第三章 ~『フォレストブルと松茸』~


 デビルフォックスの騒動が起きてから数日が経過した。平穏な日常を取り戻したが、結局、なぜ帝国の魔物が王国にいるのかの謎は解けず仕舞いだった。


(調査しても手掛かりさえ見つかっていませんからね)


 王国と帝国の国境には警備もいる。だがあれだけの大きな魔物が国境を越えたというのに目撃証言さえなかった。


(でも私には頼りになるお兄様がいますからね)


 ギルフォードは帝国との国境沿いに兵を派遣し、監視を強化してくれている。次に大型の魔物が国境を超えるようなことがあれば、すぐに討伐に動くことになる。


(それに天狐様も……)


 デビルフォックスの騒動の日から天狐はふらっと外出するようになった。そして畑で暴れる魔物を討伐して帰ってくるのだ。


「クレアさん、また天狐さんが!」


 執務室で仕事をしていたクレアの元へ、コレットが慌ててやってくる。同じやりとりを数日繰り返しているため、何が起きたかは察していた。


「いますぐ行きます。今日も獲物は庭ですか?」

「はい!」


 クレアが庭に向かうと、そこには緑肌の大型牛が転がっていた。フォレストブルという帝国の森にだけ生息する狂暴な魔物である。


「吾輩、今日も仕事をしてきたのじゃ。褒めることを許可するのじゃ」

「ふふ、天狐様は凄いですね。フォレストブルを討伐できる実力者は、王国でも数えるほどしかいませんよ」

「暴れる魔物を討伐したことで、吾輩の信者が増えたおかげじゃ。この調子ならすぐに全盛期の力を取り戻せるのじゃ」


 天狐の言葉には説得力があった。日に日に狩ってくる魔物のランクが上がっていたからである。


「ではクレアさん、私はいつものように解体してきますね」

「お願いします」


 天狐は嬉しそうにフォレストブルを解体所に運ぶコレットを見送る。魔物を狩ってくる理由の一つに、この後に振舞われる彼女の調理への期待が含まれていることは間違いないだろう。


「フォレストブルの肉は旨いと聞いたのじゃ。楽しみで涎が止まらぬのじゃ」

「高級肉ですからね。帝国から輸入すると、飛び上がるほどに高額になる代物です」


 怪我の功名だと、ありがたく肉を頂くことにする。解体と調理が終えるまで時間があるため、クレアは執務室に戻って仕事を再開する。傍には天狐の姿もあった。


「人間は書類に囲まれて大変なのじゃ」

「女王の務めですから」

「吾輩は狐に生まれて良かったのじゃ」


 天狐は机の上で丸まって寝息を立て始める。神といえども睡眠は必要なのか、愛らしい寝顔を浮かべていた。


 それから一時間ほど経過した頃、コレットが台車を運んでくる。鉄板の上で焼ける肉汁の音からフォレストブルのステーキだと分かる。食欲をそそる匂いに、眠っていた天狐も目を覚ました。


「美味しそうなのじゃ」

「私の方で切り分けますね」

「任せたのじゃ」


 コレットが一口サイズに切り分けると、天狐の口元にステーキを運ぶ。それを口した天狐は、咀嚼を繰り返す度に、尻尾を勢いよく振っていた。


「クレアさんもお昼まだですよね?」

「まだですが、そこまでお腹が空いていなくて……軽食くらいなら食べたいのですが……」

「それなら、私の創作した料理を試してみてください」


 コレットがクレアの前に皿を差し出す。赤身肉に巻かれた松茸が乗り、上からソースがかけられていた。


「松茸の肉巻きです。どうぞ、ご賞味ください」

「では頂きますね」


 クレアは口に入れた瞬間に驚愕する。松茸の香りが鼻を突き抜け、肉の旨味が舌の上で広がったからだ。味覚と嗅覚を一度に楽しめる最高の料理だった。


「これ、とても美味しいです!」

「クレアさんなら気に入ってくれると思っていました。このレシピを他国にも流して、松茸の価値をもっと釣り上げるつもりです」


 松茸の土瓶蒸しが他国で流行ったことで価格はうなぎ登りだ。そこに新たなレシピが加われば、さらに価値が増し、ひいては王国の利益に繋がっていく。


「そうだ、クレアさんにはパンも試して頂きたかったのです」

「構いませんが、もしかしてそこにあるブールパンですか?」

「はい、この何の変哲もないパンです」


 クレアは受け取ったパンを観察する。レーズンやクルミといった工夫がされているわけではない。ありふれた丸いパンだ。


「では頂きますね」


 食べてみれば分かるかと、一口齧ってみる。それだけで、このパンの異変に気付いた。


「あれ? 雑味がありませんね」

「実は天狐さんに画期的な製粉のやり方を教わったんです。そのおかげで、パンに表皮が混ざらなくなって、フワフワの美味しいパンが完成したんですよ」

「さすがは天狐様、博識ですね」


 クレアは手をパチパチと叩く。天狐の知識に感心すると同時に、このパンの秘めたポテンシャルを感じとっていたからだ。


(この小麦粉をもし帝国に輸出できれば……)


 帝国から小麦を買うだけの貿易関係は終わり、王国が主導権を握ることも不可能ではない。それほどに大きい付加価値があると、クレアは感じていた。


「吾輩の知識量に感心したなら、尊敬してもよいのじゃぞ」

「ふふ、凄いですね。さすがは王国の神様です」


 この小麦粉があれば、王国はますます発展できる。天狐に感謝しながら、クレアは食事を続けるのだった。


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