第30話 オートミールは味付けをするとうまい
「ふぅ……」
部屋を出てすぐ、ファルシュは小さくため息を漏らした。
それはソフィアが放った言葉故か、それともこの屋敷の雰囲気からだろうか。
各所の照明で光量自体は保たれているものの、ところどころにある窓はカーテンでぴっちりと覆われており、どうにも拭いがたい閉塞感を感じてしまう。
ドロシーとオズ、二人とも明るい雰囲気を放つ少女たちには似つかわしくない。
「いらっしゃいお客さま」
はた、と意識が現実に帰った。
いつのまにか白色の少女がファルシュの後ろにいた。
「館を案内するわ、ずっと部屋にいるのも退屈でしょう?」
「あーっと、確か……オズさん、今日はありがとうございます」
膝を曲げ、目線を下げて笑いかける、彼女のことはここに来るまででドロシーから聞いていた。
ファルシュの言葉にオズはパっと目を輝かすと、両手を合わせて黄色い声を上げた。
「貴女ドロシーと見分けがつくのね! 凄いわ!」
「いやぁそれほどでもあります、実は髪型と服装で見分けてるだけなんですけどね。ハーフアップ、とってもかわいいですよ」
オズとドロシー、本人が見分けたことを驚くだけはあり、その幼くも整った顔つきは似通っている。
しかし白を基調とした服装のドロシーとは対照的に、オズの服装は黒がベースのゴシックロリータだ。
そしてなによりドロシーのロングに比べ、オズの緩く編み込まれたハーフアップは特徴的だろう。
「私の髪形は朝にドロシーが編んでくれるのよ! 昔からずっとそう!」
髪型を褒められたのがよほどうれしかったのだろう、先ほどよりワントーン高くなった声を張り上げ、オズは自分の髪をなでながら笑顔を浮かべる。
「とても姉妹仲が良いんですね」
「当然よ! ドロシーはいつも私と一緒だもの!」
今年シスターの見習いになったイミティアは最近どんどん身長が伸びていた、今頃はどれくらい伸びているだろうか。
目の見えないシャムは杖を壊してしまってからというもの、よく机の脚や本棚に足の小指をぶつけていたけれど、前渡した新しい杖をまだ大切にしてくれているといいが。
思えばオズとドロシーのように、シスターはみなファルシュと同じ金髪金眼だった。
だからだろうか、この姉妹を見たり、会話を交わすとファルシュの脳裏にはあの教会が思い浮かぶ。
戻りたいか、と言われればすこしだけ。
生まれた頃からずっと一緒だった人たちがいるあの場所は、当然心地がいい。
けれど今のこの生活も――ルアモという面倒な人間に絡まれてしまったことを除けば――ファルシュにとってはなかなかに興味深い日々が続いている。
それになにより、きっと戻れば女教皇様からとんでもない大目玉を食らう。
あの黒い目をつんつんに尖らせ、白髪の混じった黒髪を逆立てて叱られてるだろう。
「ねえ、あなたたち二人で旅をしているの?」
下を向いていた視界へ赤い少女の瞳が覗き込む。
いつのまにかオズの話は終わり、彼女の好奇心が向かう先はソフィアやファルシュへと向かっていた。
「そうですね、とはいっても旅を始めたのは割と最近なんですが」
「シスターさんは酷い人たちだって聞いていたから、貴女みたいに話しやすい人がいるなんて思ってもいなかったわ! ねえ、それならきっとおもしろい話もいっぱい経験してきたでしょ? なにか聞きたいわ!」
「お、面白い話ですか!? えー、えーっと……」
何か面白い話をしてくれ、と言われてもそうほいほい出せるものではない。
ちらりと再び視線を下げると、そこには随分と楽しそうに歩くオズの姿。
何もありません、と答えるのはいささか気分が良くない。
面白い話オモシロイハナシ……あまり血なまぐさい戦いも微妙で、それなら話せそうな話は――
「――そうですね……うーん、色々ありますがやっぱり一番最初に出会ったときは衝撃的でしたね」
「ふぅん? やっぱりシスターさんだし教会で、とか?」
「いいえそれが私、実は家出をしてきていましてね? ふらふら歩いていたら夜中の公園でソフィアと出会ったんですけど――」
話というものは実に困ったもので、何を話すか考えるときには全く思い浮かばないものの、いったん何かを口にしてしまえば次から次にあふれ出る。
時にオズのコロコロとした笑い声を拍車に、ソフィアと出会ってからの日々を語るファルシュ。
しかし二度ほど曲がった廊下の端、もう一人の白い少女が扉を抜けて姿を見せた。
「あっ、見てドロシーよ!」
相手もオズの少し張った声でようやく気付いたようで、ちらりと振り向いてから笑顔とともに大きく手を振った。
「あらオズ、それにふぁるふぁるちょうどいいところ! これから準備をしようと思っていたのだけれど、貴女お昼はもう済ましたのかしら?」
「ドロシーさん! いいえまだです、それなら私も手伝いますよ!」
「ふふ、大丈夫よ! 対した手間もかからないもの!」
どうやらドロシーの出てきた扉はキッチンへつながるものだったらしい。
ちょいちょいと招かれるがまま二人で彼女の元へ近づき、共に中を覗き込んでファルシュは絶句した。
「……お二人は普段、いえ、朝昼晩とこれを?」
キッチンの中は随分と綺麗だった、綺麗が過ぎた。
台所というものは料理をすればどうしても汚れるものだ。
ガスであろうと火を使えば天井には多少のすすが、油跳ねが、シミが。
しかしそこには何もなかった。
オートミール。
燕麦を潰す、あるいはカットしただけの物。
その台所には大袋に包まれたオートミールが山積みにされ、少女たちはそれにただ水をかけふやかして食べていたのだ。
「ええ……何かお気に召さないことでもあったのかしら?」
「いえ……私も以前はよくこれを食べてましたが……ほかの食材などは?」
「ないわ。これが時々届くのよ」
ドロシーが不思議そうに首をひねる。
横のオズもきょとんとした顔をしており、彼女らにとっては本当にソレが普通の食事なのだろう。
確かにファルシュも教会で暮らしていたときは、オートミールを食べていた。
薄味でどろりとしたそれは子供のころから変わらないままで、ソフィアと出会うまでは疑問にすら思わなかったけれども、一般的な食事を理解した今となってはなかなかに苦痛だ。
食べる喜びなんて何一つない、これでは生きるためだけの食事じゃないか。
「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
たしかまだ大根やベーコンが余っていたはず。
それとコンソメのキューブに、胡椒とチーズもあった方がいいだろう。
冷蔵庫の中身を手早く思い返し踵を返すファルシュ、今はソフィアが眠る部屋へと駆け足で戻り、食材とナイフ、そして魔石を一つ手に再び二人の元へとすぐに帰る。
「あら、お帰りなさい。ふぁるふぁる、貴女どこに行っていたの?」
「ふふ、せわしないわね。まるでドロシーみたいだわ!」
「ただいま戻りました! 待っていてください、すぐに作りますからね!」
長らく使われていなかったのだろう、端の若干錆びた鍋に片っ端から手の上で切った食材を放り込み蓋を閉じる。
そして同じく灰をかぶっていた魔石式のコンロに魔石をはめ込み、とろ火で煮込めば悪くないにおいがすぐに漂ってきた。
「ああ、それってそうやって使うのね! 火ってなんだか怖くて……ずっと放置してたの!」
「ドロシーはそれで前髪を焦がしてたじゃない、無理に触れない方がいいわ!」
「二人とも危ないからあまり動き回らないでください! 怪我しちゃいますよ!」
きゃっきゃと子猫が付きまとうように、ふたりとも鍋を見るファルシュの周りを歩き回っている。
「ねえ、もうできた?」
「出来ましたよ。ダイニングに運んで……」
「せっかくだからここで食べましょうよ! ふぁるふぁるが来たから今日は特別だわ!」
ドロシーの提案は本心か、それともただ自分が待ちきれないだけなのか。
おそろいの赤いお椀によそわれた粥をうけとったふたりは、こくりと頷くとファルシュの言葉も待たずに木のさじを口へと運んだ。
「おいしい! 暖かい食事ってとっても
「ドロシー、もう少し落ち着いて食べなさいな! ねえふぁるふぁる、これもう一杯って……頂けるかしら?」
「もちろんです、どんどん食べてください」
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