第四章 ~『皇帝への質問』~
皇帝にダリアンの正体を問いただすため、クレアは国境沿いにある屋敷へと向かう。病に伏している彼は、先代女王との思い出の場所から動かないだろうと予見しての訪問だった。
屋敷に辿り着くと、クレアの顔を知る使用人が病室まで案内してくれる。真っ白な空間に薬品の匂いが漂っていた。
キングサイズのベッドに皇帝が横になっている。傍には第一皇子のウィリアムが付いており、クレアの入室に驚いて目を見開く。
「驚いたな。どうしてクレアがここに?」
「皇帝陛下に用がありまして……お邪魔でしたか?」
「いや、むしろタイミングが良かった。先ほど、父上が倒れたのだ。回復魔法での治療を頼みたい」
「任せてください」
ウィリアムからは優秀な魔法使いを借りている。その恩を返すべく、皇帝に回復魔法を発動する。
生気のなかった顔色が次第に良くなっていく。癒しの力が効力を発揮した証拠だった。
「……っ、ここは……」
皇帝はクレアの顔を見て、すべてを察する。窮地を救われたと知ったのだ。
「また命を救われたな」
「私はやるべきことをしただけですよ。なにせウィリアム様から治療代は十分に頂いておりますから」
「そうか……」
昔を懐かしむように、皇帝は微笑む。きっと同じようなやりとりを先代女王ともしたのだろう。
だがその瞳は徐々に何かを悟ったように感情を消していく。思いつめた顔でクレアとウィリアムに視線を配った。
「儂はもう長くない。半年後、生きていられるどうかさえ怪しい状態だ」
「皇帝陛下……」
「だから儂が生きている間に真実を話そう。お主らはダリアンについて知りたいのだな」
クレアが訪問した理由を察していたのか、問いを投げかけるよりも前に話題を切り出してくれる。
その厚意に甘え、クレアが首を縦に振ると、皇帝は窓の外に浮かぶ雲を見つめながら、重々しく口を開いた。
「ダリアンは最初から皇子として出迎えたわけではない。当初は先代女王から預かって欲しいと頼まれた故、儂が一時的に面倒を診るだけの関係だった」
「お母様はダリアン様についてなんと?」
「何も聞かないで欲しいとのことだ。血の繋がりがあるのかも訊ねたが、はぐらかされて終わってしまった」
「そうですか……」
期待していた成果が得られず、クレアは肩を落とす。だが皇帝は話を続ける。
「だが先代女王はダリアンを息子として扱っていた。血の繋がりがなくとも、お主の兄に違いはない」
兄妹かどうかを決めるのは血縁ばかりではない。クレアにとってギルフォードが大切な兄であるように、彼女自身の想いこそが大切だった。
「儂もそうだ。最初は一時的な預かりだったが、育てている内に情が湧いてな。血が繋がっていなくとも、ダリアンを大切な息子だと思うようになった。だからこそ皇子として認めたのだ」
出自や血縁よりも情に重きを置く。皇帝らしい考えに感心しながらも、実子のウィリアムと変わらない愛をダリアンに注いだ彼は立派だった。
「ですが少しだけ残念です。ダリアン様の出自が分かれば、私の父についても知れたかもしれませんから」
「お主の父か……それは儂も気になっておる。だが調べようとまでは思わなかった。勇気を持てなかったのだ」
皇帝は先代女王を慕っていた。その彼女が愛した人物を知ることを心の底で拒絶していたのだ。
「だが知る手段はある」
「本当ですか⁉」
「アレックス公爵、奴ならすべて知っているはずだ」
意外な人物の名前が挙がる。長く先代女王に仕えていたことは知っていたが、クレアの父親の正体にまで詳しいとは思わなかったからだ。
「アレックスは先代女王の護衛として、共に共和国で暮らしていた。常に傍に居たあの男なら、父親の正体だけでなく、ダリアンの出生についても知っているはずだ」
「灯台下暗しでしたね」
身近なところに手掛かりはあったのだ。クレアは皇帝に頭を下げると、「体調が悪化したらいつでも呼んでください」とだけ言い残して、屋敷を後にする。新たに生まれた希望に、彼女は瞳を輝かせるのだった。
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