ただのシスターには荷が重い!

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一章 出会っちゃったからにはもう、ネ

第1話 段ボールハウスの女神

「え? 昔話をしてほしい、ですか?」


 若い女だ。

 滑らかな金髪を背中へ流した、一般的な女性と比べて随分と大柄ではあったが、女性らしい体つき、そして常に柔和な顔つきを浮かべているために威圧感はさほどない。

 公園のベンチに座った彼女がにこりと笑った。


「そうですね、どこまで話しましたっけか。気弱な魔道具師? 愛の探究者? 吸血鬼の三姉妹と決して叶わない祈り? 彼女の復讐劇? 私の出生と聖堂の悲哀? カードの秘密?  失われた幻の王? それとも……」


 子供たちにとってシスターを名乗る彼女の話はどれも新鮮だった。

 なにせ一つ一つの話がどれも大冒険ばかりだ。しかもほら話とはまた違う、日常を一枚捲ったらそこに存在する様なリアリティーを伴っている。

 思えば日本の街に似合わぬ彼女のシスター服も、日常に飽きた子の気を惹く要素の一つだったのだろう。


 ともかくファルシュと名乗る元シスターは現れれば子供たちに直ぐ群がられていた。


「ファルシュ、貴女また子供に嘘を吹き込んでいるの?」

「ちょっ、ソフィア! またって、私がいつも嘘吐いてるみたいな言い方やめてください!」


 しかし意気揚々と口を開きかけた彼女を、鋭く咎める存在がいた。

 ソフィアと名乗る銀髪の女性だ。ファルシュとは真逆に豊かな銀の髪を後ろで纏めた彼女は、やれやれとでも言いたいかのように肩をすくめ、頭一つほど差のあるファルシュの横へと座り込んだ。


「あーもういいですよ! なら私とソフィアの出会いも話しちゃいますもんね! いいですか? ソフィアは昔もっとつんけんしていてですね、口調も――

.

.

.


 月が公園に降り立っていた。

 そんな表現しか出来ないほど綺麗な彼女と出会ったのは、聖堂をこっそり抜け出した真夜中の事でした。


「わぁ……!」


 まるで銀糸を紡いだかのように美しい髪を緩く巻き上げ、木漏れの月明かりの下誰にも見られることなく何かをしている姿が幻想的で、物語の妖精が飛び出して来たかのようで。


 す、すごいです!

 あんな人が本当に存在するなんて! やっぱり聖堂を抜け出して正解でしたっ!


 こんな公園の脇にあるちょっとした森の中での奇跡的な出会いに感動と興奮、そして自分なんかが見ていいのだろうかという一抹の不安。

 されどその不安すらもが今の自分にとっては興奮の材料たりえて、木の裏から覗き込むことを止めることは出来ませんでした。


「ふう、よいしょっと」


 彼女がどさっと、何かを地面へ横たえるまでは。


 それは黒っぽい感じの袋でした。

 黒っぽくて、持ち上げた本人より少しばかり大きく、随分と重量感のある……


 どうやら彼女はつい先ほどまで穴を掘っていたらしく、横で地面に突き刺していたスコップを手に取り、今先程横たえたその黒い袋へわっせ、わっせと土を乗せ始めたではありませんか。


「うそ……あれってもしかして……!?」


 ――し、死体埋めてるゥ!?


 そう、それはどう見ても死体だった。

 道行く一般人を五人くらい見繕って今の光景を見せつければ、間違いなく全員が『ああ、これは死体』ですねと言い切るくらいにはバチクソに死体だった。

 後よく見たら周囲にいくつも似たような穴が存在している。


「しかも割と一杯埋めてる!?」


 どっ、どどどどどっ、どうしましょう!?

 ぽ、ポリスメン! まずは警察に……警察ってどこにいるんでしょう!?


 じりじりと後退しながらも目を離せずにいると、パキっと子気味のいい音が足元から。

 月明かりに照らされた蒼い瞳が、じろりと木の裏に隠れていた私を睥睨していることに気付いてしまった。


「あっ」

「あら」

「ひぃぃっ」


 時すでに遅し。

 困った様に眉をひそめ、何のためらいもなくこちらへ歩み寄る銀色の殺人鬼。

 たらりと頬に汗が伝う。


「見てしまったのですね、困りましたわ」


 白魚のように細い指先が、ゆっくりとこちら側へ伸ばされた。

 無意識に激しくなる呼吸。視界が次第に白く染まっていき、喉がキュウと絞り上がる。


 殺され……!?


.

.

.



「う、うう……」

「やっと目が覚めましたわね」


 あれ、私いつの間に寝て?


 鈴を鳴らすような声へ導かれるように、うっすらと瞼を開き……瞬時に意識が完全な覚醒へと至りました。

 視界一面を埋め尽くしていた少女の顔は人形のように整っていて、そしてなにより間違いなくあの銀の殺人鬼その人だったのですから!


「……あっ、ひぃぃ! 銀髪ドリルの殺人鬼ぃ!?」

「ああ可哀そうに、貴女ずっとうなされてましたのよ。きっとひどい夢でも見ていたんでしょうね。でももう大丈夫ですわ、ここには私しかいませんのよ?」

「う、う、嘘です! 騙されません!」


 しれっと流そうとしていますが私は騙されませんでした!

 これでも私は聖堂では嘘を見抜くとして有名なんです、よく褒められますから!


 膝枕からばっ、と飛び起きファイティングポーズ。

 しゅっ! しゅっ! 私を騙そうだなんて十年は早いです。


「せん妄、ですわね」

「えん、もう?」

「ええ。何らかの理由で意識を失う境界などにいると、本当にリアルな幻を見ると聞いたことがありますわ。信じ難いかもしれませんが、もしかしたら貴女は何か恐ろしい幻を見たのかもしれませんわね」


 いともそれが真実だというように、淡々と話す銀の少女。

 その知的な顔つきと冷静な態度、よく分からない専門用語っぽい言葉に、思春期の少年より尖っていた私の心の棘がごりごりと削られていく。


 そうかな……? そうかも……?


「え……? そ、そうなんです、か……?」

「ええ、信じ難いでしょうが。そんな事より貴女、気絶していたのだからそんないきなり立ったり、ましてや激しい運動なんてやめなさいな。ほら、こちらへ腰掛けて」


 幻想……たしかに……。

 よく考えたら確かに、こんな綺麗な人が真夜中の森の中で死体を埋めているだなんて、まともに考えたらありえませんよね。


「しかしこんな夜更けにうら若き乙女が公園で一人だなんて、一体何を考えていらして? 粗暴な輩に襲われても仕方がありませんわ」

「そっ、それは……その……」


 それはなんとも至極真っ当な話、しかし一番突かれたくなかった内容で。 

 もじもじと指先をすりあわせてちらりとちょっと下を見る。


 気絶していた見ず知らずの私を介抱してくれたこの人なら、信じていいのかもしれません。


「その……」

.

.

.


「家出を、へぇ」

「けっ、警察には連絡しないでくださいっ!? あと聖堂にもっ!」


 必死に少女へ抱き着き何度も頭を擦り付けて懇願。


 聖堂でシスターをする日々に不満があった訳ではありません。

 他のシスターは皆捨て子から拾われたので、些細な喧嘩をすることはあっても、だれかを虐めたりなんてのはありませんでした。


 ただ、なんとなく。

 なんとなく違和感を覚えたんです。

 外の生活なんて知らないはずなのに、なにかふと違和感を覚えてしまって……気が付いたら聖堂を飛び出していました。


「仕方ありませんわね、特別ですわ。私が暫く雇ってあげましょう」

「ほっ、本当ですか!?」

「貴女、出会ったばかりの人間を信用するのはやめた方がよろしくてよ? 不用心にもほどがありますわ」

「うっ、嘘だったんですか!?」


 なんと間髪を入れない掌返しだろうか。

 落胆する私の浮かべた疑問へ彼女はいたずら笑みを浮かべ、ふわりと立ち上がる。


「冗談ですわ。雇うとまでは言いませんけれど、多少の宿を提供する程度なら構いませんもの。さあ着いてきなさい」


 なーんだ、やっぱり優しい人でしたね!

 ファルシュちゃんアイはやはり高性能です、見透かせないことはあんまりありません!


 未だ名も知らぬお嬢様の服装はシンプルながらも優雅なゴシックのワンピース、彼女の立ち振る舞いも合わせて気品が香り立っている。

 はてさてこの方は一体どんな方なのでしょうか? もしかして……外国の貴族や、またまた王族だったり!?

 期待に胸を膨らませつつてくてくと着いていくと、彼女はそう時間をかけることもなく立ち止まり、正面へゆるりと片手を指しだし笑った。


「ここが今日から貴女の住処ですわ」

「こ、これ・・って……!?」


 ここが……私の新たなマイホーム……!?

 これが……!?



 公園からまだ出てもないのに!?

 歩いた時間経った三十秒くらいなのに!?

 まさか……まさかこの――


「――どう見ても段ボールじゃないですか!? これが家!?」

「失礼な、作るの大変でしたのよ?」


 どう見ても段ボールハウスでした。

 石と紐ビニールとブルーシートで雨風凌げるように補強されてはいますが、どれだけ目を凝らしても豪邸とは到底言い難いほどの段ボールハウスです。


 腰に手を当て顔をしかめる彼女でしたが、いやいや、待ってくださいよ。

 おかしいでしょうと怒りたいのは私の方です。


「だって貴女口調がですわって! 髪の毛もくるくるしてるしっ! 絶対お金持ちだと思ってましたよ!? ラッキーって思ってたのにっ!?」

「文句があるならそこにいなさい。この夜半で誰かに襲われても構わないなら、ですけれど」

「あっ、ちょっ!?」


 つんと澄ました顔で段ボールハウスへ姿を消す少女。

 まだ話が終わってないと顔を突っ込もうとした私の目前で、ぴしゃりと感情もなく閉じられるミカン箱製の扉。

 暗闇の中でマスコットキャラクターの『おいしいよ!』というセリフだけが、あまりに空虚に目前で浮かんでいます。


「ひぃ!?」


 彼女が消え私一人静寂に満ちた空間、周囲から溢れ出す魑魅魍魎の鳴き声。


『誰かに襲われても構わないなら』


 少女の言葉が脳裏を幾重にも反復横跳びを繰り返す。


 どうしたらいいのでしょう女教皇様……!? 哀れな私めに何か救いの手を……!?


『いいですかファルシュ、人は過ちを犯します。時として許されない行為を犯すこともあるでしょう。そんな時にたった一度だけ、大体許しを与えられる方法があります。それは……』


 脳裏に浮かんできたのはかつて女教皇様から教わった、この東洋に伝わる最終奥義でした。


 ええ。

.

.

.


 やるしかありません――――土下座を。


「ごめんなさい、生意気言って申し訳ありませんでした。住まわしてください、なんでもします」

「ええ、構いませんわ。これからよろしくお願いしますわね」

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