第9話 ガーニーコレクションズ

「ちょ、大丈夫ですか!?」


 ぱったりと動かなくなってしまった店主さんの姿。


 ど、どうしましょう……?

 救急車とか呼んだ方が良いんじゃないでしょうかこれ!?


 ばっと後ろを振り返り……誰もいない!

 既にソフィアはすたすたと歩いて、バザーの出入り口へと向かっているではありませんか!


「ってあれ!? ソフィアちょっとどこいくんですか!?」

「迷走神経反射でしょう、数分もしたら目を覚ましてけろっとしていますわ。帰りましょう」

「帰るって……この子放置するんです!?」


 呆れたように深いため息。

 その爪先はいら立ちを表すかのように小さく地面を打ち、他の人には分からない程度だが語気をいつもよりも荒げたまま、ソフィアは薄い笑みを貼り付け声を投げかけてきた。


「……ファルシュ、貴女は騙されていたのよ? まああまりに陳腐な演技で、貴女程度しか騙せる相手などいないとは思うけれど。博愛主義の精神は素晴らしいものだけれど、無償の愛が必ず誰しもの心を動かすとは限りませんわ」

「こんなことをするのに何か事情があるのかもしれません!」

「理由なく行動を起こす人間など誰一人としているものですか。その理由が他人の共感を産むかは別として、ね」


 なるべく早く立ち去りたいのだとの雰囲気をひしひしと感じさせながら、彼女はその蒼い目をより一層細めさせる。


 確かにこの人はとんでもないものを売りつけようとしていたのかもしれません。

 ソフィアの言うことは正しい。本当ならこの店主さんをバザーの運営にでも突き出すのが一番、きっとそれが後腐れもなくて他の人の為にもなる事。

 でもなんだか……気持ちのいいものではありません。ここでこの人を放置するのは、なんだかとても後味が悪いです。


「ソフィア……」

「はぁ、縋るような目で見られても困るだけなのだけれど。なら勝手になさい、私は手を貸しませんわよ」

「う……あっ、アンタらっ!」


 その時、腕の中で気絶していた店長さんが飛び起きた。

 開いたばかりの視界が私達を捉えた瞬間、まるで猫のように飛び上がり身構える彼女。


「あの、店主さん体調は大丈夫ですか?」

「はっ、離せよっ! ……くぅっ」


 ふらりと傾く体。

 目を覚まして直ぐに動いたせいだろう。まだ視点が定まっていないままの彼女だったが、やはり私達からは距離を取りたくて仕方がないようでふらふらと早歩きを始めたその体を支える。


「大丈夫です、何もする気はありませんから」

「話すにしても場所を移しましょう、あまり目立ちたくはないでしょう?」


 集まり始めた周囲の視線の中、ソフィアは服の襟を少し上へと持ち上げ顎をしゃくりあげた。



「いつまで黙り込んでいるのかしら?」


 人影の耐えた薄暗い公園。

 先程の喧騒が嘘だったかのようなそこで、ソフィアが塗装の禿げたブランコに座り込んだ彼女に語り掛ける。


 ゆらゆらと、チェーンの揺らめきに合わせてふらつく一人の影。

 かと思えば突然にその顔を上げ、三白眼をきゅう、と細め彼女は叫んだ。


「……ふん、なんだよお前ら。人のいないところで脅迫でもするつもりか? い、言っとくけど全然怖くないからな!」

「貴女、心底に嘘が下手ね。マーケットでの挙動もそうでしたけれど、本当不自然にもほどがありましたわ。こんな下らない事、金輪際考えない方がよろしいのではなくて?」

「ちょ、ちょっとソフィア!? 二人とも喧嘩しないでください、私が話しますから!」


 一触即発。

 いや、既に炎上大爆発済みの二人へと割って入り、店主さんへ苦く笑う。


 こ、困りました。

 店主さんに色々話を聞きたいのですけれど、ソフィアがなんだか凄いつんけんしていて全然話が進みそうにありません。

 それにどうして騙された側の私が二人の仲裁をしているのでしょう?


「えーっと、なんでこんなことをしたんですか? 嘘が下手だなんて……まあ私には分かりませんでしたけど、なら今日が初めてなんですよね?」

「おっ、お前らに関係ないだろ! 悪かったよ! 謝るからもう消えてくれ!」


 目をつむりすっかり耳を抑えて丸まってしまう彼女。

 その低い身長と合わさってとても子供っぽい行為ではあるが、話を聞きたい現状において効果は抜群。

 しかし若干苛立っているソフィアは物理的な手段へと打って出た。


 その手を掴み上げ無理やりに耳元で冷たい言葉を吹きかけたのだ。


「貴女が事情を話さないのは勝手ですけれど、私がその気になれば今すぐにでも通報することも可能だということを忘れないように」

「……っく、卑怯だぞ」

「んん?」


 渋々曲げた背筋を伸ばす店主さんの横で小首をかしげる。


 今のソフィア……いや、まだ分かりませんね。


「まだ下らないことを考えているのかしら? これでもちょっとした戦闘なら心得がありますの、無傷の保証は出来かねますわよ」

「わ、分かってるよ!」


 口を開けては直ぐに閉じ、視線を彷徨わせる彼女。

 一体何を躊躇っているのか。ただ恥ずかしいだけなのか、それとも人に言うことがどうしようもなくできないような事情があるのか。

 黙々と待ち続ける私達へ遂に腹をくくったのだろう、ぼそり、と今にも風に掻き消されてしまいそうな声で彼女は呟いた。


「……ボクは、ガーニーの子孫なんだ」

「随分と大きく出ましたわね。激しい妄想癖なのか、それで行けると本気で思っているのか、さっき頭を気付かないうちに強く打ったのかしら?」

「あー……あはは、あの、流石にそれは無理があるような……」


 乾いた笑いを思わず零してしまう。


 ガーニーさんの偽物を作っていたのがその子孫だなんて、まあちょっとやり過ぎな嘘ですね。

 私でももう少しまともな嘘が付ける気がします。


 私達による一斉の否定に対し彼女は激しい地団駄を返す。

 流石に嘘だと告げるのかと思えばどうやら違うらしい。


「なんだよなんだよ言えって言うから話したのに! 本当だよ! 嘘だってならこのペンダントを見ろ!」


 彼女が胸元から出したペンダントは、先ほど出品していた偽物とどこか雰囲気の似た、けれども一目で別物だと分かるほどに緻密な彫金の行われた逸品であった。

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