第12話 ナチュラルボーン悲しきパワー系モンスター
協会から徒歩で二十分ばかし、街から少し外れただけの場所。
手に入れた登録証を握りしめたまま私が連れてこられたのは、フェンスに囲まれた森、横の看板曰く登録名称『サクマの密林』というダンジョンでした。
「こんな場所にダンジョンあったんですね」
「ランクはD、少し危険ですけれどEよりは確実に稼げるようですわね」
入り口に備え付けられた水道のみ、武器や体をこれで洗えということでしょうか。
しかし問題が一つあった。
「あの、私武器とか持ってないんですけど……まさか徒手空拳で戦えと!?」
「ええ」
な、なんと……!
このうら若き体を守る武器すらなく、細腕一つで戦わなくてはならないとは……!?
恐れおののく私に彼女はくすりと笑みを零し、
「そんな顔しなくとも冗談ですわ。さて、水道は……問題なく出ますわね」
ハンドルを捻った途端溢れ出す透明な水。
ソフィアは白い指先を水へと浸し、その冷たさにぴくりと肩を震わせると満足げに笑みを浮かべ、胸元から何かを取り出した。
あの魔道具だ、既にタロットカードから拳銃へと姿を変えている。
彼女は何度かくるくると手の内で弄んでいたが、おもむろに銃口を水流へと押し当てて振り向き、にい、と笑う。
「生憎と今は武器を買う余裕はありませんもの、現地で調達しましょう。『スプレッド』」
同時に次から次に絶え間なく流れ続ける水へと、彼女は銃弾を一発撃ちこんだ。
一体何を!?
驚愕に目を剥くのも一瞬。
ただひたすら蛇口から重力に引かれるだけであった水が、あっという間にぬるりと中空へ舞い上がったかと思えば、蛇よろしくとぐろを巻き見る間に何か新たな形状へと変化した。
柄だ。
水で出来ているため透明だがその手になじみそうな若干の凹凸、すらりと長く伸びるその姿は間違いなく何かの柄。
そしてなにより先端により多く集約した水は人の頭より小さい程度の塊となっており、はたしてその姿の具体的な名称を答えよ、などと問われたのであれば……
「――おお、これは……メイスって奴ですかね?」
そう、俗にいうメイスがそこには存在していた。
「ええ。この銃には能力はいくつかあるけれど、その内の一つとして弾の触れた水を操ることが出来ますの」
「はえー……ああ、そう言えばあの時後ろの湖撃ってましたね、それで操ったんですか」
脳裏を過ぎる数日前の戦闘。
蝶のように舞う彼女の機動力も美しいものだったが、それ以上に印象的だったのは水で出来た大腕による圧倒的質量での押し潰しだ。
きっとあれもこの能力で操作してたのだろう。
ソフィアと会話しつつ、つん、と指先でつつけばつたわってくる冷たい触感。
しかしその目で確認した通り間違いなく水で出来ているにもかかわらず、返ってくるのは金属などを触れた時のような硬い感覚だ。
確かにこの硬さなら水で出来てるとは言え十分武器になりそうですね。
「でもどうせなら剣の方が良かったですねぇ。憧れません? 華麗に剣を振り回すのって」
「可憐……? 第一剣なんて慣れていないとまともに切れませんわよ、振り回すだけでいい打撃こそが初心者にとって最も優れた攻撃法ですわ」
「なんで疑問符付けたんですか!? 私だってちょっとその気になればソフィアみたいに可憐で優雅に戦いますよ! 本気出せば凄いんですからね!」
ソフィアに、べっ、と舌を出し絵を握りしめる。
同時に空中へ浮かんでいたそれが重力を取り戻し、軽い手ごたえと共に掌へとゆっくりめり込んできた。
メイスの振り方を教わったことなど当然ないものの、やはりイメージにあるものといえば両手で豪快振るう姿だろう。
見よう見まねで右へ、左へとバットさながらの緩いスイングをしてみるものの、既に問題点が幾つか見えてしまっている。
両手で振ろうとすると胸が邪魔ですね……取りあえず片手で振ってみましょうか。
「大体5キロくらいはありますわよ、手放さないように気を付けて……」
「この程度なら結構いけますね、なんならちょっと軽すぎるかもしれません! ほあちょ!」
うーん、結構軽いし片手でも全然振り回せますね!
軽すぎてモンスター倒せるかは怪しいですけど!
メイスを振り回す度に生まれる心地の良い風切り音。
さあ見てくださいソフィア! この新体操の選手さながらの圧倒的なメイス捌きを!
毎日他のシスターに怒られながらも聖堂で、掃除中に箒で練習していたのは伊達ではありません!
「……気にせずとも大丈夫そうね」
ふふんと振り向くも、返ってきたのは深々としたため息。
「あれ? まあいいでしょう、武器ありがとうございます!」
「ええ、さあ行きますわよ」
思っていた反応とは違う様子に首を捻りながら彼女の後へと付いていく。
境界線を可視化するため建てられたフェンス。
出入り口であろう扉には前回のEランクダンジョンには存在しなかった鍵がかかっていたが、ソフィアが自身の登録証を掲げた瞬間にガチャリとそれは消え失せ、あっけなく開いてしまう。
彼女は躊躇をすることもなく奥へと進んでいき、おずおずと私自身もその背中を追い……浅い森に見えていた周囲が、がらりと変わった。
変わったというよりかはこれがこのダンジョンの本当の姿、ってところですかね。
深く暗い、鬱蒼とした森だ。
下草は無い、木に遮られて生えてすら来ないのだろう。
静まり返った森の中でやけに響く自分達の声が、余計に我々がこの森にとって侵入者であることをまざまざと知らせる。
「ソフィア……なんか怖いですね……ソフィア? どうしたんです?」
返事がない。
いや、さっきまで前にいた銀髪の少女がいない。
罠にかかった? それとも気付かないうちにモンスターに襲われて!?
だがここはDランクダンジョン、あそこまで動くことの出来ていたソフィアがやられるはずが……
「危険になったら私が援護射撃をしますわ、まずは一度一人でやってみたらいかが?」
声は頭上から掛かって来た。
なんと探していた少女は大木の枝へと腰を据え、にこにこと笑いながら手を振りとんでもねえおちゃらけた事を言っているではありませんか。
へっ、とんでもねえ試練がしょっぱなから来ちまったもんだぜ、なんてちょいちょい待ってくださいって!
せめて最初は弱った敵で練習とかでしょう!?
「ええ!? ちょ、ちょっと嘘でしょう!?」
「ふふ、ほらファルシュ頑張って! 後ろから来てますわよー!」
「岡目八目ぅー!! ひょえええええ」
ソフィアの言葉に慌てて振り返れば確かにそこにはスライムが。
以前見た姿とは異なり地味な黄土色ですが、逆に言えば森に溶け込む迷彩色といったところ、彼女に言われなければ不意打ちを食らうところだったかもしれません。
こちらに気付かれたことを理解したのだろう、のっそりとした這いずりから突然のスピードアップ。
まるで家の中に現れる黒いダイヤモンドを思わせる勢いをもって飛び掛かって来た姿に、たまらず喉の奥から悲鳴が上がる。
「もおおお、どうしてこうなるんですかぁ!」
もしこのまま顔なんかを覆われてしまった日には……!
それは最早無意識の行動。
片手に握りしめたメイスを
そう、直にやってくるであろう衝撃に内心諦めと覚悟をしながら。
「……? む、スライムが消えてしまいました」
だが予測できるであろうその時になろうとも、この顔は何にも包まれることはありませんでした。
間違いなくいたはずのあの黄土色のスライムが消え去っていたのです。
あれ?
も、もしかして……!
「そ、ソフィア……! まさか!」
「もういませんわよ、ほら足元の魔石を拾いなさいな」
「助けてくれてありがとうございます!」
「んん? いや、スライムは貴女が消し飛ばして……まあいいでしょう。薄々気付いていましたけれど、貴女ナチュラルボーン悲しきパワー系モンスターでしたのね」
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