第4話

「改めて、挨拶させていただく。私がサクノスト交渉団の代表、グアント・リケ・トヨネルールだ。北のムレハースで領主を務めている。以後、よろしく頼む」


 白い軍服を着た男が話を切り出した。胸を張り、声も大きい。自信を持ってふるまっていることは明らかだ。


 一方で、大きな腹は軍服を圧迫していて、いささか見苦しい。丸い顔には肉がたっぷりとついていて、中途半端に伸びた茶の髪と重なって、貧相な雰囲気を作り出している。


 サクノストとの交渉がはじまったのは、エヴィが御用邸に入った翌日からだった。代表団が御用邸に現れて、三階に用意された会議室に入った。エヴィやトゥクラス、マーストは先に入って、彼らを出迎えた。

 サクノストの代表団はかなり時間に遅れて姿を見せ、席についた。グアントが話を切り出したのも、かなり時間が経ってからだった。


「遠征隊の隊長も務めている。ヤマニト丘陵を押さえている部隊は、私の手勢であることを忘れないのでほしい」

「人の国に泥だらけの靴で踏みこんできて、自慢とは恐れ入る」


 トゥクラスが反論しても、グアントは平然としていた。


「何とでもいうがよい。それで私の隣に座っているのが、サミトン子爵。外務大臣シリーン様の配下で、西部方面の外交を任されている。よろしく頼む」

「サミトンです。よろしくお願いします」


 肌の白い人物が静かに応じた。髪は薄い金髪で、瞳は薄い緑。茶の礼服を身にまとっており、胸にはサクノスト代表団である証しのメダルがつけられている。

 線の細い人物だが、顔立ちは整っていて、自然と人の目を惹きつけるオーラを放っていた。


「その横が、書記を務めるトアスだ。王室との連絡役を務める。この三人で我らは交渉をおこなう」

「丁寧な挨拶、痛み入ります」


 トゥクラスは一礼すると、グアントと同じように自分について語り、その後で、マーストとエヴィを紹介した。


「私設外交官とは驚きだな。大事な場にふさわしいとは思えぬが。ましてや女とは。我々は嘗められているのか」


 露骨にグアントは顔をしかめた。空気が緊張したが、それを打ち破って応じたのはエヴィだった。


「とんでもない。トゥクラス様が出てきたことで、格は十分に整っていると思われます。第二王子ですから。できることなら、貴国も王家の方を出していただきたかったですね」


 グアントは目を吊り上げたが、エヴィは気にしなかった。


「さらに、私が女であることを気にしておられるようですが、貴国も外交代表団に女性が加わったことがございましたね。神正暦628年、第三次パスート条約締結の際、ハレート女伯爵が副代表として交渉に参加しています。後に財務大臣を務めただけあって、見事に会議を引っぱったと聞いていますが」

「ハレート伯爵は、サクノストにその名を残す偉大な人物。貴様といっしょにされては困る」

「それは失礼しました」


 エヴィが口を閉ざしたので、会議場は沈黙につつまれた。


 両国の代表は三人ずつで、長テーブルをはさんで向かい合う格好になっている。視線を切るのはむずかしく、黙っていると自然と空気が重くなる。マーストが気にして口を動かしたところで、グアントが話を切り出した。


「よろしい。では、交渉に入るとしよう。現状は認識しておられますな」

「もちろん。貴国の軍勢が勝手に侵入して、我らの国土を押さえております。早々に撤退していただきたいですな」


 トゥクラスが応じた。声には強い敵意がある。


「何を言うか。先に手を出したのは、貴国ではないか」


 グアントは笑った。


「元々、あの地はサクノストの領土。65年前、戦争に敗れて割譲したが、我が国と祖先を同じくする者が多数住んでいる。ラセニの町には、我が国の商業団も進出しており、経済的にはサクノストに依存していると言ってもいい。戦いのきっかけになった小競り合いにしても、我が国の漁民を守ろうとした兵が弓で射かけられたので、やむを得ず反撃しただけ。放っておいたら、何をされるかわかりませんからな」

「国境線を越えての反撃は、いささかやり過ぎでは」

「貴国が増援を連れてこなければ、そのつもりはなかった。トレト伯爵だったか。彼は無礼な男で、手を引かなければ、川向こうに攻め込んで、近隣の町を焼いてやるとぬかした。だったら、先手を取って叩きつぶすよりなかろう」

「今も占領をつづけているのは、自分たちの身を守るためだと」

「そういうことだ。うかつに退いたら、我が国が危ない」


 グアントの声には余裕があった。勝っていると思っているからだろう。

 トゥクラスは顔をゆがめた。彼が強気の反論をするよりも早く、エヴィが口を開いた。


「それで、君たちの要求は」

「要求とは」

「何が欲しいのか訊いているのだ。すぱっと答えてくれ。持って回った言い回しは、時間のムダだ」

「無礼な女だな。慎みはないのか」


 エヴィが答えないでいると、グアントはテーブルを指で叩いてから切り出した。


「リソレ川の東方地域の割譲だ。範囲は30万イリリ」

「ヤマニト丘陵と広さが一致するな。あれをすべて寄越せと」

「あくまでリソレ川東方地域だ。あれは、元々、我が国の領土なのだからな」

「勝手なことを言うな」


 トゥクラスが口をはさんできた。


「占領されて、それをおめおめ受けいれろと。第一、住民はどうするのだ。そのままお前たちが引き取るのか」

「無論だ。まあ、貴国に戻りたいというのであれば、考えないことはないが、それを受けいれる者がいるかどうか」

「無礼な。言っていいことと悪いことがあるだろう」

「休会にしよう」


 いきなりエヴィが言った。その目は、正面に座る男に固定されている。


「これ以上は話しても意味がない」

「何を言うか。会議ははじまったばかりで……」

「頭が熱くなった状態で話をしても意味はないということだ。どうせ、時間はある。それとも、どうしても急がなければならない事情が、そちらにはおありか」


 突っ込まれて、グアントは沈黙した。空気が一気に冷えたところで、エヴィは立ちあがり、マーストもそれに倣った。

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