第四章 ~『荒れる男と宥める二人★ダリアン視点』~


『ダリアン視点』


 出自を伝えられたダリアンは、自分の屋敷へと戻る。クレアと和解したものの、屈辱で湧いた怒りは収まっていない。執務室に到着し、扉を閉じると、誰もいないのを良いことに椅子を蹴り上げた。


「クソオオオオッ」


 いつも冷静なダリアンも、怒りを我慢できなかった。クレアの放った一撃はそれほど彼にとって致命的だったからだ。


「これで王国に手が出せなくなった! クレアがこれほどまでに忌々しく成長するとは!」


 もしスラム出身の捨て子だと知られることになれば、王国と帝国の両国を支配するどころか、次期皇帝の椅子も難しくなる。ダリアンの行動は大きく制限されてしまった。


「アレックス公爵だ。奴の証言さえなければ、他はどうにでもなる。奴だけが邪魔だ」


 スラムで和国の商人が子供を作り、捨てたことは間違いない。だがその事実とダリアンが繋がるのは、赤ん坊を拾って、帝国に預けたとのアレックスの証言があるからだ。


 唯一の生き証人を排除すべく、思考を巡らせる。だがアレックスは将軍であり、個人としての武力も世界トップクラスだ。簡単に倒せる相手ではない。


 それにもし命を奪えなければ、クレアの回復魔法で治療されてしまう。甘い性格のクレアでも、アレックスを瀕死に追いやったとあっては、容赦しないかもしれない。


「必勝の策を考えなければ……」


 唯一の救いは、何もしなければクレアの性格から公表しないであろうことだ。ストレスを解消するために、再度、椅子を蹴り上げる。壁と衝突し、派手な音が鳴ると、ルインとサーシャが執務室に飛び込んでくる。


「何かありましたか⁉」


 二人が慌てていたのは、ダリアンがここまで怒りを露わにするのを見るのが初めてだったからだ。


 常に冷静でありたいと願っているダリアンは小さく息を吐くと、落ち着きを取り戻す。無理をしながらも笑みを浮かべ、余裕の態度を演じる。


「たいしたことではない。気にしないでくれ」

「……私はあなたの妻です。悩みがあるなら相談に乗りますよ」

「私も側近ですから。話なら聞かせていただきます」

「そうか……」


 サーシャとルインの申し出に、ダリアンは顎に手を当てて、どうすべきかを考える。


 ダリアンは二人を信用していない。利己的な人間だと知っているからこそ、弱みを見せるつもりはなかった。


 だが人手が欲しいのも事実である。虚実を折り混ぜながら、どうにか利用できないかと頭の中で策を練る。


「うむ。では話そう。アレックス公爵をどうにかして排除したいのだ」

「頼りになる人ですものね」

「それもある。だが三大公爵の最後の柱であることが大きい。ルインとサーシャが味方に付いている状況で、最も厄介なのは、あの男なのだ」


 すべてが嘘ではない。アイスバーン公爵家とヌーマニア公爵家は二人の存在により、ダリアンの味方に付いている。残されたスタンフォールド公爵家を落とすには、アレックスが邪魔だった。


「ルイン公爵の魔物で襲撃できないか?」

「私の魔物でアレックス公爵を倒すのは……」

「奥の手を使ってもか?」

「……相性が悪いため、難しいでしょうね」

「そうか……」


 ルインは手に余るほど強力な魔物を使役している。だが知能が高くないため、命じるためには彼が傍にいなくてはならない。


 そのため争いに発展すれば、アレックスは使役しているルインを直接狙うはずだ。術者が倒れれば、支配下から解き放たれてしまうため、経験豊富な彼の相手は難しいとの判断だった。


「持ち駒のゴブリンももういないのか?」

「すべて王国の兵士に討伐されましたから。新たに捕まえられないかと探してみましたが、帝国から逃げ去っているようでして……」

「ゴブリンの知能の高さを考慮すると、しばらくは補充できないだろうな」


 自分たちを狙う存在がいると知れば、そんな危険な場所に身を置くような真似はしない。遠く離れた地で、ほとぼりが冷めるまで待ち続けるだろう。


「手持ちの駒がない以上、アレックス公爵を排除するには私が動くしかないか」

「倒せますの?」

「自信はある。次期皇帝となるための英才教育は受けているからな」


 ダリアンの魔法と剣の腕は帝国でも髄一だ。ルインでは役不足なため、彼自身が動くしかない。


「だが邪魔に入られては私でも必勝を約束できない。故にルイン公爵には、クレアとギルフォードの注意を引いて欲しいのだ」

「それは構いませんが、どうやって……」

「小麦畑を焼けばいい。奪うなら運ぶための人員と時間が必要だが、焼くだけなら最小限の人数で大きな騒ぎを起こせる」

「ですがゴブリンはもういませんよ」

「小さな畑なら警備も薄い。金で手足となる無法者を雇えばいい」

「……それでクレアたちが動くでしょうか?」

「だからこそ本命は別に用意する。大規模な小麦畑を燃やされれば、さすがのクレアたちも無視はできまい」


 炎はすぐに燃え広がる。鎮火のための陣頭指揮を執るために、クレアやギルフォードが現れる可能性は高い。だがルインにはまだ大きな懸念があった。


「大きな麦畑は警備も厳重ですから、金で雇った無法者では難しいでしょう。ですが、私が動くのはあまりにリスクが高すぎます」


 戦闘力が高く、知能の低い魔物を使役するには、ルインが傍にいることが求められる。繰り返していれば、いずれはルインも捕まってしまう。


「一度だけならどうかしら?」


 サーシャが思い付いたように口を挟む。ルインは不審な目を向けながら、続きを促す。


「お姉様に王家所有の麦畑を見せてもらいましたの。あの広大な畑が燃えたとなれば、王国にとって大きな痛手になりますわ」

「サーシャは俺を恨んでいるはずだ。何が目的だ……」

「ええ、恨んでますわ。でも私は感情より実利を優先しますの」


 ルインが麦畑を燃やし、ダリアンが玉座に付けば、サーシャは王妃となる。そのために姉を売る彼女は悪党の鏡だが、ルインにとっては納得できる答えだった。


「私がお姉様を引き付けますわ。その隙にあなたは畑を燃やしてくださいまし」

「いいだろう。ギルフォード公爵を誘き出す役目は俺が受け持つ」

「そして私がアレックス公爵を倒そう」


 互いを信頼していない三者が、それぞれの思惑を胸に秘めたま、作戦を開始するのだった。


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