二章 これで私も魔法使い…ってコト!?
第15話 今日はケーキを…二つも食べちゃいます!
「ソフィア―、今日の晩ご飯は何が良いですかー?」
「ファルシュ! 貴女戦いの最中で余所見しないの!」
「いやー、とは言っても晩ご飯のメニューが決まらなくてですねぇ」
ファルシュが本格的に戦闘を始めてから既に一か月が経っていた。
しかしファルシュ、そしてソフィア共に体内の魔力が無い体質故、ダンジョンで幾ら戦おうとレベルアップだとか身体能力の強化があるわけではない。
ソフィアはまだ底知れぬ余裕を感じるものの、凡人を自負するファルシュが自ずからDランク以上のダンジョンへ踏み込む可能性は……無いとは言わないものの考えられないだろう。
必然的に潜るのは同じダンジョン、立ち向かうは同じ敵、それもメイスを持ったファルシュで容易く倒せる程度の。
そう。つまりそこで行われるのはマンネリ、或いはルーティンと化してしまった戦闘な訳で、一か月もすれば流石のファルシュとて気が緩んでしまうものだ。
んー、晩ご飯はなににしましょうか。
この前買ったレシピ本でようやくレトルトや袋麺以外にも出来ることが増えたとはいえ、今度は逆に出来ることが多すぎて困りますねぇ……。
「いたっ!」
呑気な思考を一蹴する鮮烈な痛みが二の腕を走る。
それは背後から、既に二撃目を打ち放てるほどにまで接近しているスライムだった。
うおわっ、いつの間にこんな場所に!?
「ちょっ……っとぉ!」
即座に襲撃者の肉体へ食い込む蹴撃。
半ば反射的ながら綺麗にど真ん中を抉り込み、ゴム鞠の如く空中へと放り出された不定形を――
「――なにしてくれるんですか!」
風を切り裂くファルシュのメイスが捻り潰した。
「いてて……」
一呼吸を置き、はたと腕の痛みに気付き抑え込む。
袖が切り裂かれ奥に見えるのはぷっくりと浮かび上がって来た鮮血だ。
深紅をぼんやりと眺め、ファルシュは己がどれだけ気を緩めていたかということを再認識した。
聖堂じゃ怪我なんてめったにしたことないのに、やっぱりダンジョンって危ないんですね……当たり前ですが。
痛み自体は大したことがない。
直ぐに後ろへと振り向くと、こちらへ視線を向けているソフィアへと照れるような笑いを返す。
「や、やられちゃいました、へへ……」
だが返ってきたのはいつもの呆れるような声や態度ではなく、目を見開き固まり切った顔つき。
「ソフィア? うわっ」
一度瞬きをしたら、既にそこにいた。
彼女の纏った風が私の髪をなびかせ、あおられたシスター服が激しく音を立てる。
「怪我は……?」
「はい? なんです?」
消え入りそうな声だった。
何か喉に引っかかった? いや、それよりこれは……恐怖?
そう、まるで何かに怯えた子供がどうにか絞り出したかのような……
「怪我の深さは!? 痛みは!?」
「ちょ!? 痛っ」
「っ、見せなさい!」
今までのしゃなりとした彼女の態度とはまるきり異なる、ひどく粗暴な手つきで腕を握られる。
きっと魔道具で身体能力が強化されているのだろう。引っ張り上げられた皮膚がピンと張りつめ、限界まで張り詰めた血液が二の腕を垂れていく。
はっと息を呑んだのが分かった。
どうやら何を言っても耳に入っていないらしい。
どうしたものかと周囲を警戒しつつ為されるがままにしておけば、突如として腕を襲う冷たい感覚。
まだ持ってきて口も付けていない水筒から、ジャバジャバと私の傷口へ水をかけているではないか。
「い、いやそこまでしなくとも」
「静かに!」
深紅は薄れ、無色へ。
露わになった傷は僅か三センチばかり、ほんのちょびっと切っただけで一、二週間もすれば傷跡すら残らない程度。
確認が終わったのだろう。彼女の手の力がようやく緩み、目つきも大分鋭さが取れてきたあたりでそっと押し、私も苦笑いをようやく浮かべることが出来た。
「し……心配しすぎですよこの程度、ちょっと切っただけですって」
「……ええ、そうね」
なんで怪我した私の方が気を使ってるんですかね?
スカートの汚れを手で払い立ち上がったソフィアに合わせ、横に転がっていた水のメイスを掴み上げる。
まだダンジョンに潜って大した時間も経ってない、魔石の収穫もゼロ。
生憎と野性を堪能する段ボールハウス生活の為、現状差し迫ったお金の問題はないとはいえため込めるに越したことはない。
さて、もう少し頑張りますか!
と鬨を上げたはいいものの、同時に手中のメイスがただの水へと帰ってしまった。
「あれ?」
みるみるうちに土中へと吸い込まれていく相棒(臨時)。
ぱちりと瞬きをしてソフィアを見つめると、彼女は既に銃をカードへと戻し胸元へと仕舞い込んでいるではないか。
「今日はもう帰りましょう」
「えー? まだ始めて数分も経ってないじゃないですか」
「いいから! ……ごめんなさい、今日は少し体調が悪いみたいですの」
その顔はやはり、ひどく固まっていた。
.
.
.
「何かやってしまったのでしょうか……」
体調が悪いだなんて……きっと嘘ですね。
もしソフィアが本当に体調が悪いのなら、そもそも戦いなんて何があるか分からないリスクを冒しに行くでしょうか。
朝も普通でしたし、気を抜いて怪我をしたことを怒ってるんですかねぇ……やっぱり。
公園のベンチで独り言ちる。
備え付けの机で五百円玉を回しながら頬杖で考えを巡らせるも、はて、一体何がソフィアを怒らせてしまったのかが分からない。
「んん……考えても分かるわけないですよね」
あれが、これがと無数に浮かんでくるどれもがそう、ただの推測に過ぎない。
結局のところソフィア本人の口から聞き出すことだけが真実であり、更にそのソフィア本人は今この公園にいなかった。
帰ってきてすぐに、『少し出ますわ』、とだけ残して出て行ってしまったのだ。
い、いままでソフィアがあんなに不機嫌だったのは、冷蔵庫を探しに行ったあの日以来かも知れません。
あれから一か月なんだかんだで増えずに過ごしてこれたのに、下手したら今日だけでファルシュちゃんポイントを十以上付けられてしまいかねませんよこれは……!
「あっ、そうだ!」
ファルシュの脳内で激しく走り出す電子パルスが記憶というタンスを乱雑に開きまくった結果、ひょんなことを思い出した。
そういえば昨日木を切るのを手伝ったおばさまから、近くの洋菓子屋さんが今日セールだと聞きましたね!
ケーキと言えば聖堂では特別な日にしか食べられなかったもの! 最近はちょっと余裕がありますし、買いに行きましょう!
きっと甘いものを食べればソフィアの機嫌も良くなるでしょうし!
「よし!」
そうと決まれば午後にすべきことは決まりました。
ナツメさんにつくってもらった冷蔵庫くんも今日も今日とて元気に稼働中ですし、来たばかりの日と違って生菓子だろうと問題なく保存できます。
激しく回転していた五百円玉をハシリと掴み上げ、段ボールハウスの中で仕舞われていた千円を二枚ほど回収し公園を飛び出す。
林道を超え、見えてくる見慣れた静かな街。
「えっと、あの人でいいですかね。すみませーん!」
そういえばお店の場所など知りませんでした、と右へ、左へ視線を向けながら走っていれば、何と丁度いいことだろうか、同じく正面から走ってくる男性がいるではないですか。
「あっ、どーもどーも! 少しお伺いしたいのですが、洋菓子屋さんって」
新緑が濃い色を取り戻す時分だ。
どうやら目の前の彼は随分と走り回っていたらしく、全身がビシャ濡れになるほど汗をかいている。
肩で息をしている男がどうにか目の前へと止まり、しかしこちらが質問を投げかけるより一息はやくファルシュの肩をがっつりと掴み込み――
「――君! ここらへんで子供を見なかったか!?」
「はい?」
鬼気迫る表情で叫んだ。
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