第13話 泣きました、私は雑魚です

「私は……弱い……!」


 泣きました。

 私はモンスターを倒すことが出来ません、メイスを思い切り振っても外してしまっているようで手ごたえがないのです。

 きっと危険と判断してソフィアが倒してくれたのでしょう、気が付けば魔石が足元に転がっているばかり。


「どうして貴女は攻撃するときに目を瞑りますの?」


 ぼやける視界で魔石を拾い集める背後からソフィアの疑問が飛んできた。


「だって怖いじゃないですか、モンスターってこっちに突撃してきますし」


 戦うこと自体に躊躇はありません。

 勿論痛いのは嫌ですが今は仕方がないことですし、ソフィアがきっと助けてくれるという安心感がありますから。

 それにダンジョンのモンスターは実際の野生に存在するそれと異なり血も出ませんし、そもそも生物ではないということも分かってます。


 ただ、何といえばいいのでしょうか。

 モンスターの動きや目つきが無機質だからこそ余計に感じる圧迫感、殺意に気圧されてしまいます。

 だからついつい目を閉じちゃうんですよね。


「膂力も攻撃の命中率も最高の適正と言わざるを得ないのに、性分がまるきり合いませんのね。無理強いはしませんわ、厳しいなら後ろで見ていても構いませんわよ」

「……もうちょっとだけやってみます、せめて冷蔵庫代分は。それにこの先もお金、一緒に住んでいる分くらいは稼がないといけませんから」


 するとその時、何故か彼女は目をマンマルに見開き、小さく笑った。


「ふふ、ならもう少し頑張らなくてはね」

「あっ、あそこにもスライムと蛇が! 今度こそ私がこの手で! 見ていてくださいソフィア!!」

「ちょ、待ちなさいファルシュ!」



 二度目のダンジョン突入から一週間。

 先週同様にカラッと晴れた春の空の下、バザーは今日も大盛況で開催されていた。


「ソフィア、店主さん居ましたよ!」


 さして大きくもない穴の開いた布を広げ、ただ一人、ぽつんとその端で三角座りをしていた彼女を指差し声を上げる。


 正直なところファルシュ自身、彼女が姿を見せない可能性の方が高いとすら思っていた。

 先日のソフィアの態度は一体どうしたことか、出会って数日ですら分かるほどに冷静な彼女の姿からはかけ離れていた。

 幾ら店主が詐欺まがいの行為に手を染めていたとはいえ、はて、そんな彼女の依頼を黙々と受けるだろうか。


 きっとかなり勇気がいるでしょうに、凄い偉い人ですね。


「こんにちは、体調はいかがですか?」

「……別に、悪くない。今日はご飯も食べてきた」

「そうですか、素晴らしいですね! 店主さん細いですししっかり食べないとだめですよ!」

「たしかにボクは小さいほうかもしれないけど、なによりアンタがデカすぎるだけだろ」

「本当に、この子の図体と声の大きさには悩まされていますわ」


 二人の会話に、ファルシュの背後から追いついたソフィアが加わる。

 その顔はいつものそれと同じく、つん、と澄んでいる様に見えるものの、どこか言葉の節々や体の動きから疲労感を滲ませていた。


「なんか疲れてない?」

「……ええ、ここ数日少し走り回っていましたの」

「ソフィアは体力がないんですよ、ちょっと走ってたらすぐ息が上がってましたし」


 これが現代の若者の体力の低下と言うやつでしょうか。


「おばか! 貴女の体力が狂っていますのよ!? 毎日数時間全力疾走しながらメイスを振り回し続けて、一体全体どうして平然としているの!?」


 緩く巻いた髪をドリルのようにしならせ声を上げるソフィア。


「ん゛ん、失礼。兎にも角にも、例のモノは出来ましたの?」

「……一応出来た。でもここまでは運べなかったから、ボクについてきて」


くい、と彼女が親指で示したのは、バザーの出入り口であった。


.

.

.



「ここがボクの工房。それと……」


 彼女に連れてこられた『工房』は随分と古びて建付けの悪い、そして小さな家だった。

 看板も恐らく手作りなのだろう、それにあまり目立たない見た目でともすればここに魔道具の工房があるなど、言われなければ分からないほどに地味。


 店主の手に引かれ木製の扉が痛々しい軋み声をあげ開かれる。



「おお!」

「ほう……」



 これは、すごい。


 扉を開けてすぐ、工房の中心。

 幾つもの工具が周囲に転がる中でそれは堂々と聳え立っていた。

 高さは丁度ファルシュと同じくらいだろうか。勿論量販店で売られているように洗練されたデザインではないが、十分そこいらの家庭で並んでいても違和感がない程度にはまとまっている。


「随分大きいですわね」

「当たり前だけど魔石式冷蔵庫だ。総容量は百八十L、予算と装置の問題で小型化は無理だった。それに上の方は構造の都合上でマイナス十五度にまで行くから、分けて冷凍庫になってる」

「ふむ、確かにサイズの割には少ない。そして構造は古典的な冷蔵庫に則ったと、冷凍庫も用意されていますし及第点ですわね」


 扉を開けて中を確認していくソフィアが呟いた。


 驚きに目を剥く自分を置き、二人はポンポンと先へ進んでいく。

 ファルシュは理解がまともに追いつかない自分を忘れるなと慌てて疑問を口にした。


「えっと、古典的とは?」

「冷気は下に向かう性質がありますの。なら上から冷やせば下まで勝手に冷気が下りてくれるでしょう? しかし最近の冷蔵庫は各部を別々に冷やすために、こういった構造は相当古い部類ですわね」

「はぁーなるほどですね」


 ファルシュには魔道具の云々は分からない、才能がどうだということも直面したことはない。

 だが少なくともこの店主。突然作れと言われた冷蔵庫をこうも易々用意して来るなど、少なくとも最低限の知識や技術に関しては十分に備え合わせているのではないだろうか。


 ソフィア……驚いていませんね。


 表情一つ変えずにファルシュの前へ立つ彼女は、さらりと後ろ髪を手で払うと横の店主へ手を伸ばし微笑んだ。


「さあ、ではお手を拝借致しましょうか」

「手? ああ、うん……」


 傷や汚れに塗れた手を彼女はためらいもなくつかみ上げると、一枚の綺麗な布を優しく乗せ、その上へと何かをどんどん重ねていく。


 そう、それは紙だ。

 息を吹きかければひらりと飛んでしまうような薄い紙を五枚。


 だがこの国では最高額紙幣として扱われる、著名な人物の像が描かれた長方形の紙だ。


「受け取りなさい、これが正式な対価でしてよ」

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