第8話 小心者の詐欺師
「これは……かの有名な魔道具、『ガーニーコレクション』なんだ!」
有名なガ、ガ、ガーニーコレクション!?
「それってどんなカニですか?」
「どんなって、高名なガーニーって言ったら一人しかいないだろ!」
「そうですか? 色々いるじゃないですか、タラバとかズワイとか」
「違う! 蟹じゃない! ガーニーコレクション! ガーニーは制作者の名前!」
バンバンと唾を飛ばし地面を叩く店主さん。
ああ、なるほど。
なんか魔道具の中でも有名な製作者がいるんですね、正直全く聞いたことないんですけど。
「なるほどね、もう全て理解してしまいました。ところでソフィアはカニさんコレクションの事知ってました?」
「ええ」
彼女は少しぞんざいな手つきで『ガーニーコレクション』を掴み上げると、まじまじと眺めながら続けた。
「百七十年程前に存命であった高名な魔道具の制作者、ガーニーの作品の中でも特に有名な物を指しますわ。好事家の中では所持するだけで羨望の眼差しを送られるほどに」
持ってるだけで!?
そんな凄い奴なんですかそれ!?
確かによく見てみればなんか凄そうなものに見えてきました。
銀色の金属部分とか……ほらちょっと引っかけたら外れそうな装飾とか……なんかこう、すごくすごいですねこれは。
間違いありません。
「あ……詳しいね……」
どうやらソフィアの話す内容に間違いはないらしい。
店主さんもちょっとぼうっとした顔つきで、驚きからか視線を左右へと彷徨わせ彼女の言葉を肯定する。
そんな貴重なもの、下手したら博物館とかに並んでいてもおかしくないものじゃないですか。
今日ここに訪れて大正解でしたね! これは目玉が半熟になるほどじっくりと見ておかなくては損というものでしょう!
「へえ……その、やっぱり高いんです?」
「いえ、とある特性から幾らお金を積もうとも手に入れられない。だからこそ好事家はガーニーコレクションを欲する……そうでしょう、店主さん?」
眺め終わったのだろう、ソフィアが軽く放り投げてきたそれを慌ててキャッチする。
どうやらこの魔道具はペンダントのようだ。今は外れているがチェーンをつけるための金具もあり、真ん中には魔石をはめ込む為だろう、小指の爪ほどの凹みが作られていた。
こんな小さなモノが伝説の魔道具だなんて、本当に分からないものですねぇ。
一体どんな魔法が発動するのでしょうか? ソフィアのカードも凄かったですけど、これはきっともっと凄いんでしょうし是非見てみたい気も……しかし持ち合わせの魔石はありませんし……ひじょーに残念。
「あ、うん……その、ガーニーコレクションにはこんな噂があるんだ」
恐る恐る両手でそっと戻す私の上で、店主さんの声がはっきりと聞こえた。
「――まるで惹かれ合うみたいに、真の持ち主の元へと現れる」
惹かれ、合う……?
「きっ、君、さっきこれに目が惹かれよね?」
「ええ、はい。まさか!」
「半信半疑だったけどやっぱり、うん。そうなんだ、これはそのガーニーコレクションの一つなんだ。ずっと倉庫にあったんだけど……」
「信じられないけど本当だったみたいだ! だから君には千円で譲るよ!」
「ええ!? 本当ですか!?」
「あたりまえさ! だって君に惹かれたんだから!」
にっこりと優しい笑みの店主さん、不思議と後光が指しているかのようにすら感じます。
こ、これが出会いなのでしょうか……!?
まるで聖堂に置かれていた本のように奇跡的なめぐり逢いが、今まさに起ころうとしている……!?
それにそんな凄いものをたった千円で!? たった千円で買えるということは、たった千円で買えるということですか!?
「千円……千円……どうしましょうソフィア!? 私伝説になるチャンスが巡ってきたかもしれません!!! 必ず! 必ずお返しするので千円だけ貸して頂けないでしょうか!?」
「落ち着きなさいファルシュ」
「あたっ」
額を襲う小さい衝撃。
「千円程度であれば出すのに問題はないけれど、はて、
「……っ」
「ねえ店主さん。先ほどの反応といい、貴女随分と魔道具に詳しいようね」
いつの間にかソフィアは店主さんの後ろへと回り込み、彼女の肩へと腕を回していた。
声音も、手つきも、表情もにっこりと優しいもの。
なのになんだか凄い……冷たい。具体的にどうこうとは言えないけれど、いつものソフィアとはちょっと違う気が。
あれ、なんか……もしかしてソフィア怒ってます?
「ガーニーが魔道具制作していた時期は永久式と魔石式の過渡期、故にハイブリッド型が多いのも特徴の一つ。けれどこれは魔石式、それに使われている金属もこの鈍い色からして魔鉄と随分安価な物ですわね」
魔鉄といえば魔道具の素材として一、二を争う程度には一般的です。
魔石を混ぜ込んでいるんだったか、魔力が籠っているんだかは知りませんが錆びやすいとかなんとか。
たしかうちの聖堂で使われていた蛇口も魔鉄製だったはず、最近はちょっと水の味が鉄っぽいんですよね。
「ガーニーコレクションは当時ですら名の知れた彼が心血を込めて作った逸品、当然その全てが貴金属や宝石をふんだんに使った装飾が施されている。でもこれはデザインが随分シンプルね」
店主さんの頭が少し後ろに下がり、けれどがっちりと肩を掴まれて動けないことに気付く。
「永久式ってなんですか?」
「今だとあまり使われていないタイプですわ。空気中の魔力を吸引しほぼ永続的に使える反面、スイッチが着いたままであると大きな事故を起こしかねないというデメリットを抱えているためにね」
なるほど。
魔石式なら確かにスイッチを付けたままでもいつかは魔力が尽きたら消えますね。
それにソフィアの言いたいこと、そして怒っている理由も大体わかりました。
「あら、気分が優れないみたいね。手の先が随分冷えていますわ、それに少し口元が震えて血色も良くない。こんなに朗らかで暖かい日なのに」
「ぼ、ボクは……」
血の気が引くとはまさにこのことか、見る見るうちに店主さんの顔色が真っ青になっていく。
もじもじと脚を擦り合わせ、両手を胸の前で忙しなく動かす様子は挙動不審。
「もしかして出品は今日が初めて?
ひゅ、と彼女の喉が鳴った。
はっきりと目で分かるほどまで震える全身。
「
限界を超えた彼女は突然手足をだらりと垂らし……
「ちょ、大丈夫ですか!?」
立ったまま気絶しゆっくりと倒れ始めた彼女を、私はどうにか抱きかかえました。
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