第10話 綺麗な手
「なんだよなんだよ言えって言うから話したのに! 本当だよ! 嘘だってならこのペンダントを見ろ!」
彼女が胸元から出したペンダントは、先ほど出品していた偽物とどこか雰囲気の似た、けれども一目で別物だと分かるほどに緻密な彫金の行われた逸品。
つい先程まで訝し気な態度を崩さなかったソフィアも、これには僅かに目を開いた。
特に見事なのは金の細工とはめ込まれた宝石だろう。一面に散りばめられたその姿はともすれば下品と取られかねないにも拘らず、決して口になど出来ないであろう気品がある。
「ふん、見てくれだけじゃないぞ。見てろよ……! 『創造しろ、
二人の反応に気を良くしたのだろう、彼女がペンダントを胸に当て何かを唱えたその時だった。
「わっ!? ちょ、え!?」
十を超える光の粒子が瞬く間に展開されたかと思うと、瞬きと共に彼女の横には一匹の獅子が構えていた。
唖然と立ち尽くすファルシュを引っ張り、ソフィアが一歩前へと進み胸元へ手を当てる。
「ガーニーはすごいんだ、勿論これだけじゃないぞ! 魔石を装着すれば、ほら! 『猛り吼えろ!』」
だが彼女は二人になど目もくれない。
よほど自分の魔道具に対し熱意があるのだろう、ポケットから黒い魔石をひとつ取り出すとペンダントの裏へとはめ込み、更に大きく振り上げた。
力の解放、とでもいうべきだろう。
瞬間、まるで毛先の奥から輝きが解放されるかのように眩く彩られた獅子は、歓喜の叫びを天高くに突き上げる。
見ればわかった。先ほどですら気圧される程の威圧を振りまいていた獅子が、今は比べ物にならないほどに滾る膂力を持ち合わせていることに。
空気中の魔力だけであの獅子を召喚し、あまつさえ強化に使った色が黒いほど魔石の質は悪い、きっと先程のは最低品質の一絡げで売っているようなものだ。
そんなものでこれほどの存在を使役できる? 異常だ、どれだけの効率と増幅をあの小さなペンダントで成し遂げているのだろうか。
「すごい……」
「そのライオンは、なるほど。その魔道具から召喚されましたのね」
「本当はもっと色々できるけど、ともかく本当の魔道具は武器になるだけじゃないんだ。豊かにすることだってできる、環境も、人の心も」
うっとりとした顔でペンダントにめをやった彼女は、獅子を一撫でしてその場から消し去った。
「確かに特徴を全て捉えていますわね。本物かは置いておいて、生半可な質の魔道具ではない。この国なら最低でも二桁、いや三桁は下らない……」
顎に手をやり口を噤むソフィア。
家庭用の量産品な魔道具以外扱ったことのないファルシュからすれば細かな値段など見当つきそうもないが、なるほど、これが傑作というものなのだろうと納得できる体験だった。
深々と頷くソフィアへ店主はぐっと拳を握りしめる。
「凄いだろ? 凄いんだガーニーは! こんなに凄いのをたった一人で作って……ボクだってこんな風になりたかった……」
「なりたかった、ですか?」
はて、一体どういうことでしょうか?
先程までの力説をしていた彼女は何処へやら、しわしわと縮みこまった店主は再びブランコへと座り込むと、俯きゆっくりと漕ぎながら口を開いた。
「……才能が無かったんだ、どれだけ学んでもガーニーの魔道具の構造がさっぱり理解できない。依頼だって全然来ないし……なにも上手く行かない、もう嫌だ……」
「それは……」
一体こういう時にどんな言葉を投げかけてあげたらいいのでしょうか。
すっかり落ち込んだ彼女の頭上から、眉を顰めたソフィアが鋭い声で刺した。
「そもそも個人工房、しかも一からなど時代に合っていないでしょう。個人にこだわるとしても、まず最初はせめて何処かある程度回っているところに就いた方が良いのではないかしら?」
「確かに昔と違って量産品の魔道具が並ぶ時代さ、別に一人で凄いのを作る必要なんてないよ……」
ソフィアの言葉を肯定しつつも、何か言いたげにどもる店主。
無言が続いた先で彼女が絞り出した言葉は、彼女の根源ともいうべき遠き日の夢。
「……でもずっとおばあちゃんからガーニーの事を聞いてたんだ、だから憧れてて……家から出て工房で魔道具の制作と研究をしてたけど、溜めてたお金も無くなって……」
「だからあんなことをしたと? それが許されるのだとでも言いたくて?」
「――! さっきから綺麗ごとばっか好き勝手に言ってさぁ!」
激昂。
唐突な事にびくりと震えあがるファルシュの肩と、何事もなかったと澄ました顔のソフィア。
それどころか彼女は怒り猛る店主の感情を敢えて逆撫ででもするかのように、鋭く冷たい言葉を次から次へと積み重ねていった。
「綺麗ごとに背を向けなければ耐え難いのは、貴方の心が汚れている証左でしょう。耐え切れないのならさっさとやめてしまいなさい、この先一人で戦う苦しみはその比ではありませんわよ」
「……ボクの気持ちを不幸や才能の無さに絶望したことのない人間になんて分かるわけない」
一を投げれば十で打ちのめされると気付いたのだろう、店主の威勢が見る間に殺がれていく。
しかし苦し紛れに吐き出したその言葉が彼女の何かに触れたのだろう、刹那、ソフィアの表情がすとん、とまるきり抜け落ちた。
あ、れ?
だが気が付けば彼女は微笑を浮かべていた、いつも通りに。
錯覚? でも確かに。
「はあ、分からない場所で立ち止まっていた所で新たな道など見つかる訳もないでしょう。分かるところまで戻ればいいだけのことではなくて?」
「無理だ! 言っただろ、才能がないって! だから
「それ以上はよしなさい」
ぴたりと店主の口へ指先が当てられる。
「才を羨むことは良いことですわ、憧れという欲望こそが成長の原動力ですもの。 されど他者を踏みにじっては駄目よ、ましてやそれを肯定する理由などあってはならない! 貴女の行動は同じく学び努力する人々を、そして何より過去の貴女自身を侮辱する行為ですわ。恥を知るのならそれ以上は控えなさい」
ソフィアを泣きそうな顔で眺め、直ぐに俯く彼女。
だが、もう何も言うことは無かった。
鳴き声にも似た、キイキイとしたブランコの軋む音だけがひたすらに虚しく響く。
「諦められないのでしょう? ガーニーに追いつきたい、いや、超えたいのでしょう? なら決して諦めては駄目。貴女の誇りや気力が燃え尽きるその日までは、ね」
地面を眺めるその視界へ、ずい、と何かが現れる。
「ここに一万円がありますわ、これを貴女に差し上げましょう」
「は、はぁ? 一体何を……」
ぴらりと差し出された一枚の紙きれを訝し気に眺める店主へ、ソフィアは笑みを崩すことなく続ける。
「ねえマギエンジニアさん、この対価として依頼を。魔石式の冷蔵庫を制作していただけるかしら? サイズは自由で、質によっては追加で報酬を出しましょう。期間はそうね……一週間後、またあのフリーマーケットで会いましょう」
逡巡に揺れる視線。
「ボクは……」
「逃げても構いませんわよ」
震える指先は、ゆっくりとその紙を握りしめた。
傷だらけの指だった。染み付いた黒い油の汚れが指先の腹にべったりと張り付いた、『女の子』らしくない指だった。
「『綺麗な手』ですわね。さあ行きましょうファルシュ、少し寄るところがありますわ」
一転してすたすたと歩きだしたソフィアの後ろへ付いていく長身の金髪。
滲み出す啜り泣きを二人は耳に入っていないかのような態度で流し、この午後にすべきことをわざとらしい口調で話し公園から立ち去った。
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