシーが自身のつま先、そしてファルシュの顔へ何度も、なんども視線を往復させる。
口を開き、閉じ……そしてがばりと大きな口を開け、ついには震えながらも大きな叫び声をあげた。
「あっ、あのね! 本当はっ」
それは、誰一人として接近に気付くことがなかった。
「客人。悪いが踏み込み過ぎたな」
白髪の男。
鈍く光る紅い瞳で客人の二人を睨めつけ、大きな掌でドロシーの口を塞ぎ
――ドロシーの背後から、冷たい輝きを放つレイピアを突き刺した。
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