或る技術者との面会 録音記録


あなたの個人情報は秘匿されます。ここでの会話が外部に漏れることはありません。


それは至難ですな。


まぁ、形式ですから。


ハァ。


初めに、ご自身の経歴を簡単にご説明いただけますか?


五年前まで、イニシャル・フラグメント社の技術者としてプロジェクトの進行に関わっていました。


当時の役職は?


チーフリサーチエンジニアです。


具体的に、あなたは技術者としてプロジェクトにどのように関わりましたか?


相互的精神感応の技術を実現するための、ヒューマンインターフェースの研究開発に従事しました。


つまり、いはゆるテレパシーの基幹的な技術に関わっていたと?


いかにも、その通りです。しかし、トランスヒューマニズムに於けるテレパシーの技術を、単にヒューマンインターフェースの技術革新であるという風に捉えるのは過小評価です。無論、そのような宣伝をしたのは他でもない我々ですが、ここには世間の反発を避けるために、俗衆を瞞着しようとする思惑があった。これは認めなければならないでしょう。ただ、正直言って、我々自身でさえ、我々の技術を過小評価していたのです。


過小評価ですか?


テレパシーの技術について、それが人間社会に齎す影響がどれほどのものか、誰も正確には見積もれていなかったのです。そればかりではない。我々の技術は我々の予想するよりも遥かに早く進歩した。私がプロジェクトに参加した八年前は、サムヤの技術は本当に未熟なものでした。これは我々の定義した尺度ですが、段階的接続尺度と聞いて何のことか分かりますか?


説明をお願いします。


平たく言えば、テレパシーに於ける人間間の繋がりの強度を五段階で表した尺度です。最後の段階五のレベルでは、個人の差はなくなります。つまり、我々が一般にアイデンティティと呼んでいるものは、完全に混じりあって不可分になる。


あなた方はどの段階まで達成しましたか?


私がプロジェクトを離れる直前で、既に段階四、頭で考えている言葉や心機の共有ができる程度にまでは達していました。これは最もうまくいった例ですがね。


計画は順調だったということですね?


順調というより、期待した以上でした。怖いほどでしたよ。私以外にもプロジェクトから離れた人間は多くいますが、そのほとんどが段階四を達成した実験の前後に集中していました。


何か理由があったのですか?


高いレベルでの相互的精神感応の技術がもし実現したとして、それを制御できる準備が我々には全くなかったのです。あの研究は明らかに危険でした。社会に与える影響もそうだが、それ以上に、自分自身に与えるであろう破壊的なインパクトを前に、私を含め多くの者が尻込みをしたのです。


段階四の達成で、その懸念が一気に強くなったと?


はい、そうです。それに、段階四を達するその直前までは、よくて段階二の達成にようやく目処が立ちはじめた程度に過ぎませんでしたから。


なるほど。ところで、その尺度について、あなた方のした定義を一度詳しく説明していただけますか?


ああ、そうですね、失礼。段階一から順番に、複数の他者同士がお互いに思考していることの気配を伝え合う程度。複数の他者同士がお互いに感ずる喜怒哀楽の平面的情動を共有し合う程度。複数の他者同士が自身の言語的思考活動を共有し合う程度。複数の他者同士が自身の思考と心機の創り出す内的活動を共有し合う程度。複数の他者同士が五感を含む個人の領域を規定している一切を共有し合う程度......まあ、実際はもう少し厳密ですが、だいたいこんなイメージです。


ありがとうございます。話を戻しますが、あなた方が段階二に達するかどうかのレベルから一気に段階四へと進むことができたのには、何かきっかけがあったのですか?


はい。ひとつ明確なきっかけがありました。プロジェクトの方針転換です。我々はそれまで、非侵襲的な方法による相互的精神感応技術の確立を目指していました。しかし、それではどうしてもパスできない技術的な課題が多くあった。例えば、入力側の課題としては脳活動以外に由来する生体信号等のノイズキャンセルがうまくいかないというものがあったし、出力側の課題に至っては、我々はそもそも非侵襲的にそれを行う手法を十分に確立できていなかった。段階二達成の目処が立ったというのも、正直ちょっと怪しいところで、脳への情報出力の方法が確立しない以上は絵に描いた餅だったでしょう。


つまり......。


侵襲的な方法に切り替えたんですよ。生体への負荷は高まるが、より確実ですから。それに、全く実績がないというのでもなかった。あの島国にプロジェクトの本丸を移したのも丁度その時期です。


それにも何か理由が?


ええ、脳に電極を刺すという野蛮で文明的なやり方は、つまり人体実験そのものですから、社会聴衆の面前でそれを行うというのは当然リスクなんです。我々は非合法を犯したというわけではないが、リスクは避けたかった。我々が特許的公表主義を覆して秘密主義に転じたのもそれが理由です。自信もありましたしね。サムヤのトランスヒューマニズム技術はその時すでに他を抜きんでていましたから、秘密にしてしまう方が利点が多かった。もちろん反発もありました。すでに話したように、段階四の達成前後で辞めた人間は多い。技術そのものへの危険視もそうだけれど、プロジェクトの急な方針転換に着いていけなかったというのも大きな理由のひとつです。


確かに我々の調査でも、プロジェクトから離れた人間がある一時期に集中しているというのは分かっていました。しかし、その一時期を過ぎると、ぱったりと辞める者がいなくなる。これはなぜですか?


さあ、何故でしょうね。


......。


ただ、これは私の推測ですが、恐らく彼らはそのあとすぐに、段階五に到達してしまったのだと思いますよ。段階四の達成は、明らかにひとつのブレイクスルー、特異点でしたから。何も接続し合うのは人と人同士だけではないのです。むしろ、その時点では人と機械とのつながりの方が、より大きな意味を持っていた。つまり、そういったことが理由なのではないでしょうか?


どういう意味ですか?


さあ、言ってみたはいいが、やはり私には何も分かりませんね。そのことを理解する前に手を引く判断をしたからこそ、今私がここにこうして居られるというのは、状況から言えば、ひとつの明らかな事実ですが......ただそれだけですよ。

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