第四章 ~『ダリアン再び』~


 ダリアンの出自が判明してから数日が過ぎた。


 いつもは平穏な王宮が緊張に包まれている。これはクレアが王宮へ来るようにと、手紙をダリアンへと送ったからである。その指定した日が、まさしく今日だった。


「ダリアン様は来るでしょうか?」

「来るさ。間違いなくね」


 クレアとギルフォードはダリアンから訪問の返信を貰っていない。だがいつ訪れてもいいように応接室で待機していた。彼らは必ず来ると信じていたからだ。


「久しぶりだな」


 応接室の扉が開かれて、使用人に案内されたダリアンが姿を現す。余裕がないのか、目は血走っており、クレアたちと視線が重なった瞬間、眉間に皺を寄せた。


「私を王国に呼び出すとは良い度胸だな」

「あなたはきっと来てくれると信じていましたから」

「あのような手紙を見せられてはな」


 会談の場所は交渉に影響を与える。ホームでなら事前の準備もしやすく、心に余裕も保ちやすいからだ。


 だがダリアンは不利になると知っていても、王国を訪れた。それほどに手紙の内容は無視できないものだった。


「手紙には私の出自の証人が見つかったとある。これは本当か?」

「興味ありますよね?」

「なければ来ていない」


 ダリアンは苦々しい表情を浮かべている。敵対しているクレアの情報が自分にとって都合の良いものになるはずがない。


 だが無視することもできない。もし彼が王家の血筋ではないと公表されれば、彼の勢力は大きく力を落とす。


 進むも逃げるも破滅が待っている。ならば進もうと、彼はクレアとの会談に応じることに決めたのだ。


「あなたの出自の証人はアレックス様です。お母様が共和国に滞在中、護衛として一緒にいましたから。ダリアン様の出自についても把握されていました」

「アレックス公爵が……」

「あなたとも数日過ごしたと話していましたよ」

「覚えてないな。なにせ赤子の頃だ。記憶はほとんど残っていない」


 無理もない話だ。だがダリアンは信じたくない事実の存在を恐れ、知ろうとさえしてこなかったのだろう。もし本当に知りたいのであれば、クレアがしたように皇帝を問い詰めることもできたからだ。


 ダリアンは緊張で額に汗を流す。覚悟を決めたのか、唇を震わせながら訊ねた。


「そろそろ本題に入れ……」

「では結論から。ダリアン様、あなたは共和国のスラムに捨てられた赤子でした」

「馬鹿な、信じられない!」

「本当です。故に回復魔法も使えないのです」

「…………」


 回復魔法は王家の血を引く証拠だ。使えない理由を父に似たからとダリアンは主張していたが、アレックスの証言があれば、それは捨て子である証明に繋がる。


 苦しい立場に追い込まれたダリアンは、反論しようと口を開くが、言葉を発しない。できるだけの根拠を持ち合わせていなかったからだ。


「……私の両親が誰か、知っているのか?」

「共和国は生まれると同時に戸籍を残す義務がありますから。あなたの髪と瞳の色は和国の血を引く証。産みの親について調べるのは簡単でした。ですが、もう……この世には……」

「そうか……」


 ダリアンは和国の血を引く商人と娼婦の間に生まれた子供だった。しかし商人は妻を置いて、一人で帰国してしまったのだ。残された母親は子供を育てられず、スラムに捨てたということが調査で明らかになっている。


「私は下賤な生まれだったのだな」

「ダリアン様……」

「嘘だと否定することも難しいな。なにせ共和国の滞在記録にアレックス公爵がいたと記されている。その滞在記録と証言に加えて、和国の血を引く子供が捨てられた記録を組み合わせれば、信憑性は高くなる」


 もし広まれば、誰もがダリアンをスラムの捨て子として扱うだろう。追い詰められた彼の表情から生気が抜け落ちていく。


「まさしく八方ふさがりだな。意趣返しに暴れることはできるが、ギルフォード公爵がいてはそれも難しい。絶望することしかできないな」


 溜息を吐くダリアン。そんな彼にクレアは微笑みを向ける。


「あの、もしよければ和解しませんか?」

「和解だと?」

「私たちが争う理由はもうありません。これからは第二皇子と女王として、友好的な関係を築いていきたいのです」


 クレアの提案にダリアンは手を震わせる。この提案を飲むということは、王国のトップに立つ夢を諦めるということでもあるからだ。だが彼には選択肢がなかった。


「……首元にナイフを押し付けられながら、仲良くしたいと握手を差し出された気分だぞ」

「和解できないということですか?」

「いいや、要求を飲もう。もしスラム出身だと公言されれば、私は破滅する。王家を乗っ取るどころか、第二皇子の地位さえ失いかねない。悔しいが、和解するしか手はない」


 ダリアンはぎこちない笑顔を浮かべて、和解の手を差し出す。クレアはそれに応じ、二人の敵対関係に幕を下ろすのだった。


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