第6話
会議室で六人が顔をあわせたのは、正午をわずかに過ぎてからだった。
グアントの顔は真っ赤で、どれほど焦っていたかわかる。
「我々を待たせるとはどういうことか。いつ仕掛けてもいいのに、こうして話し合いに応じているのだぞ。そのあたりをわかってほしいな」
「これは失礼を」
トゥクラスが応じた。慇懃無礼なふるまいはわざとだ。
「では、はじめましょうか。領土の割譲についてですが」
「返還だ。元々、あそこは我々の領土だった」
「ですが、今は我々の領土です。勝手に奪い取られて見過ごすわけにはいきません」
「従わないつもりか」
「さようで。どうしてもというのでしたら、力尽くで来ればよいかと」
グアントの顔に赤みが差した。対照的に、サミトンやトアスの表情はいっさい変わらない。
「よかろう。ならば、交渉はこれまでだ。ヤマニト丘陵は我々がいただく。その時に吠え面をかかぬようにな」
「一つ、確認ですが、割譲する領土はリソレ川の東岸地域でよろしいのですね」
エヴィが口をはさんだ。事前の打ち合わせどおりだ。
「そうだが」
「本当に、それでよろしいので」
「当然だ。我々は奪われた土地を奪い返すのだからな」
「結構。では、このこともご存知ですな。リソレ川が、ヤマニト丘陵の近辺でよく流域を変えていることを」
「何だと」
グアントは、驚きの声をあげた。サミトンやトアスも目を丸くしている。
「リソレ川は丘陵の北方で大きく蛇行しています。河川がいくつか合流しているのでやむを得ないのですが、大雨が降ると、水の流れをさばききれず、大洪水を起こします。ひどかったのは65年前で、この時、一気に流域は東に移動しました。今の流域に落ち着いたのは、28年前です」
エヴィは、地図を取りだして、長卓に広げた。
「大雨になれば、また流れは変わります」
「それがどうした。何が言いたい」
「もうおわかりでしょう。東岸30万イリリの土地を割譲し、ここに国境線を引けば、流域が大きく西に移動した時、そっくりその部分も西に動くことになる。ヤマニト丘陵とはまったく離れた場所にね。それでもよろしいのかと聞きたいのです」
「詭弁だ。我々が欲しいのは、あの丘陵だぞ」
「広さで領土を求めている以上、どうにもなりません」
エヴィはそこで言葉を切り、三人を見つめた。
「682年の第三次ラセニ条約で、国境線はリソレ川と定められた。ただし、流域が変わった時には話しあうという付帯条項がつけられている。ここで新たに条約を結び、割譲を求めるのであれば、この付帯条件は無効になり、国境線はリソレ川に固定される。流域が変わるたびに国境が移動する。西に遷移すれば、サクノストの領土が大幅に削られることもありうる。そのことを認識して、交渉に臨んでいるのか。いかがか」
グアントは沈黙した。サミトンはうつむき、トアスは記録を残すことで手一杯だ。
エヴィはうなずくと、トゥクラスが話をはじめた。
会議の流れは大きく変わり、それが元に戻ることはなかった。
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