第四章 ~『アレックスの告白』~


 王国に戻ってきたクレアは、早速アレックスと会うために共和国との国境沿いまで向かおうとしていた。


 しかし立ち寄った王宮で、アレックスの馬車を発見する。その隣にはアイスバーン公爵家の馬も留められていた。


(お兄様とアレックス様が王宮に来ているのでしょうか)


 疑問を感じながら、使用人に帰宅を伝えると、アレックスの待つ客室まで案内される。


 赤絨毯が敷かれた客室で、アレックスとギルフォードが談笑を楽しんでいた。手元にはお酒まである。彼らの頬は酔いで赤く染まっていた。


「おう、クレア帰ったようだな」

「おかえり、クレア」


 二人はクレアの帰りを出迎える。彼らの会話に混ざるため、クレアもソファに腰掛けた。


「お二人はどうして王宮に?」

「ギルフォードと道中にバッタリと会ってな。しばらくぶりの再会に華を咲かせていたところだ」

「お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「共和国で雑味のない小麦粉を流行させてくれただろ。王国人気が高まったことで軍事演習も止まったんだ。王都へ帰ってこれたのはクレアのおかげだ。感謝している」

「いえ、私なんて……」


 凄いのは製粉技術を教えてくれた天狐だと、クレアは謙遜の言葉を続けるが、アレックスは頭を下げるのを止めない。


「ギルフォードからも活躍は聞いているぞ」

「活躍なんてものじゃないよ。クレアは今やウィリアムと対等に話せるだけの権威を得た。我が国自慢の女王さ」


 敬愛する二人から褒められ、面映ゆい想いでクレアは頬を掻く。誤魔化すように視線を巡らせ、テーブルの上に置かれたクッキーの存在に気づく。


「そのお菓子は共和国のものですか?」

「王都に帰る前に足を運んでな。クレアへのお土産で買ってきたんだ。しかし、よく共和国産だと分かったな」

「お洒落な木箱に入っていましたから」


 卵と同じく、高級菓子として売り出すために、共和国は木箱を利用していた。色鮮やかなクッキーが並んでいる。


 アレックスに勧められるがまま、一つ手に取って口にしてみる。上質なアーモンドの味わいが口いっぱいに広がった。


「このクッキー、とても美味しいですね」

「俺が共和国で暮らしてた頃から人気があった老舗だからな」

「その話、もっと詳しく聞かせてください!」


 クレアが急ぎ王国へ帰ってきたのは、アレックスから共和国で過ごした時の話を聞くためだ。食い入るように反応すると、彼は懐かしむように目を細める。


「あのクッキーとの出会いは――」

「違います! 私が聞きたいのはアレックス様とお母様が過ごした日々のことについてです」

「すまん、ただの冗談だ」


 笑い声を漏らすアレックスだが、クレアの真剣な眼差しから誤魔化すことができないと理解したのか、瞳に覚悟を浮かべる。


「俺が共和国に出向いたのは、先代女王の護衛のためだ。加えて、当時の俺はまだ若かったからな。見識を深めるためでもあった」


 王国では貴族の子息を共和国や帝国に留学させることは珍しくない。文化的に進んでいる二つの大国から学ぶことは将来の領地経営でも役に立つからだ。


「共和国は素晴らしい国だった。飯も美味いし、芸術も最先端だ。尊敬できる人も多かった。これは先代女王も同じ意見を持っていた」

「私のお父様も共和国の人だったのですか?」

「聞きたいか?」

「はい!」

「分かった。だが聞けば辛くなるかもしれない。その覚悟はあるのか?」


 クレアはゴクリと固唾を飲む。最悪の予感が頭を過る。その緊張を感じ取ったのか、ギルフォードが助け船を出してくれる。


「叔父さん、クレアを脅すのは止めてくれないかな」

「脅してはないぞ。本当に聞かない方がいいと思っているんだ」

「でも死んではないでしょ」

「まぁな」


 もし父親が死んでいたなら、アレックスは無理矢理にでも話題を切り上げていたはずだ。生きていると分かっただけでも、クレアにとって一安心だった。


「教えてください。私、知りたいです」

「なら結論から教えてやる。クレアの父親は行方不明だ。だが殺されても死なないような男だからな。生きているとは思うぞ」


 もちろん根拠はないがなと、アレックスは続ける。どこか含みのある口振りだった。


「もしかして叔父さん……」

「どうした、ギルフォード」

「いや、何でもないよ……」


 ギルフォードは引っかかる部分があったのか反応を示す。だがすぐに顎に手を当てて黙り込んだ。


「私のお父様についてもっと教えてください」

「頼りになる男だったな。そして顔も整っていた」

「もしかしてダリアン様に似た顔なのでしょうか?」

「ダリアン?」

「帝国の第二皇子です」

「……思い出した。そんな名前だったな」


 今まで忘れていたのか、アレックスは頭を掻く。


「ダリアン様とも一緒に暮らしたんですよね?」

「俺はたった数日だけの付き合いだがな」

「そんなに短いのですか⁉」

「あいつは先代女王の血を引いていないぞ。なにせスラムに捨てられていた赤子を拾っただけだからな」


 共和国は貧富の差も激しい。華やかなメインストリートの影にはスラムも存在した。そのゴミ箱に捨てられていた赤子を拾い上げ、先代女王は自分の子として育てたのだ。


「もっとも、すぐに手放す羽目になったがな」

「何かあったのですか?」

「和平交渉が上手くいかなくてな。共和国は争うための火種を探していた。もし共和国に赤子を攫ったと因縁を付けられれば、戦争に発展しかねないからな。帝国に預けることにしたんだ」

「なるほど。話が繋がりましたね」


 先代女王が出自を説明せずに赤子を皇帝に預けたのは、スラム出身だと知られれば、拒絶されるかもしれないと危惧したためだ。


 結局、赤子は皇帝に受け入れられ、帝国の第二皇子として成長を果たした。真相を知り、クレアは目を閉じる。


「お母様は立派な人でしたね」

「クレアも負けず劣らずだ。帝国から王国を守り抜いているんだからな」


 その争いの仇敵であるダリアンとも血の繋がりがないと判明した。正当な王家の血筋はクレアだけだと証明されたことで打てる手にも広がりが生まれる。だが彼女は躊躇していた。


「ダリアン様に玉座を得る資格はありません。これを公表すれば、立場を失わせ、帝国の魔の手を退かせることができるでしょう。ただ……」

「分かるよ、クレア。その手段を選びたくないんだね」

「はい。それはあまりに卑怯ですから」


 ダリアンがスラム出身だと公表すれば、きっと彼は破滅する。従ってきた部下たちも離れ、力を失うだろう。


「私はダリアン様と正面から対話するつもりです。血の繋がりはなくとも、兄であることに違いはありませんから」


 先代女王が自分の子として育てたことは事実なのだ。玉座を譲るつもりはないが、兄である彼に冷酷な真似はできない。


 話し合いで解決するため、クレアは宿敵との邂逅を決意する。拳をギュッと握りしめ、策を頭の中で練り上げるのだった。

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