第2話 筋力の証明
静まり返った真夜中。
光も差し込まぬ段ボールハウスの中で、小さな少女に抱き着く黒い影。
「もっ!?」
まるで手足が蛇かのようにその全身を包み込んでいき、銀髪がシスター服へと呑み込まれていく。
「ちゅ……ちゅぶさ……」
「ふぇーあったか……えへへ……」
ゴキュッ
メキョッ
「あ゛っ」
.
.
.
「ふぃー……うーん、良い朝ですね」
パキポキと子気味の良い音を鳴らしながら、太陽に向かって盛大な伸び。
聖堂を飛び出てから半日。
不思議な出会いをしたお嬢様(?)との一夜は、決して寝心地の良い環境は言えないものの悪くはないものでした。
「えーっと、あっ。あったあった、良かった!」
周囲をぐるりと見回しほっと一息。
それは革製の、随分と使い込まれた旅行バッグ。
というのもこれ、聖堂に以前寄付され倉庫で埃をかぶっていたのを、こっそり私が飛び出すときに持って来たんですよね。
中には着替えのシスター服や下着などが数着、それに細々とした必要な小物やタオルなど。
誰かに持っていかれていなくてよかったで。まあ人気のない、しかも森に近い公園なんてそうそう人が寄ってくるとも思いませんが。
それにしても……
「凛としている様に見えてやっぱり子供なんですねぇ」
じゃばじゃばと備え付けの水道で顔を洗いながらふと微笑む。
もう随分と太陽が高く上がっていますが、お嬢様はまだ睡眠中のようです。
なんか思ったよりびくびく震えてましたが、まあちょっと変わった体質の方なのかもしれません。
それに昔々より寝る子は育つと言いますしとても良いことだと思います。
「あっ、おはようございます!」
「……貴女を招き入れたのを
「なっ、朝からいきなりどうしたんですか!?」
げんなりした顔でお嬢様はつかつかと私の横へ近づくと、無言で顔を洗い始めました。
よく見ればその透き通った肌にはうっすらと隈が。
まさか昨日私を介抱したせいで寝足りないのでしょうか?
「私に出来ることなら何でも言ってくださいね、必ずお力になりますから!」
「今すぐ出ていきなさい」
「え!?」
「……軽い冗談ですわ、そう深く気になさらないで」
ふっ、と小さな笑みを浮かべ彼女は私の持つタオルを受け取り、そっとその顔を拭った。
いやーですよね!
それにしても初日からこんな冗談を飛ばし合えるだなんて、もしかして私もうお嬢様と仲良くなりかけているのでしょうか!
「しかし貴女」
「ファルシュです!」
そういえば私の名前をまだお教えしていませんでした。
彼女は目をきょとんと丸くしたものの、直ぐに合点が言ったようで小さく頷き、
「……ああ、なるほど。ファルシュ、貴女といると
「えっ!?」
あら、あらあら?
まさか。
「その、そういうのはまだ……だって私達まだ昨日であったばかりで、あなたの名前も知りませんし……あっ、ちょっと待ってください! 何処に行くんですか!?」
無言でその場を立ち去り、戻ってきた彼女。
その手のひら大のカードには縦横に七の列、合計四十九の空白。
上にはきっと彼女の文字だろう、細くしかし優雅な文体でファルシュポイントと書かれているではありませんか。
「次話を茶化したらその度に一点ずつ加算していきますわ、全部埋まって更に点数を獲得……つまり五十点を超えたら分かってますわね?」
「ど、どうなっちゃうんですか? もしかしてご褒美が」
「ここを追い出しますわ」
……?
おいだす?
おいだすということは、追い出すということですか?
「なっ、なんでですか!? それに茶化してるって、私は至って真面目に」
「まずは1ポイントですわね」
「……! ……!!」
彼女が胸元から取り出した万年筆によって、ファルシュカードへと無慈悲にペケが刻まれる。
な、なにも喋れない……!
「それと私の名前はソフィアですわ、ソフィでもソフィアでもお好きに呼びなさい」
「はい、ソフィア様! よろしくお願いします!」
挨拶は流石に怒られませんよね!
「返事と愛想だけは満点ですわね」
「えへへ、やっぱりそう思いますか?」
「ええ。まるで大型犬をみているみたいですわ」
「可愛いですよねわんちゃん、聖堂でも捨てられてしまった子を飼っていました!」
「貴女と話していると会話が宇宙へ飛んでいったまま二度と地球へ着陸できなさそうですわね」
こほんと小さな咳払い。
やっ、これは女教皇様が真面目な話をするときにやるのとそっくり。
無意識に背筋が伸び、きゅっと口を結んで耳を澄ましてしまいます。
「話を戻しますわよ。貴女、兎にも角にも全身のどこを取っても大きいのが困りものですわ。今のままで暮らすには少し空間が足りませんの」
「確かに……」
それは私も感じていました。
実は朝ハウスから出るときにも頭がぶつかってしまいましたし、昨日の夜も少し入るのに手間取ったり、それに寝るスペースも体を曲げないと足りなかったり。
ソフィアの言う通りです。早急にどうにかしなくては、寝起きの伸びでハウスを破壊してしまうかもしれません。
「ブルーシートは先日買った物が余っていますし、段ボールだけ貰ってきていただける?」
「なるほど! はい、了解です! 早速行ってきますね!」
「あっちょっ、ファルシュ店の場所は……」
段ボール! 確かに小柄なソフィアでは畳まれた段ボール一箱分でも運ぶのは大変なはず!
人より少し大柄な私なら彼女の何倍も運べます! さあ、今こそ御恩を返す時ですね!
.
.
.
辺り一帯が次第に赤く染まっていく。
カラスの物悲しい鳴き声が木々の隙間から漏れ聞こえ、一陣の風が新芽を撫でていった。
ふう、ちょっと時間がかかりましたがやっと帰って来れましたね!
段ボールハウスの入り口で座り込んでいたソフィアへ手を振り、背負っていたものを見せびらかす様にくるりと一回転。
「ファルシュ、貴女随分と出た時から比べて体積が増えてますわね」
「遠まわしに太ったみたいな言い方やめてください! 持ち切れない分を服の中に入れてただけですよ!」
「そう。取りあえずあなたが寝る場所だけでも少し拡張しましょう、私の命の為にも」
拡張と言っても時間が時間、そう大したことはできません。
壁になってる段ボールの一部を抜き取り、代わりに横へ長く拡張するだけ。
丁度私が中で寝っ転がって足が延ばせる程度に広くしたら、上下へ水が沁み込んだりしないようビニールシートをかぶせあちこちを縛り、ちょっと石を乗っけて風で吹き飛ばされないように固定。
とはいえ辺りがすっかり暗くなったところで作業が終わり、街灯の下に備え付けられたベンチで二人ようやく座ることが出来ました。
そんな時、ふと聞こえた小さな鳴き声。
それは小さな虫さん……とは言ってもお腹の虫ですが。
「はあ……お腹がすきましたわ」
おなかに手を当てぼんやり呟くソフィア。
むっ、今です!
「ソフィア、ソフィア!」
ちょっと疲労が現れた顔でこちらを振り向く彼女。
ただでさえ細身の彼女がこう言った作業、きっと相当に困憊していることは予想に難くありません。
そう、そんなときにこそごはんを!
「じゃん!」
がさりとビニール袋から二つの箱を取り出し、彼女へででんと見せつける。
「あ、あら? これは? まさか貴女どこかから盗んできて……」
「ちがいますよ! 廃棄品のお弁当です! さまよった先で色々手伝ったら頂きました!」
「まあ……もしかして先程妙にあちこちが膨らんでいたのは、これを?」
「はい! あとちょっと萎びてますがサラダもこちらに! それにちゃんとフォークも貰ってきましたよ、どうぞ!」
「あら、あら、まあ」
「さぷらーいず!」
目を丸くし口元へ手を当ておどろく彼女、これは完全に予想だにしていなかったようです。
どうやら上手く行ったみたいですね!
「ふふ、ありがたく頂きましょう。まさか普通の食事を頂けるとは思ってもいませんでしたわ」
「お口に合えばいいんですけどね!」
その後は先ほどよりソフィアの表情が柔らかくなった気がしました。
いやあこういったお弁当、実は私も初めて食べるんですけど美味しかったですね!
大分味は濃かったですが肉体仕事の後には中々悪くありません!
「ふう……ごちそうさま」
「はい! ゴミは明日捨てに行きましょう、こちらのビニールへ入れておいてください!」
「ええ、ありがとう」
「はてさて、それでは……さらにじゃん!」
私がさっと取り出したそれは茶色い板が幾つも入った袋、表にはには『史上最硬鬼瓦せんべい』の文字。
「まあ、これは……クッキーの様なものかしら?」
「はい! 誰にも買われないまま在庫が余っていたそうで!」
ソフィアに一枚手渡すと、少し香りを嗅いで彼女の顔が明るくほころぶ。
香ばしい小麦と砂糖の焦げた甘い香り、これに喜ばない子はあまりいませんね!
「少し大きいですわね、四分の一程度に……ふぬぬぬっ……! かっ、堅っ!? な、なんですのこれ!?」
両端を摘み上げ必死に折り曲げようと試みるも、その細腕では瓦せんべいの歯牙にもかからなかったようです。
諦め小包みへと戻し、本体の袋をひっくり返したりして黙読を始めました。
「あっファルシュ、これは備え付けの木槌で小さく砕きながら、口の中でふやかして食べるみたいです……わ……」
「ふんっ! ソフィアどうぞ!」
ちょっと力を込めた瞬間、はかなくも袋の中で幾つもの欠片へと砕け散る市場最硬のせんべいさん。
ふむ、すこし硬いですが簡単に握り砕けましたね! ちょっと小さくなりすぎな気もしますが、ソフィアのお口は小さいのでこれくらいがちょうどいいのかもしれません!
「ひょえ」
「
いやぁこれ中々歯ごたえがあっておいしいですね!
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