ベアメタルチャイルド生体解剖記録


ランバート博士の実験ノート

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10月2日 生体解剖の記録



・被験者の概要

 十代くらいの男性。元サムヤの住人であり、これまでの資料を閲した限り、彼は恐らく、ディジタル化不可能な有機情報を記憶するための生体レポジトリである。

 アミタール面接等の複数回の催眠面接を試みたところ、複数人の人格の記憶が格納されていると思しい結果が得られたが、ある種の暗号技術によって記憶へのアクセスが阻害されており、全容は明らかでない。その記憶の中に、彼自身の記憶があるのかも定かではない。

 普段の彼に人格はなく、いはば、ベアメタルである。彼が時折垣間見せる人格の発現のような兆候は、専ら我々の保護下におかれて以降に獲得されたものであろう。



・生体解剖の要旨

 被験者への頭部MRIによる画像診断で発見された相互的精神感応用ヒューマンインターフェースの調査を、開頭することで直接的に行った。

 インターフェースとなるデバイスについて、より詳しいリバースエンジニアリングの必要が求められるが、被験者の負担と今後の計画への影響を鑑み、留保した。



・生体解剖の記録

 被験者の後頭部には2センチメートルほどの縫合痕があった。それに沿い開頭を行うと、無数の細かい模様(1mmにも満たないひし形の領域内に金色の極細の渦巻き線が丁度8周している)が規則的に配列された7、8センチ四方程のシートが、後頭骨のラムダ縫合に沿って接着されており、その表面は骨膜で覆われ頭蓋骨に完全に癒着していた。配線は矢状縫合に沿いつつも、それを避ける形で実装されていた。

 デバイスに刻印されている製造年月日らしき数列は四年前のものである。彼の歳の頃から四年前の彼の脳と頭蓋骨の発達具合を推しはかるに、これはリスクのある施術だ。

 一方、頭蓋縫合の発達段階において矢状縫合やラムダ縫合は成長に伴ってゆっくり閉鎖、癒着していくはずであるから、彼の歳の頃(15、6歳)で完全に縫合が完全に閉じているのは稀である。配線を実装し、デバイスを固定するために、何らか薬剤投与のような方法で成長の加速が行われているのではないか。アルカリホスファターゼの数値が異常に高いことからも、実際には見た目よりずっと幼年である可能性が示唆される。

 後頭部に貼られたシートは、おそらくこれはアンテナの役割を持っているのだろうが、しかし何故態々それらすべてを体内に埋め込んでいるのか、解剖に立ち会ったデュポン博士(計算機工学、生物工学)が疑問を呈した。


デュポン氏:これは外科的にもリスクのあることに違いない。

景山氏:外見を繕うているのではないか? 彼ら流の対外政治としてね。

ランバート:御冗談を、そんなことに頓着する彼らですか?


デュポン氏:すべてがアンテナというわけではなさそうだ、一部に赤外線の送光部のようなものがある。赤外線を使い脳血流を測定する方法は一般的だ。おそらく、他のアンテナ部も、体内の電位差と対外の電位差(即ち電磁波)を受信する二つの役割があるはずだ。後頭骨に貼られたシートのみで、脳全体の血流変化と電位変化を測定しているのだとしたら、これは途方もない技術だ。


 上述のシートから引き出された配線が大後頭孔の一部を削ってそこにはめ込まれた小さな電源ユニットと、大泉門のあたりをくり抜いた穴にはめ込まれた小型コンピュータに接続されている。これらのデバイスは接着剤で固定されている。そのデバイスを慎重に裏返してみると、柔らかいヘラ状の突起が脳梁の付近まで差し込まれている。


デュポン氏:初めて見るタイプだ。この部品は脳内の入力と出力の両方を兼ねる何らかの役割を持つと考えるのが妥当だろう。後頭骨のシートはあくまで体外からの電波受信と一定の広範囲の脳血流変化を測定するためのものだろうか。このヘラがどのような役割を担っているのかはわからないが、脳梁で交わされる脳信号に何等か干渉しているのに違いない。

景山氏:大後頭孔の電源ユニットには脳以外の器官からの生体電流によるノイズを抑制する仕組みがあるのかもしれない。

デュポン氏:有り得るな、波形クレンジングはイニシャル・フラグメント社も得意としていた技術だ。例えば、大後頭孔の電源デバイスで脳に向かう余計な生体電流のノイズをキャンセルし、脳から筋肉に伝わる神経電流もここで制御する。理にかなっている。

ランバート:電力供給はどうしていたのでしょう?

デュポン氏:例えば、頭蓋骨に貼られたアンテナは外部信号の受信以外にも電力供給の用途にも使えるだろう。生体電流とマイクロ波によるツーウェイ受電機構。得られる電力は微量だろうから、このコンピュータのパワーもそれほど高くないはずだ。

ランバート:テレパシー用のインターフェースです。それなりにマシンパワーは要るのでは?

デュポン氏:たとえば、これらのデバイスはあくまでもX端末のようなものであると仮定してみればどうだろうか。彼らが島に引きこもっている理由にも、何か計算リソースの制約のような事情が関係しているのでは? しかし、これだけではどこまでも憶測の域を出ない。


デュポン氏:より詳しいリバースエンジニアリングのために、彼からデバイスを摘出することを要請したい。

景山氏:それは難しい。

デュポン氏:せめてインターフェースの詳細な設計が分かればよいのだが。これでは足がかりがない。このままでは二の足を踏むだけだぞ。

景山氏:彼にはまだ役目がある。判断を保留させてほしい。

デュポン氏:承知した。


 生体解剖後、デバイスは元の通りに戻された。

 懸念された被験者の容態にも異常は見られない。

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