第7話 カニですか?
「ただいま戻りましたー。こっちは日用の薬品。これは卵2パックと調味料、それと袋麺に保存の効く根菜類買ってきましたよー!」
「ええ、ご苦労様。休んでいて構いませんわ」
ビニール袋からガサゴソと引っ張り出されていく数々の物品。
一つ一つを確認し注文したものが全て揃っていることを確認したソフィアは、満足げに微笑み頷くと一つ一つを胸に抱え、段ボールハウスのあちこちへと物を仕舞い込んでいく。
「でも卵って大丈夫ですかねこれ?」
一次的だがベンチに並べられ、日光を受けつややかな白の殻を見せつける卵たち。
サイズもまばらながら罅もなくまじまじと見れみれば案外綺麗な見た目をしているが、問題が一つあった。
卵って……生ものですよねぇ。
冷蔵庫もないのに腐ってしまいそうですけど、やっぱり買い物に行く前にちょっと相談した方が良かったかもしれません。
「卵は常温保存可能ですわ、特にこの季節なら影になる場所へ置いておけば問題ないでしょう」
肩をすくめるソフィアの言葉にふと思い浮かぶ光景。
「ああ、そう言えば確かにお店でも常温で山積みでしたね」
「でしょう? とはいえ小型でもいいから冷蔵庫と加熱手段の確保、それに虫などの対策は急務ですわね……魔石型ならばここでも使用可能でしょうし」
加熱手段は一応存在します。
ここは近くに林が存在しているので枯れた木の枝は幾らでも供給される、そのため焚き火は簡単に行えるから。
事実ここ数日は穴を掘っての焚火によってお湯などを確保していました。
火の粉が飛んでしまっても最悪ソフィアのあの魔道具がある為問題はありません。
……とはいえずっと焚火という訳にもいきません。
種火としての保持も大変ですし調整が出来ないなど色々な点で不便、現代社会で生まれ育った私達が常用するにはあまりに原始的すぎます。
そして冷蔵庫も、少しずつ暖かくなってくるこの現状では虫や腐敗対策は急務でしょう。
「冷蔵庫ですか……ここに売ってるかもしれませんね」
胸元のポケットから折りたたまれた紙をじゃじゃんと取り出す。
「あら、それは一体何ですの?」
「でん! フリーマーケットのチラシです!」
チープなデザインの絵と微妙に凝った文字。
なんとも手作り感満載なそのチラシは、この街の月末に行われるフリーマーケットの宣伝が大々的に描き上げられていた。
「丁度通った所でやってたんですよ! 小さい冷蔵庫くらいなら買えるかもしれません」
「ふむ……これは中々興味深い……」
少し顎に手を添え、確かめる様に数回頷いたのが合図だった。
「中古のお皿などなら安く買えるでしょうし、少しばかり覗きに行く価値はありますわね」
◇
「静かな街だと思っていましたけれど、ここは随分と活気がありますのね」
「遠くから来てる人も多そうですよ、ほら車のナンバー!」
恐らく臨時の駐車場だろう。
簡易的にチョークで描かれた枠にずらりと並ぶ車たちは、よくよく見てみれば見知らぬ地名が記されているものも入り混じっている。
話には聞いていましたが、まさかこんな賑わっているとは思ってもいませんでした。
これならもしかして案外掘り出し物も見つかるかもしれませんね!
横を歩くソフィアへちらりと視線を向け、普段は澄ました口角がいつもより随分と上がっていることに気付き少し微笑む。
どこか孤高然とした彼女が随分と近くに感じられる気がしたから。
「あら、このお皿は……!!」
その時だ。
ぱっと横の少女が一層に明るく表情を変え、銀の髪をふわりと舞い上げしゃがみ込んだ。
「どうしたんで……す……?」
どうやらソフィアが立ち止まったのは一つの露店のようだった。
色とりどりに並ぶ皿たちは奇妙、いや、人によっては不気味とすら評するであろう歪な……生命体? らしきものが描かれている。
そのどれもが店主の自作のようで、手書きのポップアップなどに描かれた文字を流し読みしながら、ファルシュは内心で苦笑いを浮かべた。
うーん、これは無いですね。
だが直ぐにはたと気付いた。
なぜ自分がこの店の商品に目をやったのか? そう、それはソフィアが立ち止まったためだ。
そしてなぜソフィアは立ち止まったのだろうか、と。
「……えっ、ま、まさか!?」
あ、あり得ません……!
しかしこのソフィアの表情! このソフィアの手つき! 態度! まさか……まさか!
食い入るように皿たちへ見入り、忙しなく右へ、左へと移動する視線。
それはファルシュが出会って数日で初めて目にし、そして人生においてすら最もキラキラとした瞳であった。
「素晴らしいデザインですわね! これを三枚、いや、五枚頂きましょう! それとその小皿、お椀も同様に五枚ずつ!」
「ええええええええええ!? 本気!? 本気ですか!?」
嬉々として皿を積み上げていく少女に戦慄するファルシュ。
まさか本当はこのお皿には芸術的価値がある……?
いやまさかそんなはずありません。もしこれが芸術品なのだと評するお偉いさんがいるのだとしたら、私はその人の口を握り掴んですら認めませんよこれは!
「正気に戻ってくださいソフィア! こんな小学生が描いたバナナみたいなのが描かれた皿、常識的に恥ずかしくて使えませんよ!?」
「……これヒヨコなんだけどなぁ」
「ヒヨコ!?!? あ……すみません、いやその……とても……いい、絵ですね!」
今、ファルシュにとってはおじさんへニコっと歪んだ笑みを浮かべる程度が精一杯のフォローだった。
自分自身お皿自体は欲しいと思っていた、これは事実。
そしてお皿もまあ、絵柄は特に気にしてなどいなかった……今、この時までは。
ま、まずい。
このままではこのひよこ(?)のお皿を使うことになってしまいます……!
何の変哲もないそこいらで売ってるような無地のお皿が、こんなに欲しいと思ったことは一度だってありません!
「行きますよソフィア!」
「離しなさいファルシュ! お皿は必要でしょう!」
「そうですけど! それにしたってもこれじゃなくていいじゃないですかぁ!」
腕をぐいぐいと引っ張ってみるも、その小柄な体からまるで大地に根が張ったかのように動かない。
普段の力の無さからすんなり勝てると思っていたファルシュもこれには驚いた。
よく見れば彼女の右胸元だけがこんもりと盛り上がり、ほんのり銃の形が浮かび上がっているではないか。
そこまで!?
魔道具を使って身体強化してまでこれが欲しいんですか!?
「ファルシュ」
「……? なんですか?」
「芸術品とは一体何なのかしら? 知識を蓄え初めて理解できる、それも一種なのかもしれませんわ。けれども本当にそれでいいのかしら。何も分からない人間にですら訴えかけるものがある、本能的に好ましいと思えるものこそが真に芸術だと言える、そうは思いませんこと?」
空のように透き通った蒼い瞳が語り掛ける。
「でもこれは違いますよね?」
「それを決めるのは私の本能ですわ」
「人間なんだから理性で考えましょうよ! 慈悲深い神の与えたもうた唯一の武器ですよ!?」
「シスターのようなことを言うのはやめなさい、あまり似つかわしくありませんわ」
「れっきとしたシスターですよ!」
妙なこだわりによって一つ一つが手書きの絵、当然量産品のお皿と比べればその値段には差が生まれる。
ソフィアの思うがままに買ってしまえば間違いなくお金が速攻で尽きるだろう。
しかし彼女の態度は堅牢な城壁にすら勝る、今のファルシュには推し崩すなど出来そうにない。
諦めさせるという選択肢を諦め、最後に選んだのは譲歩だった。
「我慢して私も使いますから予備も含めてせめて三枚ずつにしましょう! ね!」
「いや、しかしここで買わなければいつ出会えるか……」
「冷蔵庫だって探さないといけないんですから!」
「……それもそうね、中皿三枚、それと大皿を一枚下さいな。ええ、紙に包んでいただけるかしら?」
.
.
.
「中々売ってませんね」
ちゃきちゃきと微かに皿が鳴る音を聞きながら周囲を見回す二人。
一通り歩き回ってみたものの、目的の冷蔵庫は見つからなかった。
やはり問題となるのはそのサイズだろう。多くの参加者は一般人であり、トラックや大型車なども持ち合わせてない家庭がそれをここへ運ぶのは一苦労。
ならば費用が掛かるとはいえ、廃品回収業者を呼びつけた方が断然楽なのだ。
残念ですが今日は撤退でしょうか。
明日あたり、ソフィアが出ている間に少し聞きまわってお店を探しに行った方が良いかもしれませんね。
眉を寄せ、なんとも
「これって何ですか?」
小さな露店だった。
並べられているのはあまり見慣れない……魔道具、だろうか? 見慣れぬデザインからして恐らく量産品ではない。
ファルシュが覗き込んだ瞬間、端っこの方で縮こまっていた黒い影がぬっと動き出し、商品に手を伸ばしたファルシュの片手を握り掴んだ。
「あ、あっ、あのっ! これに興味を持ったの!?」
「へ? ああ、はい」
よく見れば店主は随分と若い女だった。
ひょっとすればファルシュ、いやソフィアと同じ程度の年齢かもしれない。
緩く巻いた黒髪のボブをぴょんぴょんと跳ねさせ、きょろきょろとあちらこちらへ挙動不審に視線を動かしながら彼女はまくしたて上げる。
「こっ、これを貴女に買ってほしい! い、一万……、い、いや、千円でいいから!」
「え? は? ちょ、何の話です!?」
まだ何も話していないのに金額が十分の一にまで下がってしまった。
あまりに爆速かつ勝手に進んでいく話に目を白黒させるファルシュ、第一何の魔道具かすら理解していない。
わお。
これには、『ファルシュちゃん距離が近いよね』、と良く聖堂で褒められるさしものファルシュちゃんですら驚愕が止まりません。
出会って三秒でこれほどまでに距離を詰めてくるとは、この人相当出来ますね。
ぱちくりと瞬いて唖然としているファルシュ、そして不審げに眉を顰めたソフィアを置き去りにした店主は、まくしたてる様に引き攣った大きな声を上げた。
「これは……かの有名な魔道具、『ガーニーコレクション』なんだ!」
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