知らない人の家について行ってはいけません

第28話 モノクロガールズ

「っく……」

「いったん休みましょう」


 木漏れ日の中、道端に見つけた倒木に腰掛ける。

 鞄から取り出したタオルで汗をぬぐい、そして買い込んできたペットボトルのお茶をこくりと飲み干し、ちいさく息を吐きだす。


 鞄を受け取った翌日、私たちはあの街を出ました。

 出会った人たち、場所、物。あれこれと後ろ髪を引かれるような気分はありましたが、ソフィア、そして私自身もルアモに狙われているとなれば、一か所に留まることはできません。


「あるけどあるけど草と木ばかりですね」

「山道ですもの。おそらく今はこのあたり、次の街までは……おおよそ二十キロはありますわね」


 コンビニで買ったはいいが随分と並べられて時間が経っていたのだろう、日に焼けた地図を広げソフィアが嘆息した。

 私たちがあの街を出てから既に三日が経過している。

 常に稼働し続け、野宿を繰り返しているためソフィアの傷の治りは遅々として進まず、いまだに彼女は時折顔をしかめていた。

 しかし何を聞いても、


『大丈夫ですわ』


 の一言。

 ソフィアが口にする文面を素直に受け取るには、あまりに前科がありすぎた。



「ねえねえお姉さんたち」



 誰もいない山道。

 だったはずのそこに、鈴を鳴らすかのように軽やかな声が響いた。


「おわっ!?」


 少女だ。

 ソフィアよりなお幼い。しかしことさら目を引くのは、その色を忘れたような純白の髪と、にっこりと弧を描く深紅の瞳だろう。

 やはりその髪と同じく色のない日傘をさした少女は、この深緑が満ちた空間にいるにはあまりに不釣り合いに思えた。


「あ、貴女は……?」


 はて、こんな子がなぜここに?

 いや、それどころか気配すらあっただろうか?


 怪訝な表情を浮かべるファルシュの横で、ソフィアはワンピースのポケットへと静かに手を滑らせる。


「私はドロシーよ、お散歩中なの! 二人はどうしてこんなところを歩いてるの? ここら辺はめったに誰も通らないのに!」


 だが二人の警戒など気付いていないようで、今にも歌いだしてしまいそうなほど機嫌よく語りかけてくる。

 くるり、くるりと日傘を回しながら口を開く姿は見目の年相応であり、警戒に値するほどの何かは感じえない。


 散歩中。

 つまり家が近い、ここいらの住人だろう。


 ファルシュが視線を向けるとソフィアは小さく頷き、ポケットから手を抜いて少し強張らせた肩の力を抜いた。


「えーっと……二人で旅をしていまして」

「ふぅん。でもそっちの人は大丈夫な? すごく顔色が悪いわ、それに少し血の匂いもする」


 にっこりと笑って・・・・・・・・小首をかしげるドロシー。

 腰ほどまである白髪がさらりと流れる。


「……歩いている途中、つまづいて怪我をしてしまいましたの」

「まあ、それは大変ね! もしよかったら私の家に来ない? 今日一日でも休んだら全然違うと思うわ!」


 突然の申し出だった。

 にこにこと素直な笑顔を向ける少女の言葉に他意はなく、純粋にソフィアの身を案じているのだろう。


「ありがたい申し出ですけれど、さすがにそこまでは」

「ソフィア、泊まりましょう」


 すっかりソフィアが断り切ってしまうより早く、ファルシュの声がそれを遮る。

 彼女ならば断わるだろうことは分かっていた、だが彼女の体調はそれを許さないだろう。

 なによりここから二十キロとなれば当然今日中に街へたどり着くことは厳しい、それならば少女の邸宅へと招かれた方が間違いなく良い。


 それに何より、さすがにここであの男ルアモが襲ってくることはないはずだ。


「それに自分でも言ってたじゃないですか、厚意を無碍にするのもよくないって」


 うぐ、とソフィアが詰まる。

 自分で口にした言葉だ、容易に投げ捨てることもできまい。

 結局彼女はなにか言い訳をせんと口をもごつかせていたが、自分の体にまとわりつく苦痛も耐えがたいものだったのだろう、渋々とその首を縦に振った。


「このあたりに住んでるんですか?」

「そうよ、お姉さまと妹もいるわ!」


 山道を登るさなか、少女は天真爛漫に口を開いてはあれこれと会話に花を咲かせた。

 姉妹がいること、好きなことはひとりで散歩をすること、蜜が吸える花の咲く場所、そして実のところ彼女らもここらには引っ越してきたばかりだということ。


 ソフィアとファルシュが己の名を告げるだけで大はしゃぎした彼女は、実のところ今まで友達というものがいなかったらしい。


「ふぁるふぁる! ふぃー! 急いで!」

「ふぃーってもしかして私のことですの?」

「かわいいあだ名だと思いますよ」


 小さい坂を上り切った先、今まで密集していた木々が途切れた日の下で少女が手を振る。

 納得がいかないと額にしわを寄せたソフィアに笑いかけながら、彼女のもとへと漸くたどり着いた二人はその景色に目を見開いた。


「ここよ!」


 家だ。

 いや、一般的な家と称すには大きすぎる、赤い屋根の立派なレンガ屋敷といった方がいいだろう。

 ドロシーの身に纏う緻密なロリータファッションから薄々感づいていたが、どうやらここの住人、随分と金銭的に余裕があるらしい。


「ソフィアと出会ったあの日、私が想像してたのもこれくらいの豪邸でした……」

「素晴らしい邸宅に誘ったはずですけれど、お気に召さなかったのかしら?」

「住めば都でしたね」


 少女が空を仰ぐ。

 日傘の影の下、口元へ手を当て元気な声を張り上げた。


「オズ―! おーずー! 久しぶりにお客様を見つけたわ!」

「あら?」


 ひょっこりと屋敷から一人の顔がのぞいた。

 しかしそれは慌てたようにすぐ部屋へと戻り、今度は部屋の中から真っ黒の日傘をさして再び顔をのぞかせる。


「どうしたのドロシー!」

「オズ! お客様よ! さっき山道で出会ったの!」

「それは素敵は話ねドロシー、今すぐにでも客室を用意しなければ!」


 どうやら彼女がドロシーの言っていた姉妹らしい。

 実に瓜二つな顔と表情で、やはり明るい声を張り上げて手を振っていた。


「双子ですか?」

「三つ子よ、もう一人いるわ! でも今は会えないの、少し遠くに行っていて」

「そうですか……ちょっと残念です」

「でも近いうちに戻ってくる予定よ! ぜひあなたたちにも会って欲しいわね!」


 実に立派な門をがらがらと押し開けたドロシーが手をこまねく。


「それなら私たちも会えるかもしれませんね!」

「泊まるのは今日だけですわよ、長居だなんて迷惑をかけてはいられませんわ」


 思わぬ出会いであったが実に幸運だ。

 これほどの邸宅であれば久しぶりの安息を得られるだろう、ソフィアの傷もまともな手当てができるに違いない。


 いまだに片意地を張るソフィアに苦笑いをこぼしながら、二人は屋敷へと足を踏み入れた。

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