第23話 バナナは皮まで食べられる
いろいろあって投稿に時間が空きました
具体的な一例はPCが壊れて今代用のへなちょこPCで打ってます
申し訳ない
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朝、ソフィアは何も口にはしませんでした。
異様なあの雰囲気を既に内へと覆い隠してしまったかのように、何も変わらぬ態度で買い物用の布袋を持ち、消耗品を買ってくるとだけ言って出て行ってしまいました。
私も何かを訊ねることはしませんでした。
何かを恐れた訳ではなりません。
ただ、それが今彼女にとって必要なものだとわかっているから。
一人になった段ボールハウスの中、どうしても入ってきてしまう落ち葉や砂を外へと払って出し、ここ数日の洗濯物を籠へと詰め込み|靴を履いて〈・・・・・〉、近頃熱気を放ち始めた太陽を背に町へと繰り出しました。
静かに稼働するランドリーの中、周期的に唸る洗濯機の音を子守歌に微睡み。
備え付けのアイロンに手をかざし、じんわりと感じる熱気を確かめたら服の一つ一つへと。
ソフィアの服、特に彼女が出会った当初から持ち歩いているものはどれも上質なので、ここではなく手洗いする必要があるので今日は持ってきていません。
すべてが済んだら籠へと詰め込みなおし、見知ったお店へと顔を出し、少しお手伝い。
天頂からじりじりと差す鮮烈な日光は黒のシスター服の天敵で、日陰を選びながら足早に帰路へ。
ダンジョンに潜らなければこんなものだ。
教会にいた頃とはちょっと違っていて、けれど普通で。
「ただいま戻りましたー……いませんね」
段ボールハウスの前、普段ならきちりと揃えられた彼女のショートブーツがない。
だがどうだ。
誰もいないときは降ろされているはずな布の扉が、実に乱雑にまくり上げられているではないか。
さらに段ボールへ付けられた大きな足跡。
抱えた籠を地面へと降ろし、一歩、また一歩近づく。
野良の猫ちゃん?
いや、これほどまでに深々と跡ができるはずもない。これはそう、例えるなら……
「よぉ」
例えるなら、大柄の男だろう。
それは、いた。
薄暗い段ボールハウスの中で開いた冷蔵庫の灯りに照らされ、退屈そうに昨日買ってきたバナナをもさもさと貪って。
「どちら様ですか?」
「バナナは冷蔵庫に入れちゃダメだ、すぐに黒くなっちまう。味は変わんねえけどさ。アンタ身長高いな、何センチだ?」
果たしてそれが冷蔵庫に入れていた故か、あるいはただ影に覆われてそう見えるだけなのかは分からないものの、彼はその黒い皮をつまみ上げひらひらとファルシュへ見せつけた。
実に堂々とした態度だ、ともすれば図々しさすら感じてしまうほどに。
「どちら様ですか?」
二度目の言葉は少し遅巻きだ、より一層の硬い雰囲気を纏わせて。
男は粘着質に口角を吊り上げると、手にした黒い皮をさも当然かのように咀嚼し、大きな嚥下音を上げると満足げに唇を舐めた。
「聞いてねえ? 多分
「何の話をしているのかさっぱりですね」
言葉は通じている、だが伝わってはいない。
男のありふれた茶色い瞳は目の前にいるファルシュを見ていない。どこか焦点の合わないまま、いびつな不快感だけをファルシュへと伝えている。
一歩、ファルシュは後ろへ下がった。
「なあシスターさん。アンタは大好きな家族、いるか?」
ゆらりと男が立ち上がった。
ラフなシャツの隙間から見える腕はひょろりと長く、身長こそ平均より多少高く思えたもののあまり力強さは感じない。
だが体格など魔法があれば些細な壁だろう。それになにより男の纏う、鬱々と退廃的な雰囲気がどうにもファルシュには耐えがたい違和感を抱えさせて離さないのだ。
これはファルシュ自身にも驚きの感覚であった。
大概の人間など少し癖を感じてしまっても、五分と話せば慣れてしまうと思っていたのだから。
「私は生まれてすぐ教会に拾われたそうなので、血のつながった家族はいません」
……逃げましょう。
あいにくと身の上が問題でお巡りさんは呼べませんが……ソフィアが来るまでは離れていたほうが絶対に良いです。
「そうか、だからシスター服着てるのか。でもあんまり見たことがねえ種類だ、これでも結構聖職者の類には会ったことがあるんだけどよ」
「すべてを確かめた訳ではないのですよね? 宗教は人の数だけ生まれ得ると思いますよ」
「……それもそうだなぁ! ハハハッ!」
大口を開け、ぱんぱんと手をたたき合わせ笑う男。
彼の動きは実にどれも緩慢だった。
おかげで既にファルシュと彼の間には小型の車両三台ほどの距離は取れた。
逃げる速度には多少の自信がある、これなら十分に逃げ切れるはずだ。
「それと、教会にいるシスターの皆さんはみんな大事ですし、ソフィアのこともすっごく大事に思ってます……まあソフィアとはまだ出会ったばっかりなんですけど」
「へえ」
後ろ側へと体重を傾けたその瞬間だ。
「確認もとれたしまあ、じゃあアンタでも試してみる価値はあるか」
「は……?」
ファルシュの目線の少し下、振り返ったそこに男はいた。
鼻息すら感じてしまうほど、すぐそこに。
「おはよう
「な、ごっ」
全身から汗が噴き出す。
さっきまで家の中にいたのに!
間違いじゃない、冷蔵庫だってまだ開いたままなのに!
黒銀の輝き、大振りのナイフがその手に握られているのだと気づいた時にはもう遅かった。
抱きかかえるように背中へと回された腕が無理やりに抱き寄せる。みり、みりと服を、その下をえぐりぬき、確かに背中までその切っ先は届いた。
「あぁ?」
少し止まる。
なにか小さな違和感を抱いたように彼は小首をかしげた。
「まあいいか」
だがそれもさしたる時間を要さない。
所詮は手慣れたことの中で、多少違いが生まれただけ。
ファルシュの体を無理やり蹴り飛ばして刃を引き摺り抜くと、倒れたファルシュへ馬乗りになり再び刃を向けた。
太陽の光がファルシュの網膜を焼く。
何も見えない。ただ、影だけがぼんやりと視界の一部を覆う。
「……! ……!」
「やっぱこっちのほうが刺しやすいんだよな」
前へと突き出された両手のひら。
小さな抵抗二つともを串刺しにして、力の赴くままに下の喉元へと差し落とされる。
潰された喉は緊張の嚥下すらままならず。
「
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