第11話

 二日後、三人はコーミットの屋敷を訪ねた。事前に何も告げず、いきなりの訪問である。


「驚きました。まさか、また殿下がいらっしゃるとは」


 コーミットは驚きを隠さなかった。三人の前に坐って汗をかく姿にも動揺が見てとれる。一方、従者のダスーは落ち着いていた。


「して、何のご用件で」

「ああ、今日の話は、こちらのエヴィ殿がなされる」


 話を切り出したのは、マーストだった。

 エヴィは、入れ替わりの件はコーミットに伏せておくと告げていた。それは、策の一つでもあった。


「単刀直入に話をさせてもらおう。コーミット殿、あなたはサクノストと手を組んで、この戦いを背後から支援しているな」


 コーミットは息を呑んだ。わずかに身体が下がる。


「い、いったい何の話で」

「前に、ここを訪ねた時に気になった。どうして、戦争が迫るこの状況にあっても、コーミット殿は落ち着いているのだろうと。今回の戦い、急すぎて、このあたりの住人に対応する時間はなかった。実際、ラセニの町には、荷物が山のように溜まっていると、あなた自身が語っていた。なのに、動揺する様子も見せず、ごく当たり前のように我らに対応した。そればかりか落ち着いて、戦況の分析までして見せた。それはなぜか」

「……」

「それは、サクノスト軍と事前に交渉が成立していたからだ。サクノストに協力する代わりに、取引をこれまでと同じようにつづけることを保証するという類のね。違うかな」

「な、何を馬鹿な。そんなことあるはずがない」


 コーミットは身を乗り出して反論した。


「私は食糧の挑発に協力しているんですよ。金だって出した。きちんと協力しているのに、裏切り者扱いとは。無礼が過ぎる」

「疑われたくないのだから、協力はするだろうさ。ついでに、軍の司令部に顔を出せば内情を探ることもできる。味方の配置や司令官能力を早々につかんで、サクノストに知らせていたのだろう。おかげで敵は迅速に動くことができて、圧倒的な勝利につなげることができた」

「そ、それだけでは」

「ああ、その手をこするのはやめた方がいいぞ。コーミット殿。人は隠し事をしていると、自分の頭から離れている部分が気になるんだよ。議論の最中に手をいじったり、太股をさかんになでたりするのは嘘をついている証拠だ」


 コーミットはあわてて手を引っ込めた。


「もちろん、それだけで内通云々を言うつもりはないさ。大事なのは君だよ」


 エヴィが目線で示した先には、ダスーがいた。


「私ですか」

「そうさ。君が連絡役だ。サクノストとコーミット殿のな」

「なぜ、そんなことを……」

「ここに君がこうしていることがおかしいのさ。交渉の大事なことは話していないとはいえ、両国のむずかしい懸案を王族が話している。その場に、単なる従者に過ぎない君が立ち合っているのは不自然だ。護衛役? そんなものは必要ない。不安なら、私やマーストも下げて、二人だけで話をすればいいのだからね。逆にいえば、君をここに留めておくために、私やマーストに下がるように主張しなかった。そう見るべきではないかな」


 ダスーは何も言わなかった。その目がわずかにつりあがっただけだ。


「ヤマニト丘陵の戦いに一区切りついたのも、かえってうまくなかったな。我々が、この屋敷の動向に気を配っていなかったと思っているのか。油断したな」

「そんな。わたしどもは誰とも……」

「我々は気を配っていた。その意味はわかるな」


 エヴィは言い切ると、ダスーは青い顔でうつむいた。


「知らぬと強弁してもかまわないよ。私たちが知っているのは、君が出歩いて、どこぞの密偵らしき人物と話をしていたことだけだ。本気で証拠をそろえるには時間がかかる。だがね、状況は切迫していて、いつヤマニト丘陵が制圧されてもおかしくない。これ以上、我が国に不利な勢力を手元で見逃すわけにはいかないんだよ。でっちあげてでも取り除かねばならない時もある」

「それが今であると」


 ダスーの声は驚くほど低く、これまでの彼とは別人のようだった。眼光も鋭さを増していた。


「そうだね」

「このまま逃げてもかまわないのですが」

「それはそれで、こちらの望むところだ。情報源を失って、サクノストは不利になる。我々は巻き返せるし、実のところ、君はそれで困るのではないか」

「どうしてですか」

「サクノストは一枚岩ではない。君がつながっている岩は、実は、今我々を攻めたてている岩とは違うのではないか」


 ダスーは正面からデヴィを見つめた。重い空気が部屋を包みこんだが、それは長くはつづかなかった。


「望みは何ですか」

「そう言ってくれるのを待っていた。たいしたことではないさ」


 エヴィは、ゆっくりと自分の希望について語りはじめた。

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