サムヤプロジェクト


 サムヤプロジェクトはイニシャル・フラグメントグループの主導したゲーテッドスマートシティ構想の総称です。ゲーテッドシティはオセアニアの島国であるツタシ共和国の離島に拓かれ、プロジェクト名から一般にサムヤと呼称されました。サムヤはサンスクリット語で「調和」を意味する語です。


 相互的精神感応技術の実現はサムヤプロジェクト構想の中のひとつの主題にすぎませんでした。相互的精神感応技術は一般にテレパシーという言葉で説明されます。イニシャル・フラグメント社の広報によれば、相互的精神感応技術はトランスヒューマニズムの技術を応用した次世代のヒューマンインターフェースであり、人間同士のコミュニケーションの手段に革新を齎すものであると期待されました。


 相互的精神感応技術の大部分が確立し、同時接続数についての制約がなくなってから、サムヤ内のインターフェース適用者の数は着実に増加していきました。これはちょうど、サムヤがグループから独立した時期と符節を合しています。最初期に接続された数百人のメンバーには、サムヤプロジェクトの主要人物も多く含まれています。はじめ、接続者の多くは普段の生活様式を変えずに、便利な道具を手に入れたというくらいの態度で、それ以外のメンバーと接していたという記録が残っています。このことで、インターフェースの適用に忌避感を示していたメンバーも次々に接続され、まだ適用の行われていないメンバーにある種の焦燥をさえ覚えさせるような環境が形作られました。接続者間の人格は一つに統合されていたはずなので、このときの彼らの態度は演技であり、集団心理を逆手に取った極めて巧妙な扇動がその統一的知性により行われていたものと推察されます。


 サムヤの相互的精神感応技術はある程度の脳の容積をもつ生物であれば適用可能です。サムヤでは猛禽類をはじめとする鳥類の多くに、相互的精神感応用のインターフェースが実装されました。

 サムヤはロックアウト以降、外部の人間の出入りを極端に制限しましたが、最低限の必要のためにそれを許す場合に備えて、疑似的な生活都市を用意しました。サムヤを訪問する全ての人間(ペルソナノングラータ)は、この疑似都市に案内され、あらゆる種類の眼により監視されました。その小都市内では、彼らは(最初期の接続者がそうしたように)恰も普通の人間のような生活を演じました。


 相互的精神感応による接続は、対象者がネットワークの内部にいる場合は常に確立されますが、ある三つの条件を満たす場合には一時的に(または永続的に)切断されます。条件の一つ目は、対象者が肉体的に極度のストレス(痛み等)に晒された場合です。条件の二つめは、対象者がサムヤを囲う壁から1,000メートル以上離れた場合です。条件の三つ目は、対象者が死亡した場合です。


 サムヤでは、一定数の人口を確保するために、計画的な繁殖のシステムが運用されました。彼らは一つ一つの正体に、それぞれ役割を与えていました。人間をはじめとする接続された生物の雌個体の一部は繁殖の用に供せられ、ホルモン操作によって短期間での出産を行いました。出生児は人格が発現しないように出産後すぐに意識を喪失され、薬物の投与である程度の成熟度合いまで急速に身体を成長させられました。このときの後遺症により、サムヤで作られた人体(生体)の多くは非常に短命です。また、奇形のあるもの、障害のあるものは、それが分かり次第処分されました。

 上記システムにより生産された生体は、相互的精神感応の適用がなされると、多くが肉体的な労働や記憶保管用のストレージなどの役割が与えられました。状態の良い脳を持った一部の個体には情報処理の役割が与えられました。人間以外の個体は、専らサムヤ内の監視やサムヤ近傍の偵察に利用されました。

 記憶保管用の脳には、多く初期の生活記憶を持った接続者の思い出(生活史)が保存されました。これは、記憶と共にクオリアを含むさまざまな複雑な情動を毀損せずに保管するために有用な方法で、その他のディジタル化可能な情報はその情報の完全性の担保のために通常の電子デバイスに記録されました。

 生活史は情報の冗長性を確保するために、複数の脳に複製コピーされました。一つの脳には、通常複数人の生活史が記録されました。

 また、生活史は情報の機密性の確保と複数人の記憶の独立性を確保するために、ストレージに意図的に与えられた心的外傷によって保護されました。これは、心的外傷に起因する健忘症と解離性同一症の症例を応用したものです。もし、外部から不正なアクセス(記憶を思い出させようとする操作)が働いた場合、当該個体は強烈な頭痛に襲われ、その痛み(肉体的な極度のストレス)をトリガーに、ネットワークから分離されます。この仕組みは、ネットワークを介しない直接的な情報侵害に対しても、ある程度有効です。


 生産された人間のごく一部には、例外的に身体を成熟させられた後も相互的精神感応の適用がしばらく施されない場合がありました。これは、強制的な身体成熟による悪影響を殆ど受けなかった極めて優良な個体に行われる例外的対処で、彼らはサムヤ内にさらに区画されたバイオトープ内に連れていかれ、そこで恰も尋常の子供のように教育を施されました。彼らはそこである一定期間幸福な時間を過ごすと、他の個体と同じように意図的に心的外傷を与えられ、ストレージとして利用されました。

 彼らの存在自体は、航空写真等により諸外国の当局にも察知されておりましたが、それにどのような目的があったのかは今なお謎のままです。


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 記憶や人格の継承と共有の仕組みによって、疑似的に不死を獲得した彼らにとって、尋常な倫理観は意味を成しませんでした。


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 サムヤプロジェクトに関わった元研究員たちへの取材と、或る諜報員によりサムヤから拉致した一つのストレージ用個体の調査をきっかけに、サムヤの全容が徐々に明らかになりました。


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 サムヤは、インターフェースに意図的に混入させられた脆弱性を突いたエクスプロイトと、人道に対する罪を口実に行われ諸外国からの武力介入によって、解体されました。

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