第11話 ダンジョン への 許可証 を てにいれた!
カウンターへだらりとのしかかった少女が、ひょい、ひょいと猫じゃらしを揺れ動かす。
彼女の目標はただ一匹、今もカウンターの上でふてぶてしく寝っ転がっている黒猫だ。
「ねこーほれほれ……いてっ」
しかし玩具に目もくれなかった黒猫は少女の手を爪でひっかくと、なんとも退屈気に大きなあくびをしてごろりと寝転がる。
すっかりまぶたも瞑ってしまって、必死に動かされたおもちゃの影など一抹の興味すら湧いていない様子だ。
「バカねこー、でゅくしっ。でゅく……あ、また来た」
少女も遂にはおもちゃを振ることを諦め、猫じゃらしの柄で寝っ転がる猫を突っつき始めた。
はて、このままつつかれ続けるのか。半目で背後を伺う一匹と彼女と視界へ二つの影が下りた。
◇
「あ、また来た」
「ごきげんよう、貴女今日もこのダンジョン協会でバイトなのね」
退屈気にだらけていた少女がしゃん、と背筋を伸ばす。
「今日は友達皆用事あるし、あとなんかここ居心地いいから」
妙に達観した表情で室内を眺める少女。
もちろん彼女が退屈気に猫と戯れていたことから分かるが、協会内はがらんとしていて人は誰もいない。
ダンジョン協会なんて初めて入りましたけど、なんか思ったより静かな場所なんですね。
てっきりムキムキの怪物が跳梁跋扈しているかとばかり思っていました。
「というか帽子は?」
「恥ずかしながら少し散財してしまいまして」
「気を付けた方がいいよ、ちょっと話題になってる」
じろりとソフィアの身体を眺める彼女。
どうやら二人は一度顔を合わせたことがあるようだ。店主と別れた後ここに行く用事があるとだけ言われ連れられたファルシュからすれば、詳細こそ分からないものの大方の予想は可能。
大方以前、あのダンジョンでスライムと戦ったのち、ファルシュが段ボールハウスへと戻っている間に出会ったのだろう。
「うーん……ちょっと待ってて」
少し頭を掻き考えた後、カウンターの奥へと姿を消し……戻って来た時にはその手に、白い何かを握りしめていた。
「帽子は無いけど狐のお面ならある、とても由緒正しくない。なんか家にあった奴」
少女の言う通りそれは狐面であった。
それも安っぽい出来ではない。随分と装飾も凝っており、『なんか家にあった』というには随分と厳めしいものだ。
どうぞと言わんばかりにカウンターを滑りソフィアの前へと差し出されるお面。
「余計目立つでしょうこんなもの」
「そっか……かっこいいのに」
至極真っ当な突っ込みと共にソフィアはそれをすっと指先で押し戻す。
表情一つ変えない彼女であったが、どこか悲し気な雰囲気を纏わせ自分で仮面を側頭部へと装着すると、また淡々と席についてこちらへと小首を傾げた。
「それで何の用?」
「ええ、一週間程度で多少稼がなくてはなりませんの。なのでこの子の登録を」
指を刺されたのはそう、暇だったので後ろでぶらぶらと周囲を見ていた私です。
『……ん?』
そこで初めて二人の目線があった。
「うおお……でか……」
「え!? 私が登録するんですか!?」
一方はまるきり気が付かなかったその巨大なシスターの姿に、そしてもう一方は全く想像だにしていなかったダンジョンを再び潜るという可能性。
されど恐れ慄きの共通した感情。
「あの子の手助けをしたいのでしょう? なら貴女も手伝いなさいな」
全身を激しくシェイキングして無理だと表現をするファルシュに、ソフィアはつんと澄ました顔で告げる。
「えー……ダンジョンで戦えってことですか? 前回危うく死にかけたんですけど……」
身長差で見降ろしつつ愛想笑いでへへへと下手に打って出るものの、彼女の蒼い目は冷たい。
ま、まるで養豚場の豚でも見るかのように冷たい目です……!
『可哀そうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』とでもいわんばかりの!
「ほら、私も普通のバイトとかあるじゃないですか? 力仕事しちゃいまっするよー!」
「力仕事が得意なら戦闘も行けますわね。それに住所不定の怪しい人間を雇ってくれるところなど、大概がろくでもない場所ですわ」
「ダンジョンで戦うのはろくでもない部類に入らないんですか!?」
駄々をこねるファルシュに対し深々としたため息。
遂に彼女は胸元から一枚の紙をぺらりと取り出し、その目の前に突きつけ横に転がっていたペンを摘み上げた。
その紙にはいくつかのペケと五十に分けられたマス。
そう、ファルシュちゃんポイントならぬ追い出しポイントである。
ペン先でそれをツンツンとつつきながらソフィアは肩をすくめる。
「残り四十以上のペケを一度につけるのは少し手間がかかりますわね」
「名前を書く欄はここでいいんですかね?」
「そっちじゃない、こっち」
.
.
.
無慈悲に運ばれていく登録証を眺めながら、ファルシュはほろりと涙を零す。
魔法を使える人間ならともかく、魔力のない、しかも非力な乙女のファルシュにとって戦いとは即ち死である。
それを……っ、追い出すかどうかを盾として無理やりに戦わせるだなんて……!
「とんでもない鬼畜ですねこれは、銀の悪魔です」
「元といえば貴女が蒔いた種でしょうが」
「確かにそうでした……しくしく……私はこれから殺されるんですね。神よ哀れな子羊をお救い下さい……」
下手な演技を打つファルシュの額にぺちりと今出来たばかりの許可証を叩きつけ、彼女の指を絡めとり入口へと引っ張っていくソフィア。
その顔は悪魔的に美しい笑みを浮かべていた。
「救いは求めるものではなく勝ち取るものですわよ、私こそが私の、そして貴女こそが貴女の人生の神なの。さあ許可証も確保しましたし、早速ダンジョンに行きましょう。ねえ貴女、ここいらでおすすめのEかD等級のダンジョンを教えてくださる?」
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